バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
「とりあえず……何か食べよう」
シェリーは家の中を探索し、パントリーに残っていた缶詰や保存食をいくつか見つけ出した。リビングのテーブルにそれを並べ、二人は向かい合って座る。
シェリーはリサに今後のこと――どこへ行くのか、どうやってこの街を脱出するのかを話そうとした。だが、リサは彼女の話を聞いている様子はなく、ふと立ち上がると隣の部屋へと消えた。
(……どこに行ったんだろう?)
リサが戻ってきたとき、彼女の腕には一匹の中型の犬が抱えられていた。
見た目はオオカミに近い血が入っているようで、鋭い耳と灰色の毛並みが特徴的だ。だが、その様子はおかしい。呼吸は浅く不規則で、瞳は濁り、時折激しく咳き込んでいる。明らかにTウイルスの感染が始まっており、いずれ理性を失い狂犬へと変貌する運命にあった。
「……っ! その犬、危ないよ!」
シェリーが慌てて立ち上がる。この街で動物が何を意味するか、彼女は十分に理解していた。だが、リサの意識の中で怨霊たちが激しく囁いた。
『この獣を救え。そして汝の僕(しもべ)とせよ』
リサは不思議そうに犬を見つめた。
(……できるの?)
『汝の中にある複合ウイルスを分け与えるのだ。始祖、T、G――それらが融合し、怨霊の力で制御された特異な因子をこの獣に注入せよ。適合すれば、死を免れ、最強の戦友となるだろう』
リサは困惑した。自分のような怪物が、他者にウイルスを投与して制御することなど可能だとは思えなかった。しかし、怨霊たちは冷徹かつ情熱的に促す。
『失敗すれば、ただ大地に還してやるだけのこと。だが成功すれば、この小さな少女を守るための「番犬」となるだろう』
リサは小さく呟いた。自分一人なら不可能だったかもしれない。だが、彼女の背後で黒い霧のような怨霊たちがうねり、リサの身体能力と制御力を極限まで底上げする。
リサがゆっくりと右腕を伸ばしたとき、その手首から不気味な肉色の触手がしなり、鋭い針のように変形した。
シェリーは悲鳴を飲み込み、その光景に凍りついた。美少女の姿をしたリサから、怪物としての本質が漏れ出した瞬間だった。
シュッ!!
迷いのない速度で、触手の針が犬の頸椎へと突き刺さった。
リサの中にある特異なウイルス複合体が、怨霊の導きによって正確に犬の脳幹へと送り込まれる。
「ガアァッ!!」
犬は激しく身をよじり、絶叫のような声を上げた。全身の筋肉が波打ち、血管が黒く浮き上がる。シェリーは恐怖で後ずさりし、テーブルの端を掴んで震えた。目の前で生物が書き換えられていく、おぞましい光景に吐き気を覚える。
しかし、数分後。
激しい痙攣が止まり、犬は静かにリサの足元に伏せた。
ゆっくりと開かれた瞳。そこには先ほどの濁りはなく、知性と忠誠心、そしてリサに対する絶対的な服従心が宿っていた。犬は小さく鼻を鳴らすと、リサの手に頭を擦り付けた。
適合したのだ。
アンブレラの生物兵器とは異なる、リサ・トレヴァーという個体に最適化された「番犬」が誕生した瞬間だった。
リサは満足げに犬の頭を撫でた。だが、隣でガタガタと震えているシェリーに気づき、不思議そうに視線を向ける。
(……なんで? 助けてあげたのに)
リサにとってこの行為は「救済」であったが、シェリーにとっては、自分を助けてくれた少女が、実は底知れない恐怖を孕んだ怪物であるという残酷な再確認だった。
部屋の中に、奇妙な静寂が流れていた。
足元で大人しく伏せている「適合犬」と、その主である美少女リサ。そして、恐怖に震えながらも、どうしても答えを求めずにはいられないシェリー。
シェリーは、リサが斧でゾンビを切り裂く様を見たときから気づいていた。この人は、ただの人間ではない。救世主のように現れたが、その正体は地獄の底から這い上がってきた怪物なのだと。
それでも、言葉を通わせようとする本能的な欲求に抗えず、彼女は震える声で問いかけた。
「……ねえ。あなたは、何なの? どうしてこんなことができるの?」
リサはゆっくりと視線を上げた。その瞳には、先ほどの犬を救った時の慈悲など微塵もなく、ただ底なしの暗い穴のような空虚さと、燃え盛る憎悪だけが宿っていた。
「……アン……ブレラ……」
それは言葉というよりも、喉の奥から絞り出された呪詛に近い唸り声だった。
だが、そこには明確な意志があった。この世のすべてを焼き尽くしたいほどの、烈火のような憎しみ。
リサはふと、足元の犬に短く合図を送った。
犬は即座に反応し、音もなく移動してシェリーの傍らに寄り添った。番犬としての配置だ。自分がいなくてもこの小さな娘を守れという命令だろう。
シェリーは、隣にぴったりと寄り添う獣の体温を感じながら、困惑に眉を寄せた。
(アンブレラ……? どういう意味だろう)
彼女にとってアンブレラは、両親が勤める巨大な製薬会社だ。世界的に有名な企業であり、社会貢献に励むクリーンな組織であるはずだった。だが、目の前の少女が口にしたその名前には、あまりにも不釣り合いな殺意が込められていた。
シェリーは、恐る恐る問いかける。
「……あなたは、『アンブレラ』なの? そこの人なの?」
その瞬間、リサから放たれた視線に、シェリーは息が止まった。
それは拒絶であり、否定であり、そして同時に激しい嫌悪だった。リサの喉から、「ガァッ!」という威嚇のような唸り声が漏れる。まるで「私をあんな汚らわしい連中と同類にするな」と言いたげな、鋭い眼光。
(……違う。絶対に違う)
シェリーは震えながら確信した。リサはアンブレラの人間ではない。むしろ、アンブレラという存在そのものを心底から憎んでいるのだと。
すると、ある記憶が彼女の脳裏をよぎった。町で流れる不穏な噂。野良犬の凶暴化、食人事件、山火事や行方不明者の多発。
「……もしかして。あなたの言っているのは……その。お母さんが勤めているアンブレラに、何かひどいことをされた……っていうことなの?」
リサの動きが止まった。
彼女はゆっくりとシェリーを見た。そこには肯定と思わしき、小さく深い唸り声があった。言葉を尽くすまでもない。その絶望的なまでの憎悪こそが、何よりの肯定だった。
(そうだったんだ…)
「……ゥグッ」
リサは短く鼻を鳴らすと、つまらない話は終わりだと言いたげな様子で、テーブルに置かれた缶詰へと無造作に手を伸ばした。
食後、出発の準備を整えながら、シェリーはリサにこの街で見た「化け物」たちのことについて話し始めた。
言葉こそ返ってこないが、リサが自分の話を理解していることは分かっている。それに、これから一緒に歩むのであれば、敵についての情報を共有しておくことが不可欠だった。
「……あなたならもう知っているかもしれないけど、この街にはいろんな種類の化け物がいるの」
シェリーは記憶を辿りながら、慎重に解説を始めた。
まずは、街に溢れている最も数が多いもの――ゾンビだ。彼らは鈍いけれど、一度見つかると執拗に追いかけてくる。そして、リサが先ほど倒したような、恐ろしい速さで襲ってくるゾンビ犬たち。
「でも、一番怖かったのは……建物や壁を這っていた、あの生き物」
シェリーの声がわずかに震えた。彼女は、自分が遭遇し、かろうじて逃げ切った不気味な怪物のことを思い出した。人間のような形をしていながら、関節が異様に曲がり、壁や天井を自在に移動する異形の存在。
「あの怪物たちは……目があまり良くないみたいだったの。」
シェリーは身振り手振りを交えながら分析を続ける。
「その代わり、音にはすごく敏感なの。小さな物音がしただけで、すぐにそっちに顔を向けていたような気がするし……それに、ものすごい長い舌を持っていたわ。まるで獲物を絡め取るみたいに」
リサは、シェリーの話をぼうっと聞きながら、自分の記憶の中にある「怪物」たちと照らし合わせていた。
(……リッカー)
名前こそ思い出せないが、その特徴的な生態は理解できた。アンブレラが作り出した生物兵器の一種。視力を失う代わりに聴覚を極限まで発達させた、暗殺に特化した個体だ。
シェリーは、自分が気づいたことを伝えることで、少しでもリサの役に立ちたいと思っていた。同時に、こうして作戦を立てるように話し合うことで、自分の中にある恐怖心を紛らわせようとしていたのかもしれない。
「だから、もしあいつらに出会ったら、なるべく音を立てないようにしなきゃいけないと思うの」
リサは小さく鼻を鳴らした。
(……私なら、音を立てて誘い出して、一気に切り裂けばいい)
もちろんそんな思考がシェリーに伝わることはない。だがリサの中ではシェリーが分析した「弱点」という情報が効率的な殺戮計画へと書き換えられていた。
リサがぼんやりとシェリーの話を聞いている間彼女の内側では怨霊たちが感銘を受けたようにざわついていた。
『見よ。この幼き魂を』
黒い霧のような怨霊たちは、シェリーの分析能力に注目していた。
極限の恐怖にさらされ親に見捨てられ地獄のような街に放り出された12歳の少女。普通であれば精神が崩壊しただ泣いて助けを待つだけの状況だ。しかし彼女は違った。自らの生存確率を高めるために敵を観察しその習性を分析し論理的に結論を導き出している。
『絶望の中で冷静に世界を観測する力……。もしこの子が生き延び、時を経て知恵を深めれば、古の賢者に匹敵する素養を持つことになるだろう』
怨霊たちは、シェリーの中に宿る「強さ」を認めていた。それは肉体的な強さではなく、精神的なしなやかさと理性の強さだ。リサはそんな精霊たちの賞賛を聞きながら、改めて隣に立つ小さな少女を見た。
自分とは正反対の、しかしある意味で自分と同じくらい「特異な」個体であると感じた。
シェリーは、リサが自分の話を聞いてくれていることを感じ取り、さらに助言を続けた。
「それから……もう一つ。できるだけ血を浴びないようにした方がいいと思うの」
シェリーは少しだけ不安げに、リサの白いTシャツを見つめた。
先ほどの戦いで、リサの服には大量に赤い血液がついていた。
「衛生的にすごく汚いのはもちろんだけど……それに、においがつくかもしれないから。ゾンビやあの怪物たちが、血の匂いを辿って寄ってくるかもしれないし」
それは研究員の娘であるシェリーなりの生物学的な視点に基づいた警告だった。
リサにとって、血を浴びることは当たり前でありむしろ戦いの中で高揚感を高める要素でしかなかった。だがシェリーの言う通り「匂い」が敵を誘引する要因になることは理解できた。
(……におい)
今の自分はシャワーを浴びて清潔な状態だが、これから戦場に出れば再び血の海に浸かることになるだろう。だが、この小さな同行者がここまで心配してくれるのは、彼女にとって新鮮な体験だった。
リサはゆっくりとシェリーを見た。
言葉は返さなかったが、その視線からは先ほどまでの空虚さが少しだけ消えているように見える。
『賢者の卵の助言に従え。それは汝の復讐をより確実なものにするだろう』
怨霊たちの促しに合わせ、リサは小さく頷いた。
血を浴びぬよう、静かに、そして確実に標的を仕留める。戦士としての矜持と、少女からの助言。その二つが合致したとき、美しき復讐者の歩みはより研ぎ澄まされたものとなった。
アンブレラ社本社。厳重なセキュリティに守られた指令室で上層部の研究員たちがモニターを囲んでいた。そこには先ほど監視員から送られてきた映像が繰り返し再生されていた。
血の海の中で、無表情に斧を振るう少女の姿。その効率的な殺戮こそが彼らにとっての「データ」であった。
「……信じられん。この個体は何だ? どのプロジェクトの成果物だ?」
責任者の研究員が不快そうに眉をひそめた。Tウイルス、Gウイルス、そして始祖ウィルス。社内のあらゆるB.O.W.開発リストを照らし合わせても、このような「少女の姿をした個体」など存在しない。
「身体能力、反射速度、そして格闘技術……。単なる変異体にしては洗練されすぎている。誰が設計した?」
混乱する研究員の一人が、ふとある古いデータファイルを展開した。それは数十年前の実験記録である。
「……待て。この顔……まさか」
画面上の少女の静止画と、過去の被験者データを並べて比較する。
そこには、かつて人体実験によって変わり果てた姿となり、アークレイ研究所で絶望的な叫びを上げていた女性の記録があった。
「リサ・トレヴァーか……!」
室内が静まり返った。
リサ・トレヴァー。アンブレラの禁忌に触れ、制御不能な怪物へと化した女。彼女は失敗作の烙印を押され廃棄処分としたはずだった。
「ありえない。廃棄処分されははずの個体がなぜ少女の姿で復活している? しかもこの戦闘能力……何か外部から影響を受けたか、あるいはウイルスが極限まで最適化したということか」
研究員たちは驚愕したが、同時にある種の「好奇心」に突き動かされた。
もし彼女がこれほどの能力を手に入れたのであれば、それは最高の実験材料になる。
「いいだろう。正体が分かったなら話は早い。ちょうど新型のタイラントを実戦投入してデータを取りたいと思っていたところだ」
責任者は冷酷な笑みを浮かべた。彼にとってリサは人間ではなく、単なる「サンプル」に過ぎない。
「タイラントを彼女の現在地に派遣しろ。正真正銘の『究極の生物兵器』が、正体不明の変異体にどう対処するか……最高の戦闘テストになる。結果は言うまでもないだろう」
彼らは確信していた。
どれほど身のこなしが速かろうと、圧倒的な質量と筋力を持つタイラントの前では、小さな少女など一撃で押し潰される肉塊に過ぎないことを。
アンブレラの傲慢な計算に基づき、死の処刑人がリサ・トレヴァーのもとへと送り出された。