バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜   作:ai試し

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盛大なネタバレ注意


幕間
幕間1


月明かりが薄れ、窓の外に白々とした夜明けの気配が漂い始めた頃リサの膝の上で丸まっていたアレクシアがゆっくりと瞼を持ち上げた。

 

視界に入ったのは自分をじっと見下ろすリサの瞳。そして、自分が至極心地よい体勢でこの「番犬」に膝枕をされていたという事実だった。

 

アレクシアは一瞬、凍りついたように静止した。

(……私としたことがこんな野蛮な女に身を委ねていたなんて)

 

彼女は弾かれたように上体を起こそうとしたが、まだ体には倦怠感が残っており結局はその場でもぞもぞと身をよじらせるのが精一杯だった。アレクシアはリサを鋭く睨みつけた。本来ならここで激しい罵声を浴びせ不敬な態度を正させるところだろう。

 

しかし、不思議と口からは言葉が出なかった。

昨夜、深い眠りの中で感じた温もり。そして目が覚めた時に感じた誰かに慈しまれていたような心地よさ。それが彼女の傲慢なプライドに小さな綻びを作っていた。

 

アレクシアはふんと鼻を鳴らし視線をリサから外して周囲を見渡した。

「……ここは? 人はいないわね」

 

リサは答えず静かに目を閉じた。

超人的な聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませ、家の外まで広がる空気の振動と匂いを読み取る。風に揺れる草木の音、遠くで鳴く鳥の声。人間が発する特有の緊張感や武器の金属音が混じった気配は一切ない。

 

リサはゆっくりと小さく頷いた。

 

「ふん……。ならいいわ」

アレクシアは身を起こし、乱れた髪を指で整えた。幼い少女の姿に戻っているがその瞳には再び「女王」としての光が戻っていた。彼女はリサに向き直ると指を一本立てて計画を語り始める。

 

「いい? リサ。これから私たちはラクーンシティへ向かうわ。けれどそのまま直行はしないわよ。道中でシェリー・バーキンとその犬を確保するわ」

 

リサは首をかしげ、低く「うー……」と唸った。

(なぜ? シェリーはいい子だ。わざわざ連れてきて危険に晒す必要があるのか?)という疑問が声にならないまま漏れ出す。

 

「いいから、最後まで聞きなさい!」

アレクシアはいつもの調子で叱りつけたがその声には以前のような突き放した冷たさは少しやわらいでる気がした。彼女は視線を遠くへ向け記憶の中にある地図を辿るように語った。

 

「ラクーンシティには『ARK(アーク)』という施設があるわ。あなたの記憶を読み取った限りではあそこはまだ稼働している。あそこは単なる研究所ではなく、アンブレラの膨大なデータが集約されるアーカイブのような場所。」

 

覚えているわよねと確認するようにアレクシアはリサをのぞき込むが、リサは何も反応を返さない。

 

「……あなた、本当に覚えていないの?」

 

アレクシアは不思議そうに眉をひそめ、リサの顔を覗き込んだ。その表情には知的な優越感と少しばかりの呆れが混じっている。

 

「いい? あなたはラクーンシティで施設の自爆と……核爆発に巻き込まれたわよね。幸い地下にいたから辛うじて無事だったみたいけど、地下深くにあったあの施設を文字通り『蹂躙』していたわ。私に流れ込んできた光景は凄まじかったわよ」

 

リサはぽかんとした表情でアレクシアを見た。

核爆発。自爆。地下施設。

断片的なイメージはある。熱い風が吹き荒れ、視界が白くなり、その後、暗闇の中でただひたすらに「憎しみ」だけを燃料に何かを捕食しながら破壊し続けた感覚。けれどそれを明確な「記憶」として保持してはいなかった。

 

(……そんなことがあったのか?)

 

リサが困惑していると意識の底から静かなだが重みのある声が響いた。インディアンの怨霊である。

 

『――当然だ。あの時のお前は限界を超えていた。肉体を2度もすさまじい炎で焼かれ精神は絶望と怒りで塗り潰され完全に暴走していた。正気でいられるはずがない。生存本能という名の狂気に染まっていた』

 

怨霊の声に導かれ、リサの脳裏に一瞬だけ光景がフラッシュバックした。

血塗られた廊下。引きちぎられた鉄扉。そして誰のものかもわからない悲鳴。自分はただ、目の前にある「アンブレラの残滓」を消し去り生き残ることに没頭していた。

 

リサはゆっくりと視線を戻し、目の前に立つ小さな女王を見た。

記憶の全てを思い出したわけではない。けれどこの傲慢な少女が言っていることは、おそらく真実なのだろう。

 

リサは深く、ゆっくりと頷いた。

「……う」

 

短く、肯定の唸り声を漏らす。

とりあえず今はアレクシアに従えばいい。彼女が言う『ARK』という場所に行けば、ママを奪った者たちの正体が、そしてこの絶えない悪夢の終わらせ方がわかるのかもしれない。

 

「ふん、分かればいいわ」

「さて、話を戻しましょう。シェリー・バーキンとあの犬……レッドのことよ」

 

アレクシアは指先で顎を触りながら、リサの反応を楽しむように目を細めた。

 

「ねえ、あなたはこの二人の『共通点』が何かわかるかしら? まあ、文字も読めないあなたに理解できるはずがないけれど」

 

リサの眉間に深く皺が寄った。言葉は出ないが喉の奥から「グ……」という不機嫌そうな音が漏れる。自分を馬鹿にするアレクシアの態度にはもはや慣れたがこのタイミングで煽られるのは心底いらつく。

 

「ふふっ、そんな顔をしないで。教えてあげるわ。彼らの共通点は、『あなたにウィルスを適合させられた』ということよ」

 

リサはぴくりと反応した。

シェリーがGウィルスに侵された際リサは本能的に自分の体液(ウィルス)を注入し彼女を救った。レッドについても同様だ。彼らはリサという特異な個体の影響を直接受けた存在だった。

 

「まあ……あなたには更に『インディアンの怨霊』という重要な要素があるけど、それでも今のあなたは強力すぎるわ」

 

アレクシアはふっと視線を逸らした。

(あなたのウィルスを受けた彼女達ならしょうがないわね……私が女王として君臨するのを支える忠実な下僕位にはしてやりましょう)

そんな計算高い本心は胸の内に隠し、彼女はあえて「保護」という名目で話を続けた。

 

「あなたの記憶で見た『クレア』とかいう女の言い草によればシェリーの母親であるアネット・バーキンは合衆国軍と何らかの取引をしたか、うまくごまかしたのか……今のところはひどい扱いを受けていないようね」

 

アレクシアの声に冷ややかな現実味が混じった。

 

「けれど、アンブレラの闇に関わった人間がいつまでも安全な場所で暮らせる保証なんてどこにあるっていうのかしら? 状況が変われば彼らはすぐに捨てられる。あるいは実験体として回収されるでしょうね」

 

アレクシアはリサを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、女王としての傲慢さとは別の、奇妙な説得力が宿っていた。

 

「だからこそ、こちらで保護しなければならないのよ。……いい? あなたが彼らに与えたウィルスはただのウィルスじゃないの、とんでもなく厄介なの。適切に管理し守らなければ彼らはあなたと同じように『壊れて』しまうわ」

 

アレクシアは考える。使い物にならない場合はクリスとやらにでも押し付ければいい。

あれはかなりの善人だろうし恩も売っておいた、最悪リサを確保している限り自分は大丈夫だろう。後でシェリーを手放しても保護したという事実はリサに対して十分プラスに働く。

 

リサは黙ってアレクシアを見た。

自分を馬鹿にする女だ。けれど、シェリーの話になるとリサの胸には言いようのない不安と、強い保護欲が湧き上がる。

 

(シェリー……危ないのか?)

 

リサは小さく唸りながらも、強く頷いた。

危険からシェリーとレッドを保護する。その目的だけは今のリサにとってアレクシアの計画以上に重要なことだった。

 

「それから……もう一つ。あのクリスという男に伝えた『ファミリー』と『コネクション』についても説明しておくわ」

 

アレクシアは部屋の壁に寄りかかり遠い記憶を辿るように視線を彷徨わせた。

 

「正直に言って、私だって全てを把握しているわけではないけれど……この二つは大体同じだと考えていいわ。アメリカ合衆国を中心に活動している『死の商人』たちのネットワークらしいのよ。その影響力は凄まじく国家という組織さえも裏から動かすほどの権力を持っているらしいわ」

 

リサは理解できない単語が並んでいることに困惑し、「う……?」と小さく声を漏らした。しかし、アレクシアの話には不穏な気配が漂っていることだけは分かった。

 

「私のお兄様――アルフレッドが残した資料によればね、ラクーンシティを焼き尽くしたあの核爆発でさえ、コネクションが主導した可能性が高いと書いてあったわ。アンブレラの失態を最大限に利用し責任を押し付けながら同時に競合相手を排除する……実に効率的なやり方だと思わない?」

 

アレクシアはふっと口角を上げたが、すぐに不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「時間があればもっと多くの情報を得られたはずだったのに。あなたたちが南極基地に乗り込んでめちゃくちゃにしなければね」

 

リサは(自分たちのせいか?)という顔でアレクシアを見たがアレクシアはそれを無視して淡々と続けた。

 

「コネクションは前々からアンブレラ社を手に入れようと狙っていたわ。実際、私が彼らの存在を認識したのはアンブレラの幹部である私にさえ『引き抜き』の打診があったからよ。傲慢な彼らにとっても私の優秀な能力は喉から手が出るほど欲しかったのでしょうね」

 

リサにとって「会社」や「ネットワーク」という概念は遠い世界の出来事だったが、アレクシアの声からは、世界をチェス盤のように操る巨大な悪意のようなものが伝わってきた。

 

「そして、今もアンブレラとコネクションの争いは続いている。アメリカ合衆国では事実上敗北ししてやられた形になっているけれど……忘れてはいけないのはアンブレラの創業者の出身はヨーロッパだということよ。彼らは今、本拠地であるヨーロッパで巻き返しを計ろうとしているわ」

 

アレクシアはふっと息をつき、少しだけ真剣な表情になった。

 

「ただ、お兄様の報告書ではずいぶんと懸念されていたわね。『アンブレラが再び世界に影響力を持つほどに巻き返せるのかは極めて怪しい』と。……まあ、今の惨状を見れば正解だったでしょうけど」

 

リサはアレクシアの話を聞きながら、心の中で静かに怒りを燃やしていた。

コネクションだかファミリーだか知らないが大人が権力争いをしている間に、自分のような子供たちが実験台にされ家族を奪われ人生を壊された。

 

その憎しみはインディアンの怨霊が抱く「征服者」への恨みと共鳴し、リサの身体の中で静かにけれど激しくうねっていた。

 

 

アレクシアはふっと視線を緩めた。リサを見ているが、その瞳は目の前の少女を超えて、何かを見ようとしていた。

 

「……まあ、あなたたちにとっては『好都合』だったわね」

 

アレクシアは唇を吊り上げた。

 

「復讐の対象者がまた増えたわよ? 征服者というやつらは、時代が変わっても形を変えて現れるものね。本来ならあなたの憎しみはアンブレラだけで完結していたはずだけど……ふふっ、あなたたちはどうかしら? このいたいけな14歳の少女に、どこまで残酷な運命を背負わせるつもり?」

 

リサは向けられた言葉の意味を完全には理解できなかったが、アレクシアの口調から「皮肉」と、そして微かな「同情」のようなものが混じっていることを感じ取った。

 

「けれど問題は、私たちには決定的に情報が足りないということよ」

 

アレクシアはガックリと肩を落とし、大げさに嘆息した。

 

「私は15年もの間、眠っていたのよ? 目覚めた途端に誰かがわざわざ南極まで殴り込みに来たしまともに情報を整理する時間なんてほとんどなかったわ。最悪のタイミングだったわ」

 

そう言いながら、アレクシアは自然な動作でリサの頬に手を伸ばした。

そして、まるで柔らかい餅を触るかのように、リサの白いほっぺたを「フニフニ」と指で押し始めた。

 

「う……?」

リサが困惑して顔を動かそうとするが、アレクシアは構わず、リズムよく頬を揉みしだく。

 

「だからこそ、ラクーンシティなのよ。あそこには少し古くて埃っぽいけれど、確実な情報が眠っている可能性が高いわ」

 

フニフニ。

リサの頬が左右に揺れる。

 

「いい? 私の言うことを聞いていれば効率的に復讐ができるわよ。わかるわね?」

 

フニフニ。

 

アレクシアはそれはもう残念そうにため息をつきながらも、その指先だけは楽しげにリサの頬を弄り続けていた。かつての冷酷な女王としての威厳はどこへやら、そこにはただ、自分より力の強い「番犬」で遊ぶ年相応の少女のような残酷さと無邪気さが同居していた。

 

リサは呆れたようにアレクシアを見返したが不思議とそれを拒絶しなかった。頬を揉まれる感触がどこか心地よかったからかもしれない。

 

「さて、お話はここまで」

 

アレクシアは満足げにリサの頬から手を放した。パッと離れた指先の感触が消えると同時に、彼女は再び背筋を伸ばし、女王としての威厳を取り戻そうと胸を張った。しかし、その格好があまりにも滑稽だった。

 

「いい? 次に最優先で解決すべき重要な問題があるわ」

 

アレクシアが宣言したそれは、世界征服や復讐計画よりも切実なものだった。

――服と食料である。

 

彼女は現在、27歳の成人の身体から12歳の少女へと若返っていた。そのため、身に着けている衣服はすべてサイズが合っておらず、肩は大きく落ち、裾は地面に擦れそうなほどぶかぶかだった。まるで大人の服を無理やり着せられた子供のような姿で、彼女は不機嫌そうに自分の袖口を睨んだ。

 

ましてや彼女を気品ある女性として見せていた絹の手袋とストッキングは影も形もなかった。

 

「見てなさい、この惨状を! 私が誰だと思っているの? こんな格好でラクーンシティまで行くなんて正気じゃないわ。まずは陸地を進み、私にふさわしい清潔で最高級の服を調達しなさい!」

 

リサは自分の格好を見た。自分もまた、身体の変化に伴って衣服の状態は最悪だった。ロックフォート島や南極基地ではクレアが世話してくれたが生物兵器としての再生能力があるとはいえ、見た目の酷さは大して変わらない。

 

「それから」

アレクシアは人差し指を立てて釘を刺した。

 

「食料についても明確にしておくわ。私は……生では絶対に物を食べないわよ!」

 

リサは首をかしげた。「う?」という疑問が漏れる。

生物兵器となってからも、リサは生存本能に従って何かを摂取していたし、アレクシア自身もウィルスの影響で代謝が変わっているはずだ。しかし、アレクシアにとって「生のもの」を食べるということはプライドへの冒涜に他ならなかった。

 

「いい? 私は女王なのよ。泥臭い保存食や、得体の知れない生の獲物をそのまま口にするなんて耐えられないわ。最低限の調理設備があるか、あるいは文明的な加工品を用意しなさい」

 

リサは深くため息をついた。

復讐に、情報の収集に、そして今度は服と美食の調達か。

自分が怪物なのか、それとも我儘な女王様に仕える使用人なのか分からなくなってきた、リサは静かに立ち上がりもぞもぞとしたぶかぶかの服を着た小さな女王を隣に従えて歩き出した。

 

目的地はとりあえず空き家か民家を探さねばならないだろう。別荘のようなものがあればいいが。

しかもその道中はどうやら「女王様のお世話」という困難なミッションに付き合うことになりそうだった。

 

 

 

クリスと別れた後、クレアが最初に向かったのはアネット・バーキンのもとだった。

合衆国政府による厳重な監視下にある保護施設。そこは豪華な邸宅のような造りではあったが、実態は金色の鳥籠に過ぎなかった。

 

応接間のテーブルを挟んでクレアとシェリー、そしてアネット・バーキンが向かい合っていた。

 

「……久しぶりね、シェリー」

 

アネットの声は低くどこか疲れていた。かつての狂気的な研究者の面影はなく、そこにはただ自分の犯した罪の重さに押し潰されそうな一人の女がいた。

シェリーは母親に言葉を返さなかった。ただ静かに視線を落としテーブルの端を指でなぞっている。それでも以前のように激しく拒絶して部屋を飛び出すことはなかった。隣に座るクレアの温もりを感じながら彼女はこの時間を受け入れていた。

 

「リサ……おねぇちゃん、と一緒にいたの?」

 

不意にシェリーが口を開いた。その瞳には、母親への複雑な感情とは別に、純粋で激しい好奇心と、ほんの少しの独占欲のような色が混じっていた。

 

「ええ。ロックフォート島と南極でも一緒だったわ」

クレアが微笑んで答えると、シェリーはぷくっと頬を膨らませた。

「……いいな。クレア、私も会いたかった」

 

そのあまりに年相応で可愛らしい嫉妬心に、クレアは思わず吹き出した。隣でアネットが小さく、本当に小さく口角を上げたのをクレアは見逃さなかった。この壊れた家族にとってこうした「普通の時間」こそが何よりの贅沢なのだろう。

 

だが、和やかな空気は長くは続かなかった。

クレアはゆっくりと背筋を伸ばし、表情から笑みを消した。彼女の瞳に鋭い視線が戻る。

 

「……さて、アネット。ここからは本題に入るわ」

 

クレアの声のトーンが変わった瞬間、室内の温度が数度下がったかのような錯覚に陥った。シェリーもまた母親の表情を伺うように顔を上げた。

 

「アレクシア・アッシュフォードという女性から聞いた話があるの。Tウィルスについてよ」

 

アネットの肩がびくりと跳ねた。『アレクシア』という名が出た瞬間、彼女の瞳に研究者としての警戒心と困惑が同時に浮かんだ。

 

「……あの子の名前をどこで? 彼女はもう、この世にいないはずよ」

 

「それが問題なのよ。彼女は生きていた、今はともかくね。私に警告してきたわ。Tウィルスは時間とともに変化し続け最終的に宿主を殺すということ。そして、その変異を止める方法か、あるいは適応させる方法について……あなたなら何か知らない?」

 

クレアの問いかけに対し、アネットは絶句した。彼女の視線が激しく揺れ、冷や汗が頬を伝う。

 

アネットは深く重い溜息をついた。彼女は視線を落としテーブルの上に置かれた自分の指先がわずかに震えているのを隠すように組み直した。

 

「……正直に言いましょう。明確なデータはありません。けれど仮説としては存在していたわ」

 

アネットの声には科学者としての敗北感とある種の畏怖が混じっていた。

 

「アレクシア・アッシュフォード……あの少女は天才よ。単なる天才ではない。始祖ウィルスの特性を理解しそこから自らの手でベロニカウィルスを構築した天才。アンブレラにおいても研究者として彼女は頂点にいた」

 

アネットは顔を上げ、クレアを真っ直ぐに見つめた。その瞳には隠しようのない真剣さが宿っていた。

 

「そんな彼女が断言したのであれば、それはもはや『仮説』ではなく『確定事項』だと思って間違いないわ。Tウィルスは極めて不安定で攻撃的な性質を持っている。宿主の免疫系を欺きながら変化し続け、ある臨界点に達したとき、あるいは宿主の身体機能が低下した瞬間に、猛烈な反応を引き起こして細胞を崩壊させる……それが彼女の言う『変化による死』でしょうね」

 

クレアは拳を握りしめた。アレクシアの言葉にあった不穏さが専門家の口から語られることで確信に変わった。

 

「治療はできるの? 抗体を作ったり変異を止める方法があるなら教えてほしい」

 

クレアの切実な問いにアネットは悲しげに目を伏せた。

 

「……確約はできないわ」

 

その言葉が今の状況で最も残酷な回答だった。

 

「Tウィルスの変異は個体差があまりにも激しい。誰にでも適用できる万能薬のようなものは存在しない。もし治療法を探るなら、宿主の現在の変異状態を精密に分析し、それに合わせた特効薬をオーダーメイドで設計する必要があるわ」

 

アネットは一度言葉を切ると隣で不安そうに見つめる娘シェリーに視線を向けた。

 

「……分かったわ。まずは兄さんに相談してみる」

 

クレアは小さく頷いた。クリスなら政府のルートやあるいは独自のコネクションを使って、世界中に散らばったアンブレラのデータから何か探し出せるかもしれない。絶望的な状況であっても、彼が諦めることはないはずだ。

 

彼女は立ち上がり隣にいたシェリーに優しく微笑みかけた。

 

「シェリー。また会いに来るわね」

 

「うん……! 待ってるよ、クレア」

 

シェリーはクレアの腰にしがみつくようにして、強く抱きしめた。母親との間にある埋められない溝を埋めるように、今の彼女にとってクレアは数少ない信頼できる大人だった。二人はしばらくの間、静かに抱擁を交わした。

 

やがてクレアが離れ部屋を出ていく。その背中を見送るシェリーの傍らにはいつの間にかレッドが静かに佇んでいた。

赤い毛並みの忠犬は、まるで主人の心に寄り添うようにそっと鼻先を彼女の手に寄せている。

 

レッドは思っていた、よくあのリサと一緒に行動して生き残ったなと、そしてシェリーは機嫌が良いし今日のご飯も期待できそうだとも。

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