バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
ラクーンシティの上空を、重苦しいエンジンの音が切り裂いていた。
低空飛行で警察署(RPD)へと向かう輸送ヘリの中では、黒いタクティカルギアに身を包んだアンブレラの特殊部隊員たちが、緊張に身を固くしていた。
彼らの手元のモニターには、一台のビデオ映像がループ再生されていた。
それは、絶望的なまでの暴力の記録だった。
「……信じられん」
隊長が低く呟いた。映像の中では、アンブレラが心血を注いで作り上げた最高傑作の一つである『タイラント』が、一人の少女によって文字通り「解体」されていた。
少女は小柄で、見た目は14歳程度の美少女だ。しかし、その身のこなしは人間のものではなく、ある種の野生動物か、あるいは熟練の処刑人のそれであった。
彼女が骨製のトマホークを振り下ろすたび、タイラントの強靭な皮膚が紙のように切り裂かれ、絶叫すら上げさせぬまま肉塊へと変えられていく。
「この個体が『リサ・トレヴァー』か」
隊長は冷徹に分析した。ただ、「極めて危険な回収対象」であり、「捕獲」であることだけが命令されていた。
その時、通信機から監視員の報告が上がる。
『こちら監視班! 対象のリサ・トレヴァーを確認! 現在、警察署の玄関前庭にて、タイラントおよびリッカーの死体を焼却しています!』
隊長は窓の外を見た。遠くに見えるラクーンシティでは至る所から黒い煙が上がっている。
証拠隠滅か、あるいは単なる掃除か。どちらにせよ、獲物はそこにいた。
『なお、同行していたクレア・レッドフィールドの生存および居場所は確認できていません。署内の監視員との連絡が途絶えており、全くの不明です。』
「……いいだろう。」
隊長が短く指示を出した。
「俺は屋上に降下して指揮を執る。残りのチームは周囲に展開し、完全に包囲しろ。逃げ場をなくせ。リサ・トレヴァーを捕らえろ。抵抗する場合は四肢を破壊してでも拘束しろ」
隊員たちは無言で頷いた。彼らは自分たちが、単なる「怪物」ではなく、「数世紀分の怨念を背負った戦士」に挑もうとしていることにまだ気づいていなかった。
一方、警察署の前庭。
リサ・トレヴァーは、燃え盛るタイラントの死体を見つめていた。
パチパチと爆ぜる火花が、彼女の透き通るような白い肌を赤く照らしている。
(……アンブレラ)
喉の奥から、うめき声に近い音が漏れた。
言葉にならない。しかし、脳裏には鮮明なイメージがある。自分を弄んだ者たちへの憎悪。そして、崖の下で出会った「彼ら」の怒りが、リサの血管を駆け巡っていた。
彼女の精神は狂気に支配されているが、その中心には静かな導きがあった。
インディアンの怨霊たちが、彼女に囁く。
『まだだ。この街にはまだ、根絶やしにすべき傲慢な血が流れている』
ふわりと風が吹いた。
リサは鼻をひくつかせた。火の匂いに混じって、金属とオイル、そして「征服者」特有の、傲慢な人間たちの臭いが近づいてくる。
(アンブレラァァァ……)
うまく発音できない言葉が、意識の中で渦巻く。
リサはゆっくりと、警察署の重い扉へと足を進めた。
特殊部隊が到着するまで、あと約5分。
彼女は静かに、獲物を待つ猟犬のような瞳で、暗い廊下を見つめていた。
警察署(R.P.D.)の屋上に降り立ったU.S.S.隊員たちは、重いタクティカルブーツでコンクリートを鳴らし、周囲を警戒しながら展開した。彼らの装備は当時の最先端であるアサルトライフルと対生物兵器用弾薬だ。
「こちらリーダー。屋上の確保を完了。これより内部へ浸透し、ターゲットを追い詰める」
隊長の声が無線機からノイズ混じりに聞こえる。作戦は完璧だった。退路を断ち、逃げ場のない警察署という迷路の中で獲物を仕留める。
一方、リサは静かに廊下を歩いていた。
14歳の少女に戻ったその身体は小柄だが、内部には怨霊の力と生物兵器として凝縮された超人的な筋力が宿っている。彼女が歩くたび、床がわずかに軋む。それは体重だけではなく、内包された密度の高さゆえだった。
「ターゲット確認! 射撃開始!!」
二階の回廊で遭遇した分隊が、一斉にトリガーを引いた。狭い廊下という制約の中にあっても、彼らの射撃は極めて正確だ。互いの射線を確認し合い、死角のない弾幕を形成してリサを封じ込める。
しかし、リサにとってその光景は緩慢だった。インディアンの戦士たちの記憶——森の中で矢の軌道を読み、風の流れと同化した感覚が、彼女の反射神経を極限まで引き上げていた。
リサは不自然な角度に身体を捻り、最小限の動きで弾道を回避した。
*シュッ、シュルッ!*
弾丸が彼女の頬や肩を数ミリ単位でかすめ、背後の壁に穴を開ける。だが、彼女はそこで止まらない。むしろ、完璧なはずの射撃網に吸い込まれるように加速した。
「なっ……!? 避けて近づいてきやがる!!」
隊員たちが驚愕し、即座に射撃位置を調整しようとした瞬間。リサはすでに彼らの懐に潜り込んでいた。
彼女の手には、自らの左腕から生成した白く鋭利な「骨のトマホーク」が握られている。
*ザシュッ!!*
先頭にいた隊員の胴体が、紙のようにあっさりと両断された。装備していたタクティカルベストごと、上半身が床に滑り落ちる。
リサは止まらない。そのまま回転し、隣にいた隊員の側頭部にトマホークの柄を叩きつけた。
*ゴシャッ!!*
鈍い破砕音と共に、ヘルメットごと頭蓋骨がひしゃげ、隊員は意識を失う間もなく絶命した。
「化け物め! 撃て!」
精鋭である彼らは、即座に後退しつつ距離を取ろうとした。しかし、リサの瞬発力は人間の理解を超えていた。彼女は弾丸の間を縫って飛び上がり、逃れようとする隊員の背中に乗りかかる。
一撃で肩から腕を切り落とし、次の一撃で脊髄を砕く。
どれほど高度な軍事訓練を受けていようとも、生物としてのスペックが絶望的に違う。彼らの最新兵器は、懐に飛び込まれた瞬間にただの鉄屑と化した。
リサは最後の一人の喉元にトマホークを深く突き立て、そのまま床に押し付けた。血が噴水のように舞い、彼女の幼い顔を赤く染める。
その口から、地を這うような低いうめき声が漏れた。
「……アン……サ…………」
アングロサクソン。うまく発音できないもどかしさが、さらなる破壊衝動に変わる。
リサは最後の一人の頭部を、トマホークの柄で容赦なく粉砕した。
静まり返った廊下。そこにあるのは、完璧な作戦を立てていたはずのエリートたちの無残な死体だけだった。
リサは血に濡れた顔を拭うこともせず、ゆっくりと立ち上がった。
警察署の廊下は、もはや戦場ではなく屠殺場へと変わっていた。
「報告しろ! 第3分隊はどうした!」
無線機から聞こえる隊長の怒鳴り声が、絶望的な静寂を切り裂く。返ってくるのは、激しい肉撃音と断末魔の叫び、そして不気味な少女のうめき声だけだった。
精鋭であるはずのU.S.S.隊員たちが、一人、また一人と消えていく。彼らは訓練通りに連携し、互いの背中を守りながらじりじりと包囲網を狭めていたが、それはリサにとって「向こうから獲物がやってくる親切な行為」でしかなかった。
「捕獲など無理だ! 殺せ! 今すぐこの化け物を消し飛ばせ!!」
錯乱した一人の隊員が、本部の命令を無視して叫んだ。彼はパニック状態でリサに向けて手榴弾を投げつけた。だが、リサはそれを避けるのではない。空中で舞うように身をひねり、飛来する鉄塊を軽々と回避し、そのまま加速して隊員の懐へ飛び込んだ。
ザシュッ!
骨のトマホークが彼の顎から頭頂部までを一気に縦断した。血飛沫が壁に塗りたくられ、絶叫は途中で塞がれ、背後で爆発音が響く。
リサは相手を殺しながらも、常に警戒を怠らなかった。
「……クソッ! 出せ! ロケットランチャーを出せ!!」
絶望的な状況に追い込まれた隊長が、ついに切り札を投入させた。対生物兵器用の特製ロケットランチャー。当たれば、たとえ再生能力がある怪物であっても深刻な損傷を与えられるはずの威力だ。
シュゥゥゥッ!!
火を吹いた発射筒から、弾頭が猛烈な速度でリサへと向かう。
しかし、その瞬間、リサの背中からどす黒い触手が鞭のようにしなり、空中で弾頭をを完璧に掴んだ。
ガシッ!!
信じられない光景だった。飛来したロケット弾を、リサは触手で「キャッチ」したのだ。慣性に抗う凄まじい筋力。彼女はそのまま流れるような動作で、持っていた弾頭を放った方向へと投げ返した。
「な……っ!?」
隊長が絶句した瞬間、自らの放った弾丸が目の前で爆発した。
轟音と共にコンクリートの壁が崩落し、隊長を含む指揮系統の中枢は、文字通り肉塊となって吹き飛んだ。
静寂が戻る。リサはゆっくりと歩き出し、地面に転がっていたロケットランチャーを拾い上げた。
彼女の瞳が上空を見た。そこには、事態を察知してホバリングしながら逃走準備に入っている2機のヘリコプターがあった。
ドォォォン!!
1発目の弾丸は、ヘリの機体をかすめて夜空に消えた。
だが、リサの脳裏に、かつてこの地で虐殺された戦士たちの記憶が奔流となって流れ込む。風を読み、獲物の逃げ道を封じる狩人の視覚。怨霊たちの導きが、彼女の照準をミリ単位で修正させた。
ドゴォォォン!!!
2発目。弾頭は正確に1機のローター部分を直撃した。
激しい爆炎と共にヘリが制御を失い、火だるれのまま警察署の屋上に墜落し、大爆発を起こす。ヘリは、僚機が消し飛ぶ光景に戦慄し、なりふり構わず最大加速で夜の闇へと逃げ出した。
生き残った数名の隊員たちは、空を見上げ、そして目の前の少女を見た。
帰る手段は失われた。通信機は壊れ、上官は死んだ。
リサは血に濡れたトマホークをゆっくりと構え、彼らへと歩み寄る。
絶望に染まった隊員たちの耳に、幼い、けれど底冷えするような声が届いた。
「……アン……ブレ………ラ…」
その不完全な単語こそが、彼らにとっての死刑宣告だった。
静寂が戻った警察署は、もはや法と秩序の象徴ではなく、閉ざされた巨大な棺桶へと変わっていた。
生き残った数名の隊員たちは、暗い廊下の隅に身を寄せ合い、震える手でMP5のグリップを握りしめていた。彼らはプロだった。だが、今の彼らにとっての「プロの心得」は通用しない。目の前にいるのは、弾丸を避け、ロケット弾を投げ返し、味方を紙のように切り裂く悪夢だ。
「……どこだ。どこにいやがる!」
一人の隊員が、かすれた声で囁いた。
廊下の照明は激しく点滅し、ジジジという不快な電気音が耳をつんざく。暗闇と明かりの狭間で、彼らの視界は極限まで不安定になっていた。
その時だ。
*タッ……*
かすかな足音が聞こえた。それは軍靴の重い音ではない。裸足でコンクリートを叩く、小さく、軽い足音。
だが、その軽さが逆に恐怖を増幅させる。どこにいてもおかしくない。天井からか、あるいは壁の中からか。
「誰だ! 出てこい!!」
隊員が絶叫し、闇に向かって無差別に銃弾をぶっ放した。火花が散り、壁の塗装が剥げる。だが、そこには誰もいない。
ただ、激しい銃声が止んだ瞬間、彼らは気づいた。
「ひっ……!!」
一人の隊員が悲鳴を上げた。
彼の肩に、白く細い指先がそっと触れていたからだ。
ゆっくりと振り返った彼の視界に入ったのは、14歳の少女の姿だった。血塗れの服を着て、首を不自然な角度に傾け、虚ろな瞳で彼を見上げている。
「あ……ああ……」
彼が引き金に指をかけた瞬間、リサの身体が弾かれた。
人間には不可能な速度での加速。視認できない速さで彼女は懐に入り込み、骨のトマホークを彼の腹部に深く突き刺した。
*ズブシュッ!*
「ガッ……!!」
悲鳴すら出ない。リサはそのままトマホークを捻り、ゆっくりと引き抜いた。内臓がズルリと音を立てて床に零れ落ちる。
生き残った者たちは、仲間が文字通り「解体」されていく様を凝視することしかできなかった。
リサは死にゆく隊員の耳元に顔を寄せ、喉の奥から絞り出すように囁いた。
「……アン……ブレラ…………」
その声には、憎しみだけでなく、深い怒りが混じっていた。それは彼女自身の記憶ではなく、彼女の中に宿る数千人の怨霊たちの慟哭だった。
残された隊員たちは、パニックに陥り走り出した。だが、彼らが向かった先は行き止まりの壁か、あるいは既に死体が山積みになった廊下だ。
暗闇の中から、時折、骨が砕ける音と、肉を切り裂く濡れた音が聞こえてくる。
「助けてくれ! 誰か!!」
絶叫が響き渡る。だが、彼らを救う者はもういない。
ヘリは逃げ去り、通信機からはノイズだけが流れている。
最後に一人だけ残った隊員は、警察署の隅で膝を突き、ガタガタと震えていた。彼は弾切れの銃を捨て、ただ祈っていた。
すると、背後の闇からゆっくりと、小さな手が彼の肩に置かれた。
冷たい。氷のように冷たい手だった。
彼が絶望に染まった瞳で振り返ると、そこには血まみれのリサが立っていた。彼女はトマホークを構えず、ただじっと彼を見ていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「アンブレラ」
それは親愛の情ではなく、処刑者が死刑囚に名乗るような、残酷な儀式だった。
直後、鋭い骨の刃が彼の視界を真っ二つに切り裂いた。
警察署に再び静寂が訪れる。
廊下には、かつてエリートと呼ばれた男たちの肉片と血の海だけが広がり、そこには満足げな表情で立ち尽くす、小さな少女の背中があった。
夜の帳が降りた孤児院に、不気味なほど静かな足音が響いた。
リサは、血と硝煙にまみれた姿でそこに立っていた。背中には回収したアサルトライフルとロケットランチャーを触手で抱え、その瞳にはまだ、警察署で屠った男たちの断末魔が焼き付いている。
彼女がふらりと足を踏み入れた部屋に、一着のワンピースと一枚のメモがあった。
リサは首を傾げ、不器用な指先でメモを拾い上げた。そこにはクレアの温かい筆跡で、自分たちが地下施設へ向かったこと、そしてこの服がリサへの贈り物であることが記されていた。
「……クレア……」
小さく、うめき声のような呟きが漏れる。
リサはワンピースを手に取った。それはあまりに白く、清潔だった。今の自分の姿で触れれば、すぐに汚してしまう。彼女は本能的に、この服を大切に扱わなければならないと感じた。触手を用いて、汚れひとつないように丁寧に服を抱え、メモに記されていた2階のシャワー室へと向かった。
シャワーの蛇口をひねると、冷たい水が降り注いだ。
真っ赤に染まった肌から、どろりとした血が流れ落ち、排水溝へと吸い込まれていく。リサはぼんやりと自分の手を見た。骨のトマホークを生成し、人間を切り裂いたその手だ。
ふと、記憶が蘇る。
警察署で、クレアに身体を洗ってもらった時のことだ。
不器用ながらも優しく、慈しむように自分を包み込んでくれたクレアの指先の感触。あの時、リサは自分が「怪物」ではなく、ただの「女の子」に戻れたような心地がした。
リサは、一人で自分の身体を洗い始めた。けれど、どうしても手が届かない場所がある。
(……せなか、洗えない)
そう思った瞬間、胸の奥に正体不明の疼きが走った。それは飢えでも怒りでもない。もっと静かで、底の見えない深い穴のような感情。
「……くれ、あ……」
うまく言葉にならないが、リサは今、猛烈に寂しさを覚えていた。
自分を人間として扱い、名前を呼び、服を用意してくれた女性。彼女が隣にいないことが、これほどまでに心細いことだとは知らなかった。インディアンの怨霊たちが、彼女の孤独に共鳴するように静かに凪いでいる。
シャワーを浴び終え、リサは丁寧に用意されていたワンピースに袖を通した。
鏡に映ったのは、血まみれの怪物ではなく、どこにでもいる14歳の美少女だった。けれど、その瞳の奥には依然として狂気と怨念が渦巻いている。
彼女は再び武器を手に取った。
可愛らしいワンピース姿のまま、背中には殺戮のための兵器を背負う。そのアンバランスな姿こそが、今のリサトレヴァーそのものだった。
「……あんぶれら…………」
低い呟きと共に、リサは孤児院の地下へと続く隠し通路へ足を踏み出した。
目的地はアンブレラの秘密研究所。そこには、自分をこうしてしまった元凶と、そして、いまは隣にいない大切な人が待っている。
リサは暗い通路の中を、迷いのない足取りで進んでいった。
ラクーンシティの崩壊という未曾有の惨劇の中、アンブレラ社の極秘指令室には、凍りつくような沈黙が流れていた。
モニターに映し出されているのは、警察署(R.P.D.)へ派遣された精鋭特殊部隊の生存率だ。そこにある数字は、残酷なまでに「ゼロ」に近い。
「……報告しろ。何が起きた」
幹部の低く冷徹な声が部屋に響く。
待機していた監視員が、震える声でレポートを読み上げた。彼は命をかけて警察署内部に入り、惨状を確認してきたばかりだった。
「……信じられない光景でした。隊員たちはほぼ全滅しています。死因は……銃撃ではなく、鋭利な刃物による切断と、凄まじい衝撃による破砕です。遺体の損壊状況から見て、リサトレヴァーが持っていた斧のような武器で一撃で叩き斬られたと考えられます」
幹部の眉がぴくりと動く。タイラントであれば、あるいはネメシスであれば破砕に破壊はあり得る。だが、「斧のような武器を使いこなす」という点に違和感があった。
そこへ、かろうじて生還したヘリのパイロットが、蒼白な顔で報告を付け加えた。
「……信じていただきたい。あの化け物は……小隊が放ったロケットランチャーを、空中で掴んで投げ返してきたんです」
指令室に激震が走った。
単なる身体能力の向上ではない。飛来する弾頭をキャッチし、その特性を理解して投擲する知能。そしてタイラントを遥かに凌駕する瞬発力。それはアンブレラが想定していた「生物兵器」の枠を超えていた。
「即座にネメシスを投入しろ! S.T.A.R.S.など放っておけ!あの個体なら、どのような怪物であっても制圧できるはずだ!」
一人の幹部が机を叩いて叫んだ。だが、その提案は隣にいた別の分析官によって冷酷に却下された。
「……お待ちください。今回派遣し、全滅した部隊の構成を確認してください。彼らはかつて、制御不能となり脱走した『ネメシス』を追跡し、捕獲作戦に従事していた精鋭たちです」
その言葉に、室内の空気が一変した。
ネメシスという最強の兵器を御することができた人間たちが、わずか1体の失敗作に完敗したということだ。もしここでネメシスを投入し、万が一にも敗北すれば、アンブレラ社の威信は地に落ちる。
幹部は絶句し、やがて激しい怒りを爆発させた。その矛先は、ある人物へと向けられる。
「……クリス・レッドフィールド!! あの男が一体何を仕込んだ! 報告によれば、ターゲットはクリスの妹クレアと共にいたというではないか! やはりクリスがアークレイ研究所でこの失敗作を保護し、戦闘訓練を施したに違いない!」
洋館事件以来、アンブレラにとって目の上のたんこぶとなっていたクリス・レッドフィールド。彼の正義感と執念が、最悪のタイミングで「最強の兵器」を生み出したのだという妄想に近い怒りが、幹部を支配していた。
もう一人の老練な幹部は、深く嘆息しながらモニターを見つめていた。
「……馬鹿げた話だ。だが、認めざるを得ないな。クリス・レッドフィールドという男は、あのアルバート・ウェスカーが認める能力を持っていた」
1998年の洋館事件。そこで彼が見せた生存能力と戦術眼。
アンブレラ社が作り出した地獄の中で。もし彼が本当にこの不死身の失敗作の調教師となったのであれば、それはアンブレラにとって最大の悪夢となるだろう。
モニターの中では、血に染まった警察署の廃墟が、静かに夜の闇に溶け込んでいた。