バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜   作:ai試し

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17話 リサ・トレヴァー

静寂と緊張が支配する地下施設。リサは感情の読めない瞳で、血の匂いが濃くなる方向へと足を進めていた。

 

レッドの血跡は途絶えることなく続いていた。それは単なる負傷の痕跡ではなく、リサにとっては「大事ななにか」が傷ついたという警告のように感じられた。リサは迷うことなくケーブルカーに乗り込む。ガタゴトと揺れる密室の中で、彼女の指先は無意識に骨のトマホークを強く握りしめていた。

 

目的地に着くと、そこには冷たい金属質の廊下が広がっていた。

リサは獲物を追う獣のような足取りで、レッドの血が点々と滴る方向へと向かう。そして、一つの重厚な部屋の扉の前に辿り着いた。

 

リサは躊躇なく、その扉を力任せに押し開けた。

 

(ガチャンッ!)

 

不快な金属音が室内に響き渡る。

そこに広がっていたのは、あまりにも混沌とした光景だった。

 

入口付近では、レオンが警戒するように壁に背を預けていた。その視線は扉から現れたリサに釘付けになり、反射的に身体を強ばらせる。

部屋の中央では、クレアが激昂した面持ちで、見知らぬ女――アネット博士の胸ぐらに掴みかかり、激しく問い詰めていた。

 

そして、その足元にいたレッドが、リサの姿を認めると、申し訳なさそうにけれど心底安心したように、弱々しく視線を向けた。

 

だが、リサの視線はその誰よりも先に、部屋の隅にあるベッドへと吸い寄せられた。

そこには、浅い呼吸を繰り返し、青白い顔で横たわるシェリーの姿があった。

 

リサの瞳に、一瞬だけ鋭い狂気が走る。

同時に、彼女に同居するインディアンの怨霊が、静かにしかし激しく怒りに震えた。

 

部屋の中に走った凍りつくような緊張感。レオンは銃口こそ向けていないものの、いつでも引き金を引ける態勢でリサを凝視していた。クレアとアネットも、突然現れた「美少女の姿をした怪物」が放つ圧倒的な威圧感に、言葉を失い動きを止める。

 

だが、その張り詰めた空気を切り裂いたのは、弱々しくも愛らしい声だった。

 

「……リサ……?」

 

ベッドの上で、シェリーがゆっくりと身を起こしていた。

意識は朦朧としているようだったが、その瞳には確かな喜びの色があった。彼女は震える手で、自分の隣のベッドの端をポンポンと叩き、小さく微笑んだ。

 

「待ってたよ……リサ……」

 

その一言で、部屋の空気がわずかに緩む。

 

「私……頑張ったよ。レッドには……怪我させちゃったけど……。最後、うっかり触手で刺されちゃって……。なんだか、変なものに感染しちゃったみたい」

 

その言葉を聞いた瞬間、リサの瞳が鋭く細まった。

普通の人間であれば絶望する状況だろう。だが、リサにとって「ウイルスによる感染」など、なにも問題なかった。

 

(……ウィルスか。なら、問題ない)

 

リサは言葉を発さず、ただ迷いのない動作でベッドへ歩み寄った。

クレアが制止しようと口を開きかけたが、リサの動きの方が早かった。彼女は壊れ物を扱うように、けれど力強くシェリーを抱き上げた。

 

そのままリサはベッドにどっかと腰を下ろすと、自分の膝の上にシェリーをそっと乗せた。

 

自分よりもずっと小さく、華奢な体。

リサは無意識に、シェリーのおなかに腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。よく戦ったと。最初から強いものなどあまりいない、失敗して強くなっていくものだとも。

その仕草は、狂気に支配された怪物のものではなく、ひどく自然で深い労りに満ちていた。

 

膝の上で安心しきって身を委ねるシェリーと、彼女を抱く無表情な少女。

その奇妙な光景に、レオンとクレア、アネットはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

リサは膝の上でぐったりとするシェリーをじっと見つめていた。その瞳に宿る狂気が、一瞬だけ静かな集中へと変わる。

 

不意に、リサはシェリーの肩にある刺し傷跡に顔を寄せた。

そして――ガブリ、と口でそこを噛み締めた。

 

「シェリー!!」

 

レオンが反射的に叫び、銃口をリサへと向けた。だが、彼はすぐに銃口を下ろした。何か別の目的を持っているように感じられたからだ。それに、リサがシェリーに何か不利益なことをするはずがないと妙な確信があった。

 

だが、アネットだけは違った。

研究者として、その行為が何を意味するかを本能的に理解した彼女は、顔色を変えて絶叫した。

 

「やめて! 何をしているの!!」

 

アネットが慌てて腰の銃に手を伸ばそうとした瞬間だった。

 

(ドシュッ!!)

 

空気を切り裂く鋭い音が響いた。

リサの背後から、鞭のような触手が目にも止まらぬ速さで伸び、アネットのわずか横、コンクリートの壁に深く突き刺さった。

 

アネットは凍りついた。自分の顔から数センチ横に、死神の爪のような触手が突き立っている。リサはシェリーを抱いたまま、視線だけを冷酷にアネットへ向けた。「次はない」という明確な拒絶と警告だった。

 

クレアは、その光景にただ茫然と立ち尽くしていた。

噛みつくというおぞましい行為。しかし、リサの腕の中にあるシェリーの表情からは次第に苦痛が消え、穏やかな呼吸に戻っていくのが分かった。

 

 

リサは、自分に身を委ねるシェリーを背後から深く、密接に抱きしめた。

 

二人の肢体には指一本分の隙間もなく、少女の柔らかな温もりと、生物兵器の熱が、じりじりと混ざり合っていく。

 

やがて、リサは獲物を愛でる獣のように、シェリーの白い肩口へと顔を寄せた。

 

「っ……あ……!」

 

鋭い牙が、薄い皮膚をゆっくりと、けれど確実に貫いた。

その瞬間、シェリーの小さな体がびくりと大きく跳ね、背中が弓なりに反った。痛みというよりも、得体の知れない強烈な衝撃が脊髄を駆け上がり、彼女の理性を真っ白に塗り潰していく。

 

「ん……ふぅ……っ、あぁ……」

 

シェリーの唇から、熱を帯びた艶っぽい吐息が漏れた。

 

リサの白い指先は、震えるシェリーの指に一本ずつ絡まり、逃げ場を塞ぐように固く結ばれた。それは単なる拘束ではなく、魂まで繋ぎ止めようとするかのような耽美な拘束であり、互いの鼓動が重なり合い、一つのリズムへと同期していく。

 

リサは一度深く噛みしめた後、ゆっくりと牙を引いた。しかし、完全に離れることはない。鋭い刺激から一転し、今度は愛おしむように、あやまるかになぞるような口づけへと変化した。

 

ジュル……、ちゅぷ……。

 

静まり返った部屋に、耳を塞ぎたくなるほど濃密な水音が響く。

リサは自らの舌を用いて、牙で開いた傷口を丁寧に、執拗に舐め上げた。その濡れた感触が皮膚を刺激し、シェリーの意識に心地よい痺れを広げていく。同時に、唾液と共に混ぜ込まれた濃密なウィルスが、傷口からじわりと浸透し始めた。

 

リサは時間をかけていた。急げばシェリーの心身に負担がかかる。慎重に、一滴ずつ、自らの生命の真髄とも言えるウィルスを注ぎ込み、体内で猛威を振るっていたGウィルスの強引に駆逐していく。それは侵食であり、同時に残酷なまでに甘美な救済であった。

 

「ふぅ……っ、リサ……っ」

 

シェリーは本能的な拒絶か、あるいは快楽に近い混乱からか、もがくように身をよじった。しかし、リサはその動きさえも愛おしそうに絡め取り、腕で彼女の腰と背中を完全に拘束する。逃げ出すことを許さない、絶対的な支配。指と指はさらに深く絡み合い、肌が白くなるほどに強く結ばれていた。

 

リサは噛みつきと舐め上げを繰り返し、シェリーの肩口に赤い印を刻み込んでいく。

そのたびに、死人のように青白く、生気を失っていたシェリーの肌が、じわりと内側から熱を帯び始めた。血流が激しく蘇り、透き通るような白さに、熟した果実のような淡いピンク色の色彩が、波のように広がっていく。

 

絡み合った指先から、濡れた音を立てて愛撫される肩口まで。

そこには、怪物と少女という境界を超えた、あまりにも親密で淫靡な「融合」の儀式が繰り広げられていた。リサは満足げに鼻を鳴らし、シェリーのうなじに深く顔を埋めると、最後の一滴までウィルスを流し込むため、再びゆっくりと牙を立てた。

 

リサが再びゆっくりと牙を立て、最期の仕上げとして濃密なウィルスを注ぎ込んだとき、シェリーの身体からふっと力が抜けた。

 

「あ……っ…………」

 

小さく、吐息のような声を漏らして、シェリーはリサの胸に深く沈み込む。

体内で激しく衝突していた二つのウィルスが、ついにリサの圧倒的な支配力によって調和し、安定へと向かった瞬間だった。Gウィルスは完全に封じ込められ、消滅した、代わりに従順な「リサのウィルス」がシェリーの細胞ひとつひとつに定着した。

 

リサはゆっくりと名残惜しそうに口を離すと、濡れた唇をわずかに開き、満足げに鼻を鳴らした。

肩口に残された牙の跡は、鮮やかな赤色から次第に薄い桃色へと変わり、傷口が驚異的な速度で塞がっていく。それは単なる治癒ではなく、リサの一部を受け入れたことで得た、生物としての強化の証でもあった。

 

絡み合っていた指先がゆっくりと解かれる。

だが、リサはそれでもシェリーを離さず、そのまま彼女を抱きしめたまま、静かにその心音を聴いていた。トクン、トクンと、力強く、そして健康的な鼓動がリサの胸板にまで伝わってくる。

 

部屋の中には、まだ濃密な水音の余韻と、熱を帯びた甘い香りが漂っていた。

 

一方のアネット博士は、腰を抜かしたように床にへたり込んでいた。

「ありえない……こんなことが……なんの準備も検査もなしに…Gウィルスを…」

研究者としての常識が、目の前で起きた奇跡(あるいは怪異)によって粉々に打ち砕かれていた。

 

クレアだけは、安堵と困惑が入り混じった表情で二人を見つめていた。

「シェリー……大丈夫なの?」

 

その問いに答えるように、リサの膝の上で、シェリーがゆっくりと瞼を持ち上げた。

瞳にはかつてないほどの輝きが宿り、頬は健康的なピンク色に染まっている。彼女は自分の肩をさすりながら、ふわりと微笑んだ。

 

「……うん。なんだか、すごく体が軽いよ」

 

シェリーはそのまま、自分を抱きしめているリサの首に腕を回し、その白い頬に自分の顔を寄せた。

「ありがとう、リサお姉ちゃん」

 

その言葉を聞いた瞬間、リサの瞳から狂気がわずかに消え、代わりに深い充足感が広がった。彼女は返事こそしなかったが、抱きしめる腕にそっと力を込め、シェリーの頭を優しく撫でた。

 

「……おい。もう、終わったのか」

 

沈黙を破ったのはレオンだった。その声にはどこか居心地の悪そうな響きが混じっていた。

彼は先ほどから、入り口の方を向いて周囲を警戒するふりをしていた、背後で繰り広げられていたあまりにも背徳的で淫靡な光景から目をそらしていたのだ。

 

男としての本能か、あるいは道徳心か。いずれにせよ、あの濃厚な水音と吐息の応酬を正面から見続けるには、レオンの精神力では限界があった。

 

その声を合図にするように、シェリーがふわりとリサの膝から立ち上がった。

彼女は自分の手足を動かし、体の芯から湧き上がるエネルギーを確認するように、その場で軽やかにくるりと一回転した。頬には健康的な赤みが差している。

 

「本当にありがとう、リサお姉ちゃん!」

 

シェリーは満面の笑みを浮かべ、リサに抱きついた。先ほどまでの死にかけた様子が嘘のように、その瞳には生命力に満ちた輝きが宿っている。

 

だが、その光景を絶望的な表情で凝視していたアネット博士が、震える声で呟いた。

 

「……まさか。……まさか、その少女が本当にリサ・トレヴァーだというの?」

 

アネットの瞳には激しい困惑と疑念が渦巻いていた。彼女は床にへたり込んだまま信じられないものを見る目でリサを見上げる。

 

レオンとクレアは、顔を見合わせた。

「……ああ。シェリーはそう言っているが…」

レオンが淡々と答えると、クレアも深く頷いた。

 

すると、シェリーが不思議そうに首を傾げ、リサの顔を覗き込んだ。

「リサは、リサだよね?」

 

問いかけられたリサは、特に答える様子もなく、ただ無表情にアネットを見下ろしていた。その瞳には、かつて自分を弄んだアンブレラへの軽蔑が宿っている。

 

しかし、アネットは激しく首を振った。

 

「ありえない! そんなはずはないわ!!」

 

彼女の声は悲鳴に近い絶叫へと変わる。

 

「リサ・トレヴァーは……あの子は、アンブレラの実験における『失敗作』だったはずよ! 肉体は肥大化し、理性を失った醜悪な化物になっていたはずなの! こんな……こんな少女の姿になるなんて、ありえないわ!!」

 

アネットにとってのリサ・トレヴァーとは、失敗作であり「制御不能な怪物」でしかなかった。目の前にいる、14歳ほどの美少女という外見は、彼女が信じる今までの経験を根底から覆す、耐え難い矛盾だった。

 

アネットは、まるで正気を保つために何かを確認せずにはいられないかのように、狂ったように近くの操作端末へと手を伸ばした。震える指先でキーを叩き、データベースから特定の個人ファイルを引き出し表示する。

 

「見て……いいから、見て! 私が知っているリサ・トレヴァーはこんな姿じゃない!」

 

アネットの叫びに促され、シェリー、クレア、そしてレオンが画面へと視線を向けた。

そこに表示されていたのは、見るに堪えない凄惨な記録だった。

 

冷たい金属製の拘束具に固定された、「人間の形をした何か」がいた。

手足こそ人間としての形状を留めているが、それ以外は、崩壊した肉の塊が不気味に盛り上がり、皮膚が裂けて筋肉や内臓のような組織が剥き出しになったいた、醜悪極まる異形の姿。それは手足がついている「肉のゴミ」と呼ぶにふさわしい、見る者の精神を削るような悍ましい光景だった。

 

「これが……リサ・トレヴァーよ!!」

 

アネットは叫んだ。彼女にとってはこの写真こそが真実であり、目の前の美少女などという存在はありえないのだ。

アネットはさらに激しくキーを叩き、次々と新しい写真を画面に表示させていく。

 

「ほら! 見て!!」

 

画面が次々切り替わる、だがある一枚の写真が表示された瞬間部屋にいたリサ以外が息を呑んだ。

 

そこに写っていたのは、拘束椅子に座り、虚ろな瞳で前を見つめる一人の少女だった。

長い髪、儚げな面差し、そしてどこか危うい美しさを湛えたその姿は――今、自分たちの目の前に立っているリサと寸分違わぬ容姿をしていた。

 

「……っ」

 

シェリーが小さく声を漏らす。

それは、実験によって怪物に成り果てる前、「人間だった頃のリサ」の記録だった。

 

アネットは絶句した。

自分が提示した証拠こそが、皮肉にも目の前の少女がリサ・トレヴァーであるという証明になっていたからだ。

 

「どうして……。どうしてこんな姿に『戻った』というの? 失敗作が、時間を巻き戻して人間になどなるはずがないわ…ウィルスが変異したというの?……」

 

アネットは混乱し、絶望したように端末を叩いた。

 

アネットの指先が震えながら再びキーを叩き、最後の一枚の写真が画面に映し出された。

 

そこには、一人の女性が写っていた。

端正な顔立ちでありながら、どこか悲しげで慈愛に満ちた瞳を持つ女性だった。その容姿は、今ここにいるリサによく似ていた。まるで、今のリサが十数年後の成長した姿であるかのような、大人の女性の姿だった。

 

静まり返った室内で、リサがゆっくりと画面へ歩み寄った。

 

感情を失ったはずの瞳が、その写真を見た瞬間、大きく揺れた。

記憶の底に沈んでいた、冷たい実験室の匂いではない、陽だまりのような温もり。自分を抱きしめてくれた柔らかな腕の感触。絶望的な闇の中で唯一、自分の心を繋ぎ止めていた光。

 

「…………」

 

リサは、画面の中の女性を凝視したまま、動かなくなった。

そして、その唇がわずかに震える。

 

これまでに出していたのは、獣のような唸り声や不鮮明は言葉とは違う。今この瞬間に漏れ出たのは、そんな不完全なものではなかった。

 

「…………ママ」

 

それは、かすれた、けれど確かな意志を持った、少女の切ない声だった。

誰に教わったわけでもない。ただ本能が魂がその女性をそう呼んでいた。

 

リサの声には、深い孤独と、それを上回るほどの強烈な思慕が込められていた。

その一言は、部屋の中にいた全員の胸を締め付けるほどに純粋だった。

 

レオンは不意に視線を逸らし、クレアは口元を手のひらで覆った。シェリーはリサの背中にそっと手を添え、彼女の肩が微かに震えていることに気づく。

 

アネットは呆然としたまま、画面とリサを交互に見つめていた。

そこにあったのは、単なる実験体のデータではない。引き裂かれた親子の記憶であり、アンブレラという巨大な悪意によって踏みにじられた、一人の人間の人生だった。

 

レオンは、呆然と立ち尽くすアネットを押しのけ、彼女を端末の前からどかした。

 

「……すまない」

 

低く短い言葉と共に、彼は画面に映るリサの母親の写真を閉じた。今のリサにとってその写真がどのような意味を持つかは分かる。だが同時にこの場所で、この状況で残酷な真実を直視することは必要だった。

 

レオンは迅速にキーを叩き、データベースにあった詳細な個人記録を呼び出した。

画面には、事務的にまとめられた無機質なデータが次々と表示されていく。

 

【被験体:リサ・トレヴァー】

【性別:女 / 生年:1953年】

【父:ジョージ・トレヴァー(機密保持のため抹殺済)】

【母:ジェシカ・トレヴァー(始祖ウィルス定着に失敗。廃棄)】

【概要:始祖ウィルス定着化試験。母は定着化失敗により廃棄処分。被験体リサは適合を確認し、実験体として飼育】

 

そこに続く記述に、レオンの表情がさらに険しくなる。

 

【特記事項:本個体の細胞から、新型ウイルス『G』の基礎となる成分を分離することに成功。主導者:ウィリアム・バーキン博士、アネット・バーキン博士】

 

部屋の中に、重苦しい沈黙が降りた。

シェリーは画面に表示された名前――自分の父と母の名前を、信じられないという表情で見つめていた。

 

アンブレラがリサに非道な実験を繰り返していたことは怨霊が教えてくれた。自分の両親がその組織の研究員であることも分かっていた。だが、自分の親たちが直接リサの体にメスを入れ、彼女から何かを搾り取り、彼女を怪物へと変えた主導者の一人であったとは……。

 

「そんな……そんなの……」

 

シェリーの声が震え、涙が溢れ出した。

自分という存在が、この少女の絶望の上に成り立っているのかもしれないという耐え難い罪悪感が、小さな心を締め付けた。

 

「ごめんなさい……っ! ごめんなさい、リサお姉ちゃん!!」

 

シェリーはたまらずリサに飛びつき、その細い腰に腕を回して激しく泣きじゃくった。謝っても許されることではない。それでも、今この瞬間、彼女にできるのは心からの謝罪と抱擁だけだった。

 

それを見たクレアの胸にも、激しい悲しみが込み上げた。

彼女はそっとリサとシェリーの二人を、包み込むように同時に強く抱きしめた。

 

「……大丈夫よ。シェリーあなたのせいではないわ…」

 

クレアの温かい腕の中で、シェリーは泣き続け、リサはただ静かに、自分を抱きしめる二人の体温を感じていた。

 

画面の中にある冷酷なデータとは対照的に、そこには、血の繋がりとは違う、あまりにも脆く切ない絆があった。

 

アネットは、床にへたり込んだまま、呆然とした様子で娘を見つめていた。

目の前の惨状――リサという少女が背負わされた地獄と、それを自らが作り出したという事実。言い訳をするように彼女は本能的にシェリーへと手を伸ばした。

 

「……シェリー……」

 

震える指先が、シェリーの肩に触れようとしたその時だった。

 

(パシィッ!)

 

乾いた音が響いた。シェリーは全力でアネットの手を叩き落としたのだ。

 

「っ……! 触らないで!!」

 

悲鳴のような叫びが部屋中にこだました。

シェリーは後ずさりし、激しい拒絶の視線を母親に向けた。その瞳には、深い失望と悲しみ、そして底知れない恐怖が混在していた。

 

「信じられない……っ! お母さんは、私を愛しるって言ったけど……でも、リサお姉ちゃんにこんなひどいことをして……! 他にも、たくさんの人に同じことをしたんでしょ!?」

 

シェリーにとって、アネットはの拠り所であり、心から慕う母親だった。だが今、目の前の端末に表示された無機質なデータがその幻想を完膚なきまでに打ち砕いた。

愛情という名の仮面の下にあったのは、冷徹な研究者の顔。自分を愛してくれていたかもしれない女性が、同時に誰かの人生を徹底的に破壊し、蹂躙していたという事実。

 

「汚らわしい……っ! こんな人、もうお母さんなんて……無理だよ!!」

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶシェリー。彼女の心の中で母親への信頼が音を立てて崩壊していく。

 

その時だった。

ずっと黙って二人を見ていたリサが、小さく口を開いた。

 

「……ママ」

 

その声は短く、けれど不思議な響きを持っていた。

リサはゆっくりと視線を上げ、アネットからシェリーへと、そして再びアネットへと視線を移した。彼女の狂った心には複雑な人間関係や、倫理的な葛藤など理解できない。ただ、目の前の光景が「ママとの衝突」であることだけは分かっていた。

 

リサの視線と口調は、言葉以上に雄弁に問いかけていた。

(あの女が、シェリーのママでは?)

(あんなに会いたがっていたのに)

 

そして、リサは不思議そうに首を傾げ、シェリーを見た。

その瞳には、「なぜ、せっかくママに会えたのに甘えないのか」という純粋な疑問が浮かんでいた。自分にとって「ママ」という存在がどれほど絶対的で、失ったことがどれほど絶望的なことかを知っているリサだからこそ、目の前の状況が理解できなかった。

 

リサにとって、親とは、たとえ記憶が断片的であっても、魂の底から求める唯一の救いだった。だからこそ、実の母親を目の前にして拒絶するシェリーの心理が、彼女には全く分からなかったのだ。

 

「……ママ」

 

リサは再び、アネットの方を見た。

それは同情ではなく、ただ単に「ママなんだから、どうにかしろ」という、怪物なりの不器用な促しだった。

 

レオンは、リサの純粋すぎる問いかけに対し、静かに、けれど断固とした口調で答えた。

 

「……リサ。人間っていうのはな、人間である限り、絶対にやってはいけないことがあるんだ」

 

その視線は、床に伏したまま動かないアネットに向けられていた。

 

「それを、この女はした。許されないことをしたんだ」

 

隣にいたクレアも、悲しげに目を細めて言葉を添える。

「今の彼女が、またシェリーの『お母さん』になれるかどうか……それはここを脱出した後、彼女がどう生きるか次第よ。あるいは、もう一生、母親に戻ることはできないかもしれない」

 

クレアはそう言うと、震えが止まらないシェリーを、壊れ物を扱うようにそっと、けれど強く抱きしめた。シェリーはクレアの胸に顔を埋め、声を押し殺して泣き続けた。

 

リサは、二人の言葉をじっと聞いていた。

人間たちの複雑な道徳や倫理など、今の彼女には完全には理解できない。だが、「やってはいけないことをしたから、嫌われている」という単純な図式だけは受け入れた。

 

(……なるほど。確かに)

 

さきほどママの写真を見た影響か、リサの脳裏に断片的な記憶が蘇る。

それは実験室の地獄ではなく、まだ家族で幸せに暮らしていころの、小さくて温かい日常の記憶。

 

――ある日、大切にしていたプリンをママが間違えて食べてしまったことがあった。あの時の絶望感といったらなかった。怒りと悲しみでいっぱいになり、リサは丸一日、ママに口をきかなかった。

 

(そういうことか。ママがひどいことをしたから、シェリーは怒っているんだな)

 

それはあまりにも稚拙で、決定的に間違った理解だった。

だが、リサにとってはこの記憶こそが、今の状況を納得させる唯一の答えだった。

 

リサはゆっくりと手を伸ばし泣きじゃくるシェリーの頭を不器用になで始めた。

大事なプリンを食べた罪は重い。あの時パパもリサを撫でてくれた気がする。

その手つきはとても優しく、慈愛に満ちていた。

 

「…………」

 

声は出なかった。けれど、リサの頬を一筋の雫が伝い落ちた。

自分でも気づかないうちに瞳から大粒の涙が溢れていた。

 

それはアネットへの同情などではない。

ただ、目の前で泣いている大切な妹のような少女への共感であり、そして、もう二度と触れることのできない自分の「ママとパパ」への、癒えることのない孤独な想いが、涙となって溢れ出したのだ。

 

リサは自分が泣いていることに気づかないまま、ただ静かにシェリーの小さな頭を何度も、何度も撫で続けた。

 

 

 




もうやめて!とっくにアネット・バーキンのライフはゼロよ!
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