バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
北米大陸に上陸した2人。まず目指した先は、スペンサーが口にした「忘れ物」がある場所。
そこは賑やかな街の一角にあり、外見は古びた廃工場に偽装された小規模な秘密研究施設だった。
「いい?リサ。ここでは私の合図があるまで、決して目立ってはいけないわよ」
アレクシアが冷徹な口調で命じると、隣に立つ14歳の少女の姿をした怪物は、「……う」と短く唸った。
現在のリサは、アレクシアによる徹底的な「淑女教育」の最中である。人目のある場所ではトマホークをしまい、優雅に歩き、控えめな笑みを浮かべること。リサにとってそれは耐え難い苦行だったが、怨霊の導きによってアレクシアへの殺意を抑え、なんとか理性を保っていた。
まず、アレクシアは自身の能力を使い、小型の虫たちを施設へと放った。
標的は施設に繋がる外部電力ケーブルだ。一斉に噛み切らせることで、内部のセキュリティシステムや監視カメラを完全に無効化し、暗闇に突き落とす。
パチリ、という小さな音と共に、施設の灯りが完全に消えた。
次に彼女は、眷属化したアリたちを隙間から侵入させ、内部の詳細な偵察を行わせた。
アレクシア自身はリサを伴い、施設の周囲に不審な動きがないか監視に当たった。
「……アンブレラ」
リサが小さく呟いた。アンブレラへの憎しみからくる本能的な警戒心だ。だが、辺りに気配はない。
アリたちが持ち帰った報告は、拍子抜けするものだった。
内部にはかつて開発されていたであろう生物兵器の残骸や、持ち出せなかった設備が転がっていただけだった。生きている人間はおろか、機能している機械もなさそうだった。周囲にも電気を落としたにもかかわらず、反応を示す者など誰一人として現れなかった。
「ふん。おじさまも、随分と意味の分からないことをしてくれるものね」
アレクシアは不満げに唇を尖らせたが、すぐに考え直した。
罠である可能性は捨てきれない。あえて「誰もいない」と思わせて油断させ、後から網を絞る作戦かもしれない。
「リサ、ここで一日待機よ。アリたちをそのまま潜伏させておくわ。何か動きがあればすぐに分かるはずだもの」
リサは不満げに鼻を鳴らそうとしたが、アレクシアの命令には逆らえない。彼女は渋々、街の風景に溶け込むように控えめな笑みを浮かべたまま、静かにその場から立ち去った。
その瞳の奥では、復讐への渇望が静かに燃えていたが、今はまだ、女王様の指示に従う「番犬」としての時間を過ごすしかなかった。
深夜。街の喧騒が消え、深い静寂が廃工場を包み込んだ頃、アレクシアはようやく行動を開始した。
昼の間、眷属のアリたちが施設内部で張り巡らせていた網には、何一つ引っかかっていない。周辺の監視においても不審な動きは皆無であった。罠を仕掛ける者がいるならば、まだ時が来ていないか、あるいは本当に放棄された空っぽの箱であるかのどちらかだろう。
アレクシアは、夜の闇に溶け込むような漆黒のドレスに着替えていた。その姿は冷徹な美しさを湛え、月光の下で妖しく輝いている。
「リサ、ここで待機していなさい」
アレクシアが短く命じると、リサは遠くで出入り口を見張れる影に身を潜めた。
リサにとって、この静止状態は苦痛だった。体内で渦巻く恨みが、今すぐにでも施設をなぎ倒し、そこに眠るアンブレラの残滓を切り刻めと叫んでいる。しかし、彼女はアレクシアに教え込まれた「控えめな態度」を維持しようと、唇を噛んで耐えていた。
アレクシアは音もなく施設内部へと潜入した。
電源が落とされた内部は完全な闇に包まれていたが、彼女にとっては問題ない。生物兵器として強化された身体能力、慣れ親しんだ研究施設の構造、そして感覚を共有する虫たちの導きがあれば十分だった。
目的は、あらかじめ目星をつけていた金庫である。
管理室の奥深く、重厚な鋼鉄の扉に守られたその金庫に辿り着くと、アレクシアは慎重に周囲を確認した。触覚を通じて、微細な振動や電気的な罠が仕掛けられていないかを精査する。
結果は「なし」だった。
「ふん……本当になにもないのね」
アレクシアは金庫のダイヤルを操作し、重い扉を開いた。
中身は数冊の古い書類と、持ち出す時間も惜しかったのか紙幣が束になったいくつかの現金だけだった。
それでも、現金は有用だ。アレクシアは手際よくそれらを回収し、足早に施設を後にした。
隠し出入り口で待っていたリサは、アレクシアの姿が見えた瞬間、喉の奥から「……ぐぅ」と不満げな声を漏らした。獲物(アンブレラ関係者)がいなかったことへの苛立ちである。
「いい顔をしていなくてよ、リサ。淑女の微笑みを忘れたのかしら?」
アレクシアが冷たく言い放つと、リサは一瞬で表情を強張らせ、無理やり口角を上げて不自然な笑みを作った。
二人はそのまま、拠点として確保していた街外れの空き家へと戻っていった。
拠点となった空き家に戻ったアレクシアは、回収した書類をテーブルに広げた。
しかし、ページをめくる指は次第に苛立ちを帯びていく。そこに記されていたのは、過去の陳腐な実験データや、今はもう存在しない部署の予算報告書といった、価値のないゴミ同然の内容だった。
唯一の収穫は、金庫に眠っていた大量の現金だけである。
「……意味が分からないわ」
アレクシアは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
彼女の明晰な頭脳がフル回転し、スペンサーの意図を分析しようとする。あの老狐が、ただの親切心で座標を教えるはずがない。罠だったのか? だが、何も仕掛けられていなかった。単なる物資補給所としての案内だったのか? だが、得られたのは古臭い紙幣だけだ。
(スペンサーは何を考えているのかしら)
もはやアンブレラという組織は、北米大陸で大規模な騒ぎを起こすほどの力を持っていないのか。あるいは、あえて資金だけを与え、自分を「コネクション」などの外部勢力と衝突させ、そのデータを収集させるつもりなのか。
考えれば考えるほど、答えは霧の中だった。
結論が出ないことに耐えられないアレクシアは、ふっと鼻で笑った。
「……もしかして、あのおじさま、とうとうボケが始まったのかしら」
独り言として呟かれたその言葉に、傍らでぼーっと天井を眺めていたリサが、「……ぐ?」と反応した。リサにとっておじさまという男のことは分からなかったが、アレクシアが不機嫌であることだけは伝わっていた。
アレクシアはテーブルの上の書類を乱暴に片付けた。
あの拠点探ってもこれ以上時間の無駄だ。得られた現金はとりあえず確保し、これ以上意味のない荷物を増やして邪魔になるから避けるべきだと判断した。
「いいわ。おじさまの『忘れ物』など、もうどうでもいい。ゴミを拾う時間は終わりよ」
アレクシアは立ち上がり、リサに向かって鋭い視線を向けた。
「リサ、準備しなさい。次こそは本命……シェリーのもとへ向かうわよ」
その言葉に、リサの瞳に小さな光が宿った。
彼女にとって、シェリーという少女は数少ない「守るべき対象」である。復讐の旅路において、心が安らぐ存在への再会を願い、リサは静かに、だが力強く頷いた。
肌寒い風が吹く北米の街に、2人の少女が仲良く歩いている。
アレクシアとリサは、深めの帽子と大きなサングラスで顔を隠し、道行く人々には「裕福な家の美人姉妹」に見えるよう装っていた。リサはアレクシアから叩き込まれた「淑女の歩き方」を完璧にこなしていたが、その内面では退屈さと、いつまでこの格好をしていなければならないのかという苛立ちで、喉の奥がうずいていた。
二人は街を歩きながら、アレクシアが密かに派遣したアリとハチたちによる偵察を行っていた。
リサには何も見えないため、ただアレクシアの横で「控えめな笑み」を浮かべたまま歩いているだけだが、隣に立つアレクシアの表情がわずかに変わったことに気づいた。
(……いたわ)
アレクシアの知覚が、ハチを通じて感覚が共有されていた。
広大な敷地を持つ邸宅。その手入れされた庭で、一人の少女と一匹の赤い犬が楽しそうに走り回っている姿があった。
シェリー・バーキン。そして、レッド。
アレクシアは満足げに口角を上げた。目的の人物は確かにここにいる。
しかし、同時に警戒心も強めた。邸宅の周囲には、すぐわかるだけでも厳重な監視体制が敷かれている。単純な潜入は不可能に近いだろう。
リサは隣でアレクシアの様子を伺っていた。「……ぐ?」と小さく声を漏らす。
自分に何も教えず、ただじっとどこかを見つめているアレクシアに対し、リサは次第に不満を感じ始めていた。彼女が今見ているものが、かつて自分が力を尽くして守ったあの少女であることなど、今のリサには知る由もない。
二人は賑やかな通りから一本入ったところにある、静かなカフェへと足を踏み入れた。
店内の落ち着いた雰囲気の中、アレクシアはリサを隣に座らせると、そっと彼女の手を握りしめた。その仕草はどこからどう見ても仲の良い姉妹だが、語られる内容は極めて実務的な作戦指示だった。
「いい? リサお姉さま」
アレクシアはわざと甘い響きを混ぜた声で囁いた。リサにとってはこの「お姉さま」という呼び方こそが、最も屈辱的で耐え難い教育の一環である。
「シェリーが見つかったわ。この町の外れにある邸宅にいる。……けれど、あそこは想像以上に警備が厳重よ。今のまま飛び込んで正体を晒せば、相手に警戒されるだけでなく、シェリーにまで危険が及ぶ可能性があるわ」
リサの瞳が大きく見開かれた。
「シェリー」という名を聞いた瞬間、彼女の脳裏にあの小さく儚い少女の姿が鮮明に浮かび上がる。心拍数が上がり、体内のウイルスが活性化し、今すぐにでも壁を突き破ってあの子のもとへ駆けつけたいという衝動がリサを突き上げた。
「だから、今は我慢して。強行突破は禁止よ。まずは一週間ほど、外から観察して警備のパターンを把握するわ」
その言葉を聞いた瞬間、リサの喉から激しい不満の唸り声が漏れそうになった。
(今すぐに行かせろ! 誰が相手だろうと切り刻んで連れ戻してやる!)
理性が吹き飛び、テーブルをなぎ倒しそうな勢いで身を乗り出そうとしたその時だ。
「……リサお姉さま?」
アレクシアの冷徹な視線が突き刺さる。同時に、リサの精神に深く根ざしているインディアンの怨霊が、静かに、だが断固とした意思で彼女を窘めた。
(待て。焦るな。無関係な者を巻き込み、血を流しては、あの子にとっての救いにはならぬ)
誇り高き戦士たちの記憶を持つ怨霊の導きに、リサはぐっと堪えた。
拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込むほどに力を込めながら、彼女は再びアレクシアから教わった「控えめな笑み」を無理やり顔に張り付けた。
「……ぐぅ」
小さく、情けない音が漏れた。
リサにとっての地獄の一週間が、今ここから始まろうとしていた。
リサにとって、この一週間は文字通り地獄のような時間だった。
遠くに見えるシェリーのもとへ駆けつけたい衝動を抑え込み、ただじっと待機すること。それは、本能のままに破壊と復讐を繰り返してきた彼女にとって、何よりも過酷な拷問に等しかった。
しかし、この一週間の後半ははアレクシアにとってもまた、別の意味で地獄だった。
四日目あたりまでは、まだ互いに我慢が利いていた。リサは不満げに唸りながらも、怨霊の導きによって理性を保っていたし、アレクシアも余裕を持って彼女をコントロールできていた。
だが、五日目に差し掛かった頃、ついに限界が訪れた。
リサの精神状態が、緩やかに、だが確実に錯乱し始めたのだ。
どんどん高まっていくシェリーへの思慕と、それを阻む現状へのストレス。それらが複雑に絡み合い、リサの認知能力に歪みが生まれ始めた。
彼女の瞳は虚ろになり、焦点が定まらない。もはや目の前にいる人物を正しく認識できなくなっていた。
そんなリサの視界に入ったのは、傍らに座るアレクシアの姿だった。
アレクシアは12歳の美少女に戻っており、その髪は鮮やかな金髪である。
性格は傲慢極まりない女王様であり、気品こそあれどシェリーのような純真さは微塵もない。顔立ちだって、金髪という点以外は似ても似つかない。
だが、錯乱しきったリサにとって、それは十分だった。
「……しぇ……り……?」
かすれた、震えるような声。
リサは吸い寄せられるように手を伸ばし、アレクシアをその腕の中に強く閉じ込めた。生物兵器としての筋力が込められた抱擁に、アレクシアの身体がわずかに宙に浮く。
「っ!? ちょっと……!」
アレクシアは反射的に叫ぼうとしたが、ここは潜伏中の空き家である。周囲の建物も空き家とは限らない。彼女は咄嗟にリサの肩を強く突き飛ばそうとしながら、声を押し殺して耳元で低く警告した。
「離しなさい! この馬鹿! ……いい? 今は潜伏していることを忘れたの!? 騒ぐんじゃないわよ!」
しかし、錯乱したリサにとって、その冷たい小声さえも心地よい音楽のように聞こえていた。
(あの子だ……本当に、あの子がここにいる……)
リサは恍惚とした表情で、アレクシアの金髪に顔を埋めた。すりすりと頬を寄せ、愛おしそうにその温もりを確かめる。彼女にとって、いまこの腕の中にいるのは傲慢な女王様ではなく、自分が命をかけて守った、大切な少女だった。
「……ぅ……あぁ……」
リサの喉から、漏れ出すような甘い吐息が聞こえる。
アレクシアは激しく嫌悪感を抱いた。自分という至高の存在が、今、目の前で怪物の「身代わり人形」にされている。この屈辱に耐え難く、突き放そうとするが、リサの抱擁は岩のように固く、びくともしない。
だが、その時だった。
リサの胸元から、小さな、本当に小さな笑い声が漏れた。
「……ふふっ」
それは、今のリサが上げるはずのない、あまりにも純粋で幼い少女のような笑い声だった。
記憶の底に眠っていた、14歳の頃の、あるいはシェリーと一緒に過ごした時間にだけ見せていた、本当のリサ・トレヴァーとしての微笑み。
そのあまりに無垢な音色に、アレクシアは一瞬だけ、突き放そうとした手の動きを止めた。
(……何なのよ。このタイミングで、そんな声を出さないでよ)
不快感と困惑が混ざり合った複雑な感情の中、アレクシアはリサの腕の中で小さく溜息をついた。相変わらず命令口調で、けれど先ほどよりもわずかに力が抜けた声で呟く。
「……本当に、手のかかる番犬ね」
もちろん、抱きつかれている状況に満足しているわけではない。だが、錯乱してまで誰かを求めるリサのあまりの惨めさと滑稽さと純粋さに、アレクシアはほんの一瞬だけ、彼女を突き放すタイミングを失っていた。
翌朝。冷え切った空気が部屋を満たす中、リサはゆっくりと意識を取り戻した。
視界が開けると、そこには自分と同じく眠りに落ちていたアレクシアの姿があった。それだけではない。リサは無意識に、アレクシアをまるで宝物でも扱うかのように強く抱きしめ、自分の胸の中に閉じ込めた状態で眠っていたのだ。
(……え?)
リサは呆然とした。
昨夜の記憶が完全に抜け落ちている。なぜ自分が、あのアレクシアをこんなにも密着して抱きしめていたのか、自分でも全く分からなかった。普段なら考えられない行為に困惑し、すぐに腕を離すべきだった。
だが、不思議な感覚があった。
腕の中に伝わる小さな体温と、さらりとした金髪の感触。それが、心の奥底にある心地よい記憶————を無意識に刺激していた。
リサは混乱しながらも、抗えない衝動に突き動かされた。
そのままゆっくりと手を動かし、アレクシアの頭を優しく、愛おしそうに撫で始めた。その手つきは、かつてシェリーに対して見せていたものと同じ、限りなく慈しみ深い、姉のような、あるいは母のような手つきだった。
しかし、至福の時間はすぐに終わった。
「…………っ!!」
アレクシアが目を覚ました。
彼女が最初に見たのは、自分を拘束するリサの腕と、頭の上でゆっくりと動く優しい手だった。
アレクシアは弾かれたように目を見開き、鋭い眼光でリサをにらみつけた。その瞳には、激しい怒りと嫌悪が込められていた。
「いい加減にしなさいよ!!!」
アレクシアは猛烈な勢いでリサの腕を乱暴に振りほどいた。
生物兵器として強化された力で突き飛ばされ、リサはあっけなく後ろへよろめいた。
「誰が貴女に、私に触れていいと言ったかしら! この下等生物!!」
アレクシアは身だしなみを整えるために服を激しく払いながら、屈辱に震えていた。昨夜の錯乱したリサの様子と、今朝のこの優しさは、彼女にとって耐え難い精神的苦痛であった。
リサは床に尻もちをついたまま、ぽかんとしてアレクシアを見上げていた。
自分がなぜあんなことをしたのか分からず、ただただ困惑していたが、怒り心頭のアレクシアの表情を見た瞬間、「あ……まずい」という本能的な危機感だけがリサの脳裏をよぎった。
リサは困惑していた。自分がなぜあのような行動をしたのか、論理的な理由は分からなかった。だが、目の前で激昂しているアレクシアの姿を見た瞬間、彼女の本能が「この状況を早く収めなければならない」と警鐘を鳴らした。
ふとした拍子に、リサは無意識にアレクシアのご機嫌を取ろうとする行動に出た。
それは、記憶の深層に刻まれている光景——幼い頃、自分がひどく機嫌を損ねたとき、ママが自分をなだめるためにしてくれた、いたわりと献身に満ちた振る舞いだった。
リサはそっとアレクシアの顔色を伺いながら、控えめに彼女の好みに合いそうな物を差し出したり、甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼こうとした。言葉こそ出ないが、その仕草には「怒らないでほしい」という切実な願いが込められていた。
しかし、相手はアレクシア・アッシュフォードである。
彼女にそんな情緒的なアプローチが通用するはずもなかった。
「いい加減にして。不愉快だわ」
冷たく言い放たれ、リサの献身はことごとく拒絶された。アレクシアの機嫌は直るどころか、リサの不可解な挙動によってさらに悪化していく一方だった。
その日は一日中、邸宅を観察するという任務をこなしながらも、二人の間には耐え難いほど微妙な空気が流れていた。リサは申し訳なさそうに視線を泳がせ、アレクシアは徹底して事務的に会話に終始し、それ以外はリサを無視し続けた。
やがて、拠点での就寝時間が訪れた。
静まり返った部屋の中で、リサは勇気を出して、控えめに自分の膝をポンポンと叩いた。
言葉にはならないが、その動作の意味は明確だった。「膝枕」の誘いである。これもまた、ママが自分にしてくれた、仲直りの儀式だった。
アレクシアは、リサのその動作を見た瞬間、氷のような冷たい目で彼女を見据えた。
「……正気なの?」
吐き捨てるような一言だけを残し、アレクシアはリサを完全に無視して、自分のベッドへと潜り込んだ。
パタン、と冷酷に閉まった布団の音だけが部屋に響く。
取り残されたリサは、叩いたままの自分の膝をじっと見つめ、小さく「……うぅ」と情けない声を漏らした。
ママに教わった愛情表現も、この傲慢な女王様には全く通用しなかった。リサは深い溜息をつきながら、孤独な夜へと沈んでいった。
次の日の深夜。月明かりすらない部屋の中、アレクシアが静かに口を開いた。
「いい? リサ。ここからが本番よ」
アレクシアの表情は真剣だった。彼女はこの一週間、虫たちを使って邸宅の警備体制を徹底的に分析していた。結論から言えば、絶望的だった。周囲に死角などほとんどなかった。どこからでも侵入しようとすれば、即座に警報が鳴り響き警備員が駆けつけるだろう。
「けれど、彼らが唯一見落としている点があるわ」
アレクシアは不敵な笑みを浮かべた。
「地面よ」
作戦は至って単純明快だった。地下を掘り進み、庭から直接侵入する。そこでシェリーを確保し、速やかにこの町を脱出してラクーンシティへと向かうというものだ。
(……一週間も観察する必要があったのか?)
リサは不思議に思った。結論が「穴を掘る」であれば、もっと早くに決定できたはずだ。しかし、アレクシアの鋭い視線に射抜かれ、リサは小さく頷いた。ここで口答えをして、またあの冷たい目で見られるのは御免だった。
そして、奇妙な光景が始まった。
世界を震撼させる生物兵器である二人が、深夜の闇の中で黙々と「穴掘り」に従事することになったのである。
「いい? 静かにやりなさいよ。音を立ててバレたら台無しなんだから」
アレクシアの注意により、リサは速度を落とし、慎重に土を掘り進めた。法面
役割分担は明確だった。リサがその強靭な触手をドリルのように回転させ、地中を猛烈な勢いで深く穿っていく。そして、崩れそうになる壁面を、アレクシアが自身の能力で生成した植物の根を用いて強固に補強し、トンネルを維持していく。
生物兵器としての身体能力と特殊能力が、今や「最高の掘削マシン」として機能していた。触手が土と泥にまみれながらも、二人の連携は見事だった。
数時間の格闘の末、ついに庭の木陰まで到達した。
リサが最後の一突きで天井を突き破る直前、アレクシアが彼女の手を制した。
「ここまでにしなさい。作戦開始は夕方よ」
アレクシアは冷徹に告げた。
潜伏して待機し、警備の交代時間やシェリーの行動パターンが最も緩むタイミングを見計らう。リサは不満げに鼻を鳴らしたが、今度こそ本当にあの子に会えるという期待感で、じっとその時を待つことにした。