バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
飛行機から脱出したリサとアレクシア、凄まじい風切り音と共に二人の少女は海面へと激突した。
ドォォォン!! という衝撃波が水面に広がり、白い飛沫が舞い上がる。
通常の人間であればこの高度からの落下は即死を意味するが、彼女たちは違った。しかし、同時にある問題に直面する。始祖、T、G……あらゆるウィルスによる肉体強化の結果、彼女たちの細胞密度は常人を遥かに超えていた。つまり比重があまりに重すぎたのだ。
(……沈む)
アレクシアは意識が遠のく中で感じていた。水面に浮かぶことなどできず、まるで巨大な鉛の塊になったかのように身体が急速に深海へと引き摺り込まれていく。
冷たい海水が肌を覆い視界が泡で覆われる。
だが、アレクシアはパニックにならなかった。
彼女はリサという忌々しい怪物の記憶を強制的に共有していた。リサが深海を旅し自らの肉体を書き換え海に適合した「人魚」のような姿へと進化したことを知っていたからだ。
(……当然よ。この化け物なら私を助けるはずだわ)
意識が混濁する中、アレクシアは傲慢にもリサの救済を確信していた。
その時だった。
暗い深海から青白く光り輝く一筋の閃光が猛烈な速度で突き上げてきた。
ズバァッ!!
鋭い衝撃と共に、アレクシアの身体が強い力で抱き寄せられた。
目を開けると、そこにはかつての資料で見た醜い怪物の姿ではない、幻想的なまでに美しい「人魚」へと姿を変えたリサがいた。しなやかな尾びれが水を切り裂き、強靭な腕がアレクシアをしっかりと固定している。
リサは猛烈な加速で海面へと突き上げた。
プハッ!!
水面に飛び出した瞬間、アレクシアは激しく咳き込みながら空気を吸い込んだ。彼女は反射的にリサの滑らかな背中にしがみつき、濡れた髪を振り払いながら不機嫌そうに言い放った。
「……っ! 遅いじゃない! もっと早く助けなさいよ、この鈍い化け物!」
救われた直後であるにもかかわらず、アレクシアの口から出たのは罵倒だった。リサは低い唸り声を上げ、獲物を睨みつけるような目で彼女を見たが人魚の姿をしたまま海面を悠然と漂う。
「いい? 私という最高の頭脳が生き残ったことであなたにもチャンスが巡ってきたのよ」
アレクシアはリサの背中の上で胸を張り、濡れたぶかぶかなドレスを気にしながら傲慢に命令を下した。
「さあ、早く陸地に向かいなさい! あなたのその馬鹿げた身体能力と私の頭脳があれば、アンブレラもあなたたちの言う征服者どももいずれは私の足元にひれ伏すことになるわ。あなたはそのためにわたしの忠実な猟犬になればいいのよ」
リサは心底呆れたように鼻を鳴らした。
(……この女、本当に殺してやりたい)
だが、その殺意の裏側でリサは不思議とアレクシアを突き放すことができなかった。それは彼女の中に宿る怨霊の導きか、あるいはアレクシアが無意識に求めた「ママ」という絆への共鳴か。
リサは大きく尾びれを打ち付け波しぶきを上げて陸地へと泳ぎ出した。
背中には世界で最も傲慢でそして27歳になっても迷子な女王様を乗せて。
リサは地磁気とわずかなにおいを自然と感知し、正確に陸地へと向かって潜水を開始した。
青白い光を放つ人魚の肢体はしなやかで、海流さえも味方につけて加速していく。だが、その背中にある「荷物」が問題だった。
(……っ!!)
不意に、リサの肩や背中がパタパタと叩かれた。最初は単なるひまつぶしかと思っていたが次第に強度が上がりついには細い腕ががリサの首に回されぎゅっと絞められた。
力こそ弱いがリサにとっては非常に鬱陶しい行為だった。
(……アレクシアが酸欠を起こしているぞ)
若干の呆れとともに怨霊の冷静な囁きが響く。
そうだった。リサは生物兵器として呼吸を最適化させていたが、背中に乗せているのは、まだ不完全な適合状態にある12歳の少女だ。潜水時間が長すぎた。
リサは猛烈な速度で海面へと浮上し、激しく水飛沫を上げて飛び出した。
「ゲホッ! ゴホォッ!!……このっ、大馬鹿者っ!!」
海面に顔を出した瞬間、アレクシアは肺に溜まった水を激しく吐き出し、血の混じった唾液と共に絶叫した。水圧にも耐えきれなかったのか彼女の口からは薄く血が流れている。だがその瞳だけは怒りで燃えていた。
「殺す気!? 私を殺してどうするつもりよ! あなたのような能無しには、私の指示がなければ一歩も前に進めないはずなのに! この低能な魚女!!」
激しい罵倒の嵐。
リサは海面に浮かびながら、じっとアレクシアを見つめた。耳障りだ。あまりにうるさい。
そして、ふと思いついた。
(……口を塞げばいい)
飛行機の中でしたあの方法だ。同時にこの小娘がまた酸欠で死なないようにするにはどうすればいいか。答えは簡単だった。彼女の肉体をも自分と同じように「海に適合」させればいい。つまり人魚へと変化させるのだ。
リサは不敵に口端を吊り上げると、逃げ場のない海面の上で、アレクシアの細い腰を強引に抱き寄せた。
「なっ!? 何をする……んむっ!!」
リサの腕が逃げ場のない海面でアレクシアの身体を強引に拘束した。
驚愕に目を見開いたアレクシアが何かを叫ぼうとした瞬間リサの薄い唇がその小さな口を完全に塞いだ。
チュッ……ジュルリ。
それは接吻というよりも生命の強制的な書き換えだった。
リサはむさぼるようにアレクシアの口内へ侵入し濃厚な唾液と共に最適化されたウィルスの奔流を注ぎ込む。海水の冷たさと口内で混じり合う熱い粘膜の感触が強烈なコントラストとなってアレクシアの意識を揺さぶった。
「んんーーっ!!」
アレクシアは激しく身悶えしリサの肩を叩いて抵抗した。しかし、リサの腕は鉄のように硬く彼女を離さない。むしろもがけばもがくほどリサはその身体を自分へと深く密着させ、より深く、より貪欲に舌を絡ませた。
銀色の糸を引く濃厚な口づけが海面という不安定な場所で繰り広げられる。
14歳と12歳の少女。見た目こそ幼いながらもその内側では生物兵器としての濃密なエネルギーが激しく衝突し融合していた。
リサにとってこれは至極合理的な判断だった。口を塞いでうるさい罵声を止め同時に自分のウィルスを分け与えてアレクシアを海に適応させる。愛など微塵もない。だがその行為はあまりに背徳的で官能的な情景を描き出していた。
やがてリサはアレクシアの身体を抱えたまま、ゆっくりと、深く、深い紺碧の底へと沈めていった。
水中に潜った瞬間、二人の口づけはさらに深化する。
泡に包まれ視界が青く染まる中で二人の唇は離れることなく密着し続けていた。アレクシアはもはや抵抗する力さえ失いただリサから注ぎ込まれる熱い生命力の奔流に意識を混濁させていた。
(……あぁ……っ)
アレクシアの脳裏で激しい快感と恐怖が同時に弾けた。
肺の中の空気が尽きかけ死の恐怖が襲うはずの瞬間。しかし、リサから流れ込むウィルスが彼女の細胞を書き換え始めた。
それはゆっくりとした残酷なまでに美しい変化だった。
アレクシアの白い脚が水中でしなり始める。
皮膚の下で骨格が砕け再構成される音が鈍く響いた。白かった肌は次第に真珠のような光沢を帯び始め指先からは薄い膜が広がり膝から下がゆっくりと融合していく。
海中での濃厚な接吻は数分に及んだ。
時間は止まったかのようにゆっくりと流れ、二人の少女は青い静寂の中で絡み合っていた。
アレクシアの変化は最終段階に達していた。
彼女の両脚は完全に融合しそこには人間のものではないしなやかで美しい尾びれが形成されていた。鱗の一枚一枚が海中の微かな光を反射し幻想的なエメラルドグリーンとシルバーの輝きを放っている。
リサはアレクシアが完全に「人魚」へと変貌したことを確認するとゆっくりとその唇を離した。
銀色の唾液の糸が水中を漂い、二人の間に儚く消える。
アレクシアは呆然とした表情で自分の尾を見た。
もはや呼吸にそう困ることはない。肺から吸った酸素は全身の細胞レベルで貯蓄されるだろう。リサと同じ「海という世界」の住人になったのだ。
二人の美しい人魚は、そのまま海中で視線を交わした。
リサの瞳には相変わらず冷徹な合理性だけが宿っていたがアレクシアの瞳には充足感と羞恥そして拭いきれない傲慢さが混在していた。
ふわりと浮力を得て二人は再び海面へと突き上げた。
プハッ!!
水面に顔を出した瞬間アレクシアは激しく咳き込んだが、今度は血は混じっていない。彼女はすぐに正気に戻ると濡れた髪を乱暴に払いながら、リサの肩を強く叩いた。
「……っ! 本当に最低よ! この野蛮な化け物!!」
ウィルスにさらに適合したことで身体能力は上がったはずだが、それでもリサの拘束力には敵わない。アレクシアはリサの腕の中で激しく暴れながらも、その声には先ほどのような切迫感はなく傲慢な女王の響きが戻っていた。
「また!あなたは、こんな……こんな破廉恥な方法で私を変えろと言ったのかしら!? 私は人魚になるつもりなんてなかったわ! 屈辱よ! 本当に屈辱だわ!!」
リサは不機嫌そうに鼻を鳴らし、「んぅ」と短く唸った。
(本当にうるさい。これで黙ると思ったのに。まあいい今度は海に沈めても大丈夫だろう)
だが、リサはアレクシアを突き放さなかった。しっかりと彼女の腰を抱き寄せ再び陸地を目指して潜水しようとする。
「いい!? 勘違いしないで! あなたが私を助けたから、私があなたに同行することを許してあげているだけなんだから! さあ、早く陸地に連れて行きなさい!」
文句の一つ一つは相変わらず傲慢だったが、アレクシアはしっかりとリサの肩にしがみついていた。その指先には無意識にリサという存在を頼りにしている動きがあった。
リサは再び深く潜水し紺碧の海へと消えていった。
二人の美しい人魚が波紋だけを残して深淵へと泳いでいく。
ようやく辿り着いた海岸線は文明の跡すら消えかかった寂れた場所だった。
上陸の間際リサは再びアレクシアの口を口で塞いでいた。人魚から人間へ戻るための調整が必要だった、適合しきっていないアレクシアは自力で2足歩行に戻れなかった。本人にとってそれは精神的苦痛と快感が混ざり合った強制的な作業であり、彼女は最後まで「こんな野蛮な方法はやめなさい!」ともがいていた。
ようやく二足歩行を取り戻したもののアレクシアの身体には疲労の色が濃く滲んでいた。
リサは上陸前合理的に考えていた。このままアレクシアは海で眠ればいい。生物兵器にとって睡眠環境などどこであろうと大差ないはずだ。
だが、アレクシアの主張は激しかった。
「絶対に! 断固として! 私は海の中で寝るなんて御免よ! 私が誰だと思っているの? 絶対に海で眠るなんて正気じゃないわ!」
背中に回した腕を首に回し激しく抗議するアレクシア。リサは呆れたように見ていたが、リサ自身が「分かった」と深く頷くまで、本人曰くささやかな主張は止まらなかった。結局、2人は海岸沿いにひっそりと佇む今にも崩れそうな古い空き家を見つけ出しそこを今夜の宿とした。
埃っぽい部屋の中、月明かりだけが差し込む静寂が二人を包み込む。
リサは壁に背を預けて座り込み、その隣でアレクシアは疲れ果てた様子でリサの肩に寄りかかっていた。
「……ふん。あしたは、まともな服を手に入れなければ……虫もかくほして……私は女王なんだから……植物もまたそだてないと……」
意識が朦朧としているのか、アレクシアは断片的な言葉をぽつりぽつりと呟き始めた。かつての栄光と、これから手に入れるべき手段。その内容は相変わらず傲慢だったが声のトーンはどこか幼く心細げに震えているように聞こえた。
そして突然、ふわりと身体が傾いた。
アレクシアはそのままリサの膝の上にぽつんと横たわった。
「……ママ……」
小さく、消え入りそうな声でそう呟くと彼女は深い眠りに落ちていった。規則正しい寝息が静かな部屋に響き渡る。
それは計算も傲慢さもないただの12歳の少女としての無防備な姿だった。
リサは、膝の上で丸まっている小さな塊を見つめた。
(……ママ)
その言葉の意味をリサは誰よりも深く知っている。奪われた温もり二度と戻らない日々の記憶。
なぜか分からない。自分を罵倒し、利用しようとし、傲慢に振る舞い続けたこの小娘に今だけは不思議な親近感を覚えていた。
リサはゆっくりと手を伸ばした。
リサの生物兵器とは思えない綺麗な指先がアレクシアの柔らかい髪に触れる。
そのまま、リサはゆっくりと優しく彼女の頭を撫で始めた。
一度、二度。心地よいリズムで繰り返されるその手つきは、かつて自分が誰かにしてもらったであろう慈しみそのものだった。
外では夜風が寂しく吹き抜けていたが部屋の中だけは不思議な温もりに満ちていた。
リサはアレクシアが目を覚ますまでずっとその小さな頭を撫で続けていた。
高度を下げ後方で激しい気流に揺れる機内。
操縦席のスティーブが時折、後方から聞こえるため息のような静寂に眉をひそめていたが客室にいるクリスとクレアは互いに視線を交わし先ほどまでそこにあった「異常」について話し合い始めていた。
窓の外に消えていった二人の少女――怪物と女王。
彼女たちが残した言葉はあまりにも断片的で同時にあまりにも不気味だった。
「……Tウィルスの件、私に任せて」
クレアが静かに口を開いた。その瞳には強い決意が宿っている。
「あのアレクシアという女が言っていたことは、きっと本当よ。嘘をついて得をする状況じゃなかったし何よりあの傲慢な態度……真実を突きつけて絶望させることを愉しんでいたわ」
クリスは腕を組み険しい表情で頷いた。
「ああ。あいつの言い草からして単なる脅しではないだろう。だがどうやって調べるつもりだ」
「アネット・バーキン博士よ」
クレアの言う名前にクリスの眉がわずかに動く。
「シェリーの母親でありかつてアンブレラでGウィルスを研究していた才女。今は合衆国の保護下にあるけれど連絡はつくわ。彼女ならTウィルスの変異特性について何か答えを持っているはずよ」
「……なるほどな。元アンブレラの研究員か最適だな。そこは任せる」
クリスは視線を窓の外の雲海へと向けた。彼の脳裏にはアレクシアが最後に残した不可解な単語がリフレインしていた。
『ファミリー』、『コネクション』。
「あの2つの言葉は俺が調べる。……ただ、クレア」
クリスの声が一段と低くなり鋭くなった。彼は妹の方を真っ直ぐに見つめる。その眼差しには修羅場で培った本能的な警戒心が宿っていた。
「この件については絶対に誰にも喋るな。たとえ信頼できる組織の人間であってもだ」
クレアは少し驚いたように目を見開いた。
「……そんなに慎重になる必要が?」
「ああ。あの言葉にはアンブレラという組織さえも飲み込んでいる、もっと根深い『何か』がある気がする。不用意に触れれば俺たちだけでなく周囲まで巻き込まれるぞ」
クリスは念を押すように言葉を重ねた。
「もしどうしても伝えたい人物が出てきたときは、必ず俺に相談しろ。いいか電話でもメールでもダメだ。直接会って話せ。記録に残る手段は一切使うな」
その警告の重さにクレアは事態の深刻さを再認識した。兄がここまで口にするのは単なる慎重さではなく明確な「危険」を察知している証拠だろう。
「……分かったわ。約束する」
クレアは小さく微笑み、兄の肩にそっと手を置いた。
「兄さん、あんまり一人で抱え込まないでね。気をつけて」
クリスは短く応じると、再び前方を凝視した。
彼らの旅は一旦終わった。だがあの二人の少女が空へと消えた瞬間より巨大で底の見えない闇への入り口が開いたことを彼は確信していた。