バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
重厚な石造りの警察署――ラクーンシティ警察署(RPD)の正面玄関をくぐった瞬間、冷たい空気と死の臭いが二人を包み込んだ。
広大なメインホールに足を踏み入れたリサは、ゆっくりと辺りを観察した。高い天井、豪華なシャンデリア、そして至る所に散らばる血痕。彼女にとってこの場所は、かつての自分を弄んだ組織が関わっている「巣」のような場所だった。本能的に、ここにある全てを破壊し尽くしたいという衝動が突き上げるが、今はまだ時機ではない。
「誰か! いないの!?」
クレアが声を張り上げたが、返ってくるのは静寂と、遠くで聞こえる正体不明の呻き声だけだった。
「……誰もいないみたいね」
クレアは小さくため息をつくと、まずは現状を把握するために周囲を探り始めた。運良く受付カウンターの近くにハンドガンの予備弾薬が落ちており、彼女はそれを拾い上げ、慎重にマガジンへ補給した。
一方のリサは、ホールのベンチに置いてあった大きな布を見つけると、それを手に取った。そして、愛用のトマホークにこびりついた黒い血を、丁寧に、執拗に拭き取り始めた。その仕草はまるで、大切な宝物を手入れする子供のようでありながら、同時に猟犬が次の獲物を待つ静けさを湛えていた。
クレアが受付にあるモニターに目を向けると、そこにはノイズ混じりの映像と共に、東側エリアに生存者がいることを写していた 。
「あっちに誰かいるかもしれないわ」
クレアは壁に貼られた地図を確認し、目的地へと足を進める。リサは特に興味なさそうに、しかし導かれるようにその後をついていった。
東側に向かうにはシャッターを開ける必要があった。
幸い横のボタンを押せばシャッターは空いたが酷く中途半端にしか開かなかった道中。
リサにとってその隙間など、通り抜けるのに十分な空間だった。彼女は猫のようなしなやかさで、スルスルと身を潜めて反対側へ抜け出した。
しかし、後から来たクレアは体が引っかかり、もぞもぞと格闘することになる。
「っ……! ちょっと、きつすぎるわよ……!」
もがくクレアの前方から、リサが冷ややかな視線で見つめていた。やがて、呆れたように溜息をつくと、リサは小さな手でシャッターの端をグイと押し広げた。
「あ……ありがとう」
クレアが苦笑いしながら通り抜ける。リサは再び無表情に戻り、先へと歩き出した。
さらに進むと、通路を塞ぐように重い机や椅子でバリケードが築かれていた。リサは迷うことなく、そのバリケードに肩をぶつけ、力任せにどかして突き進もうとした。
「待って! やめて!」
クレアが慌てて彼女の腕を掴んで止める。
「音が大きすぎるわ。それに、こういうバリケードには意味があるはずよ。向こう側にゾンビを閉じ込めているかもしれないし、不用意に開けて大群に囲まれたら終わりよ」
リサは不満げに口を尖らせ、「ウゥ……」と低く唸った。効率的に道を切り拓きたい彼女にとって、クレアの慎重さはもどかしい。だが、同時にこの女が「生存術」を持っていることも理解していた。
しばらく歩くと、通路の先に一体のゾンビがうつむいて立っていた。
リサは反射的にトマホークを構え、電光石火の一撃で首を撥ねようとした。しかし、その直前で足を止めた。彼女はふと、隣にいるクレアを見た。
リサは身振り手振りで、「お前がやれ」と指示を出した。指で銃を指し、その後でゾンビを指差すという単純なジェスチャーだ。
「え……? 私に?」
戸惑うクレアだったが、リサの瞳には「お前の実力を見せろ」という強い要求が込められていた。
クレアは覚悟を決め、銃口をゾンビの頭部に据えた。
――タンッ!
乾いた銃声と共に、ゾンビの頭部が弾け飛び、崩れ落ちる。完璧なヘッドショットだった。
リサはそれを見て、満足そうにゆっくりと深く頷いた。
「……私の腕が見たかったの?」
クレアが不思議そうに尋ねると、リサは再び小さく頷いた。
どうやらこの少女は、自分の「同行者」となる人物に最低限の戦闘能力があるかを確認したかったらしい。合格点が出た今、リサの気分は少しだけ上向いた。
それからの道程、ゾンビが現れるたびに、リサが猛獣のような速さで飛び出した。
「ああっ! 危ないわよ!」
クレアの制止など耳に入らない。リサはトマホークを振るい、肉を断ち、骨を砕く。もはやそれは戦闘ではなく、「掃除」だった。
目的地である東側エリアへ向かう間、クレアは自分の隣で血の雨を降らせながら淡々と歩く美少女を見て、改めてこの街の狂気と、目の前の少女の底知れない危うさを感じていた。
リサは、先ほどクレアに「化け物だと思われてしまう」と注意されたことをふと思い出した。意外にも気をつけることにした。彼女にとって美醜の概念は希薄だったが、「同行者」として認めたクレアに嫌われることは、今の彼女にとって唯一不利益になる可能性だったからだ。
それからのリサの戦い方は一変した。
闇雲に切り裂くのではなく、最小限の動きで急所だけを貫く。身体能力を極限まで活用し、ゾンビが血を噴き出す瞬間に身をかわすという、アクロバティックな戦法を取り入れた。それでも返り血は避けられないが、リサなりに「綺麗に」倒そうとする努力は、傍から見れば奇妙な光景だった。
やがて二人は目的地である警備員室の前に到着した。
部屋の中からは、低く濁った呻き声が漏れている。リサはクレアを背後に庇うようにして、電光石火の速さで室内に飛び込んだ。
ドシュッ!
短い音が響き、中にいたゾンビが絶命する。リサは事もなげに部屋の中央へ戻り、入口を鋭い視線で見守った。
クレアが室内の奥に足を進めたその時だった。
ガコンッ! ガガガッ!!
奥のシャッターが激しく叩かれる音が響いた。隙間から、血に染まった手が必死に内側へ入ろうとしている。
「誰かいるの!? 今助けるわ!」
クレアが慌てて駆け寄り、シャッターの隙間に手を伸ばした。そこにいたのは、一人の警官だった。しかし、彼を助け出そうとした瞬間、絶望的な光景が広がる。
「ああああああっ!!」
悲鳴が上がった。警官の下半身がゾンビたちに食いちぎられて、シャッター外側にから引きずられようとしていた。
「嘘でしょ……! 待って、今引っ張り出すから!」
クレアが必死に手を伸ばすが、時すでに遅し。警官は最期の力を振り絞り、血に染まった一冊の手帳をクレアの手に押し付けた。
「逃げ……ろ……ここは……地獄だ……」
それが彼の遺言だった。警官はそのまま闇へと引きずり込まれ、シャッターの向こうからぞりの咀嚼音が響いた。クレアは呆然と立ち尽くし、手の中にある血塗られた手帳を見つめていた。
「……ウゥ」
リサが短く呟いた。今の状況でここに留まるのは得策ではない。二人は一旦、玄関ホールへと引き返すことにした。
帰り道にもまたゾンビに襲われた。窓ガラスが破られから次々とゾンビたちが侵入してきていたが、リサにとってそれは格好の標的だった。返り血を避けつつ、舞うようにトマホークを振るい、道を切り拓く。
ようやく辿り着いた玄関ホールに、一人の男がよろよろと入ってきた。
脇腹に深い傷を負った黒人の警官だ。リサは彼を一瞥したが、特に反応しなかった。彼はアングロサクソンでもヒスパニックでもない。復讐の対象外であるため、リサにとって彼はただの人間だった。
クレアは急いで駆け寄り、彼に問いかけた。
「あなた! ここにクリスという警察官はいませんか? それか、レオンという新人警官を……!」
黒人警官は苦い顔で首を振った。
「クリスか……あいつは今ヨーロッパにいるはずだ。レオンについては知らん。だが、今のこの街にいて、誰かを探すなんて正気じゃないぞ」
彼は、ラクーンシティの現状を絶望的な口調で語った。
公共機関は完全に崩壊し、警察署ですら機能していない。街はゾンビであふれ、生存者はほぼ全滅したも同然だという。
「いいか、お嬢ちゃん。ここにはもう何も残っていない。生きていたいなら、一刻も早くこの街を脱出することを考えるんだ」
クレアは唇を噛み締め、先ほど死んだ警官から受け取った手帳を開いた。そこには、警察署の地下にある「隠し脱出通路」についての断片的な記録が記されていた。
「脱出ルートがあるなら……それを探すべきね」
クレアは決意した。この地獄のような場所から出るためには、まずその通路を見つけ出さなければならない。
リサは、その会話をぼんやりと聞いていた。
(脱出……?)
彼女にそんな気概はない。アンブレラへの復讐を果たすまで、この街を離れるつもりなど毛頭なかった。しかし、同時に彼女の好奇心と破壊衝動が囁く。
(警察署の中にあるものを、すべて暴きたい)
リサにとって、この建物はアンブレラの影が色濃く残る迷宮だ。そこを隅々まで探索し、恨みの種を根こそぎ見つけ出すこと。それが今の彼女にとっての最優先事項だった。
リサは静かに、そしてゆっくりと頷いた。
クレアという「便利な同行者」が探索を始めるなら、それに付き添うのは合理的だ。
こうして、美少女の姿をした怪物と、正義感に溢れた女性の、奇妙な警察署探索が再び始まった。
クレアはふと隣に立つ少女に目をやった。返り血を避けながらも、淡々とトマホークを手にするその姿は、この地獄のような状況にあっても不思議なほどの静寂を纏っている。
(この子は一体、何者なの……?)
正体不明のまま連れ歩く不安と、彼女が自分を守ってくれたことへの信頼。クレアは黒人警官の方を向き、リサを指し示した。
「ねえ、尋ねたいことがあるの。この子……何者か心当たりはないかしら? 喋ろうとはしているんだけど、うまく言葉が出ないみたいで」
黒人警官は怪訝そうに少女を見た。14歳ほどの可憐な美少女だ。こんな場所で子供が一人で生き残っていたことに驚いたのか、彼は眉をひそめて考え込んだ。
「……いや、心当たりはないな。この街の住民か? だが、こんな子が一人でここまで辿り着くなんて信じられん」
クレアは少し言いづらそうに、しかし重要な点だけを伝えた。
「それだけじゃないの。彼女、そのトマホークを持ったまま、ゾンビを迷いなく倒していくわ。それに……」
クレアはリサが先ほど地面を砕いて叫んだときの記憶を思い出した。
「彼女、『アンブレラ』という言葉と、『アングロサクソン』という言葉にだけ、異常なまでの憎しみを向けたのよ。まるで、その言葉を聞くだけで殺意を剥き出しにするみたいに」
その言葉を聞いた瞬間、黒人警官の表情が凍りついた。
彼は絶句したまま、リサを凝視した。
「……何だって? アンブレラとアングロサクソンだと?」
彼にとってアンブレラは、この街を崩壊させた元凶であり、タブーに近い存在だ。それを憎むことは至極当然だが、「アングロサクソン」という人種的なルーツまで含めて激しく憎悪しているというのは、あまりにも異様で特異な話だった。
「トマホークに、特定の人種への憎しみ……。冗談だろう? どこかの部族の生き残りか何かか? だが、見たところ彼女は――」
警官はリサの白い肌と整った顔立ちを見て言葉を詰まらせた。見た目は典型的な白人系少女だ。自分のルーツにあるはずの人種を憎むという矛盾。
彼は改めて首を横に振った。
「すまないが、やっぱり心当たりはない。だがお嬢ちゃん、気をつけるんだな。その子は……普通じゃない。俺には、彼女の瞳の中に、人間とは思えない深い闇が見える」
警官の言葉に、リサは反応しなかった。ただ、退屈そうにトマホークの刃を指先でなぞっていた。
彼女にとって、自分が何者であるかを説明する必要はない。ただ、この街に潜む「敵」を一人残らず屠ることだけが、今の彼女の真実だった。
ラクーンシティの喧騒から遠く離れた場所。アンブレラ社の極秘管理センターでは、冷徹な空気の中でモニターが青白く光っていた。
画面には、先ほどの監視員が送信した高解像度の映像がループ再生されていた。小柄な少女が、人間とは思えない瞬発力でゾンビの頭部を粉砕し、トマホークを振るう姿。その動きは洗練されており、同時に残酷だった。
「……信じられん。完全に廃棄されたはずだぞ」
管理官が低く唸った。彼の目の前には、かつての被験者データが表示されている。【個体名:リサ・トレヴァー】。
実験によって肉体が崩壊し、醜い怪物の姿へと変貌した彼女は、絶望的な崖下へと消えたはずだった。しかし、今そこに映っているのは、14歳の頃の美貌を取り戻した少女である。
「外見こそ若返っているが、身体能力は異常だ」
解析担当者がデータを提示した。
「映像のフレーム解析の結果、彼女の反応速度と筋力は、我々が開発した最高傑作の一つである『タイラント』に匹敵、あるいは一部の瞬発力においては凌駕している可能性があります。単なる生存者ではなく、何らかの外因によって再構築され、強化された生物兵器へと進化していると考えられます」
管理官は口角をわずかに上げた。
アンブレラにとって、「失敗作」が「発展形」となって戻ってきたことは、恐怖よりもむしろ好奇心を刺激する出来事だった。もし彼女の復活の要因と、その身体能力の秘密を解明できれば、次世代の生物兵器開発に革命をもたらすことができる。
「回収して研究したいところだが……今の彼女は極めて攻撃的だ。無理に接触すれば、現場の工作員が全滅するだろう」
管理官は椅子に深く背もたれを預け、冷酷な笑みを浮かべた。
彼にとって、この状況は絶好の「実戦テスト」の機会だった。
「いいだろう。ならば、我々の『力』を試させてもらおうか」
彼はコンソールを操作し、アンブレラの極秘施設へと指令を送った。
「タイラントを起動させろ。標的はリサ・トレヴァーだ。彼女がどれほどの怪物に成り果てたのか、我々の最高傑作と戦わせることで測定してやる」
それは実験という名の処刑宣告だった。
アンブレラの傲慢な知的好奇心が、再びリサを地獄へと誘う。しかし彼らはまだ気づいていなかった。今度のリサは、単なる被験者ではない。数えきれないほどの怨霊の怒りを背負った、「復讐の化身」であるということに。