バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
「ああっ! あそこに!!」
アネットの悲鳴に近い叫び声が上がった。
視線の先には、脱出用列車へと繋がる唯一のエレベーター。そこを塞ぐように、おぞましい肉塊へと化したG生物――ウィリアム・バーキンが鎮座していた。
その咆哮を聞いた瞬間、リサの瞳に鋭い光が宿る。
彼女は迷うことなく地面を蹴った。人間離れした瞬発力で加速し、空気を切り裂く速度でG生物へと突進する。
「ガアァッ!!」
G生物が巨大な爪を振り下ろすが、リサはそれを紙一重で回避。同時に骨のトマホークを全力で振り抜き、怪物の肉厚な皮膚に深い斬撃を刻み込んだ。
パワーではG生物が上回るが速度と技量においてリサは圧倒していた。彼女はあえて決定打を与えず、挑発するように踊りながら、G生物をエレベーターから遠ざける方向へと巧みに誘導していく。
「今よ!! 行って!!」
クレアが叫ぶ。
レオンはシェリーを抱きかかえ、アネットと共に開いたままのエレベーターの中へと滑り込んだ。
リサの超人的な身のこなしにアネットは驚愕し呆然と見つめていた。自分たちが恐れていた怪物がG生物が相手になっていない。その光景に言葉が出ない。
一方、クレアだけはエレベーターに乗らず、あえて外へと一歩踏み出した。
彼女の手にはロケットランチャーが握られている。リサがG生物を十分に追い込み、射線が開いた瞬間だった。
「リサ! 伏せて!!」
だが、リサは伏せなかった。
彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、弾道が見えた瞬間に最小限の動きでひらりと身をかわした。まるでダンスを踊るかのような軽やかな動作だ。
ドォォォォン!!!!!
凄まじい爆炎がG生物を直撃し、その巨体が後方へと吹き飛んだ。
耳をつんざく爆音と煙が立ち込める中、リサは呆然とするクレアの横を通り過ぎ、しぶしぶといった様子でエレベーターの中へと乗り込んだ。
「……ふぅ」
レオンが安堵の息をつき、シェリーがリサの服の裾をぎゅっと掴む。
リサは少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、自分を呼ぶクレアの声に、小さく頷いた。
エレベーターの扉がゆっくりと閉まり始めた。
リサ、クレア、レオン、シェリー、そしてアネット。彼らは生き残るための希望を胸に、深く暗い地下へと降りていこうとする。
だが、その静寂は唐突な衝撃によって破られた。
ガシャァァン!!
凄まじい音と共に、エレベーターの透明な強化ガラスの扉に、巨大でどす黒い触手が突き刺さった。爆撃を耐え抜いたG生物が、絶望的な執念で彼らの脱出を阻止しようとしたのだ。
「きゃあああ!!」
シェリーが悲鳴を上げ、レオンが咄嗟に彼女を庇う。
しかし、その時だった。
リサの瞳に、獰猛な、そして歓喜に満ちた笑みが浮かんだ。
「……ガアァッ!!」
リサは迷わず突き刺さった触手に飛びかかった。骨のトマホークを閃光のように振り抜き、ガラスを貫いた肉塊を一瞬で切り裂く。
それだけでは終わらない。G生物、次から次へと飢えた触手が襲いかかってくるが、リサはそれをすべて迎撃した。
エレベータの外に出て
斬る。引き裂く。砕く。
彼女の動きはもはや戦士というよりも、血に飢えた舞踏手のようだった。
エレベーターがゆっくりと下降を始める中、リサ降り注ぐ触手の中へと飛び込んでいった。
「リサ!! 戻ってきて! リサ!!」
クレアの悲痛な叫びが、狭いエレベーターの中にこだまする。
クレアはガラス越しに、血飛沫の中で笑みを浮かべながら戦う少女の姿を見た。自分たちが生き残るために、彼女だけがこの地獄に取り残されようとしている。
リサは振り返らなかった。
ただ一度だけ、肩越しにクレアを見た気がした。
エレベーターが深く、深く下降し、リサの姿が見えなくなっていく。
「リサァ!!!」
クレアの絶叫は、遠ざかる機械音と、上層から響く施設の崩壊音に飲み込まれていった。
最強の怪物でありただの少女であったリサ・トレヴァー。彼女は一人自爆装置が作動した研究所の中で最期の獲物を狩り続ける。
下降を続けるエレベーターの中には、絶望的なまでの悲しみが充満していた。
「リサ!! リサァ!!」
クレアの声は枯れている。彼女が手を伸ばした先にあるのは、冷たい強化ガラスの壁だけだった。
レオンは無念さに唇を噛み締め、拳でエレベーターの壁を激しく殴りつけた。「クソッ……!!」という短い叫びと共に、彼の肩が震えている。
シェリーは、泣きじゃくるクレアにそっと抱きついていた。小さな体で精一杯、彼女の悲しみを分かち合おうとする。その傍らで、アネットは沈痛な面持ちでうつむいていた。自分たちのエゴと運命が、あの子にどれほどの犠牲を強いたのか。その重みに耐えかねた表情だった。
やがて、エレベーターが目的地である最下層に到達し、重い音と共に扉が開く。
呆然として動けないクレアの腕を、レオンが強く掴んで引っ張り出した。
「しっかりしろ、クレア!!」
レオンの声は鋭かったが、そこには必死な願いが込められていた。彼はコントロールパネルを操作し、エレベーターを再び上層へと戻る設定にする。
「俺たちは列車へ向かう。そして……ギリギリまで待つんだ。リサが戻ってくるのを、俺たちは列車で待つ!」
その言葉に、クレアの瞳に微かな光が戻った。
(戻ってきてくれる。あの子は強い。絶対に、あの子なら生き残れる)
根拠のない、けれど切実な信条だけを胸に、彼らは列車へと走り出した。
暗いトンネルを抜け道中ゾンビを倒しながら、ようやく辿り着いた脱出用の列車。
「まだ……まだ来ない!」
クレアは列車のドアを開け放ったまま、リサが来るはずのの通路を凝視していた。一秒が永遠のように感じられる。レオンもまた、時計と通路を交互に見つめ、祈るように拳を握りしめていた。
だが、非情なカウントダウンが施設内に鳴り響く。自爆まで、あと1分を切った。
これ以上待てば、列車ごと消滅する。
「……もう時間だ」
レオンの声は枯れていた。彼は無念そうに、震える手で列車の起動レバーを引いた。
ガガガッという激しい音と共に、列車がゆっくりと加速し始める。
「嫌よ!! まだよ! リサ!! 戻ってきて!!」
クレアは泣きじゃくりながら、遠ざかる通路に向かって手を伸ばした。彼女の絶叫は列車の走行音にかき消され、次第に小さくなっていく。
シェリーがそっと、泣き崩れるクレアの背中に寄り添った。
列車は加速し、暗いトンネルを突き抜けて地上の光へと向かう。
後方では、アンブレラの秘密研究所が巨大な火柱と共に消滅していった。
すべてを飲み込む爆炎の中で、不死身の怪物がどうなったのかは誰も知らない。
崩壊が始まり、赤く染まった研究所の深部。
そこには、地獄の中で一人、狂気と歓喜に浸る少女がいた。
リサ・トレヴァー。彼女にとってこの場所は単なる研究所ではなく積年の恨みを晴らすための戦場だった。
目の前で醜くのたうち回るG生物――ウィリアム・バーキンを見つめながらリサの脳裏に断片的な記憶が蘇る。
(……あいつだ)
自分を化け物に変えた者たち。白い白衣を着て冷酷な目で自分を観察していたアンブレラの研究者たち。そしてGウィルスの原型を投与し人生を人間としての尊厳を奪い去ったあの手。
復讐の炎がリサの心の中で爆発的に燃え上がった。
「ガアァッ!!」
G生物が絶叫し、巨大な爪を振り下ろすが、リサはそれを嘲笑うかのように回避し骨のトマホークでその肉塊を何度も、何度も切り刻んでいく。
(……弱ったな)
頭の中で、インディアンの怨霊たちが低く囁いた。
G生物は驚異的な再生能力を持つが、リサという「怪物」に一方的に蹂躙され続けたことで、その再生速度にわずかな遅れが生じ始めていた。疲労が蓄積し攻撃の精度が落ちている。
対してリサに、有効打など一撃も当たっていない。
リサはゆっくりと構えを取った。全身に力を込め、細胞のひとつひとつからエネルギーを絞り出す。すると、彼女の手に握られたトマホークに、パチパチと青白い雷撃が纏い始めた。
それはGウィルスとTウィルスの融合によってもたらされた、生物兵器としての究極の出力。そして怨霊の力がそれを加速させた。
「……アンブレラ!!」
かすれた叫びと共に、リサは電光石火の一撃を叩き込んだ。
雷撃を纏った刃がG生物の肉を焼き切り細胞の再生を阻害する。リサは止まらなかった。焼き切り、引き裂き、引っ掛け、壁へと叩きつける。
もはや戦いではなく、「解体」だった。
圧倒的な暴力の奔流に押されG生物は次第に縮こまりその巨体を失っていく。
気がついたとき、リサはいつの間にかある部屋に辿り着いていた。
そこは先ほどまでシェリーが休んでいた休憩室。
リサは血に染まったトマホークをゆっくりと下げた。
リサは静かに、その部屋を見渡した。
ここならいい。ここで待っていれば、またクレアが戻ってくるかもしれない。あのアングロサクソン系の母親と、守るべき小さな女の子を連れて、自分を迎えに来てくれるかもしれない。
ふと、自分が着ている服を見た。血と汚れにまみれているが、それでもこれはクレアが自分のために選んでくれた服だ。リサは大切そうに袖口を握りしめ、小さく、本当に小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……ク、レア」
もし今、ここで彼女と再会できたら。
もう一度抱きしめてもらえるだろうか。また一緒にシャワーを浴びて、自分の背中を洗ってもらえるだろうか。リサの心に、怪物としての憎悪ではなく、一人の少女としての切ない願いが灯った瞬間だった。
だが、運命は残酷だ。
――00:00
施設内に鳴り響いていたカウントダウンが、ついにゼロを刻んだ。
その瞬間、地底から突き上げるような猛烈な衝撃がリサを襲った。
轟音と共に地面が裂け、白熱した炎と爆風が研究所のすべてを飲み込んでいく。
「……ッ!!」
爆心地で、リサ・トレヴァーはただ静かに目を閉じた。
意識が遠のく中、彼女が最後に見たのは、自分を呼ぶクレアの声と、温かな手の感触だった。