バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
警察署へと向かう道中一行は極めて慎重な移動を続けていた。レッドが先陣を切って周囲の異変を察知しリサがその超感覚で潜伏する敵を洗い出す。シェリーと先住民の子孫である男性はリサの指示に従い物陰から物陰へと身を潜めていた。
しかし、ある交差点に差し掛かったとき彼らは「それ」を目撃した。
路上の真ん中を一人の男が歩いていた。
身長は2メートルをゆうに超え、筋骨隆々の体躯。顔には深い帽子を被り、全身を不気味な灰色の防弾コートで包み込んでいる。その姿はあまりにも異様であり、同時に圧倒的な威圧感を放っていた。
「……あんな人、見たことない」
シェリーが小声で呟いたときだった。
リサの身体が激しく震え始めた。
恐怖ではない。それはどす黒い憎悪と血管を焼くような殺意だった。
(……タイラント)
リサの記憶の底にあるアンブレラでの地獄、目の前にいるのはアンブレラ社が心血を注いで作り上げた究極の生物兵器の一つ。すなわち、彼女にとって最大の復讐対象である。
「待って、リサ! 危なすぎるわ!」
シェリーが慌てて彼女の腕を掴もうとしたがリサはその手を冷徹に振り払った。
「アンブレラァ!!」
喉から漏れたのは言葉にならない獣のような咆哮だった。リサは迷いなく物陰から飛び出し、アスファルトを蹴ってタイラントの前に歩み出た。14歳の美少女という外見からは想像もつかない、濃密な殺気が周囲に渦巻く。
対するタイラントもまた目の前の小さな存在がただの人間ではないことを瞬時に理解した。標的を捕捉した冷徹な瞳がリサを捉えゆっくりとしかし確実に攻撃態勢へと移行する。
「ダメだ! リサ、戻れ!」
先住民の男性が叫び怨霊もまた彼女の精神に警告を発した。今戦うのは得策ではないシェリーと子孫に危険が及ぶと。
だが今のリサに聞こえるのは自分を怪物に変え人生を奪い崖から突き落とした「アンブレラ」という名の巨大な悪意だけだった。
リサは肩に担いでいた自作のトマホークを強く握りしめ低く構えた。
対してタイラントは防弾コートの下で巨大な拳をゆっくりと握りしめる。
生物兵器同士の、血と憎悪に塗れた頂上決戦が幕を開けた。
「アンブレラアァァァッ!!」
リサは地を蹴った。その加速は凄まじく、一瞬にして視界から消えたかと思うと、タイラントの懐へと潜り込んでいた。14歳の華奢な体躯が弾丸となって突っ込む様は、見る者に恐怖すら抱かせる。
(……止めることはできぬか。ならば……)
リサの精神に働きかけていたインディアンの怨霊は、諦めと共に方針を転換した。制止ではなく、「戦術」としての助言だ。
『リサ、感情に身を任せるな。まずは測れ。この巨躯がどれほどの速さで動き、どれほどの力を持つのかを』
その声に導かれ、リサの狂乱していた瞳に冷徹な理性が戻った。
彼女は全力で振り下ろしたトマホークを、あえてタイラントの腕に軽く当てる。
ガキィィィン!
火花が散り、鈍い金属音が響いた。リサの腕に強烈な衝撃が跳ね返ってくる。防弾コートの下にある皮膚は、もはや生物というよりは鋼鉄に近い。まともにぶつかれば、たとえ強化された身体であっても骨を砕かれる。
(……硬い)
リサは瞬時に後方に跳躍し、距離を取った。
タイラントの巨大な拳が、彼女がいた場所の路面を粉砕する。衝撃波で周囲のガラス窓がガシャリと音を立てて割れた。
『いいぞ、それでいい。相手のリーチと反応速度を見極めろ』
リサは低く身を構え、獲物を狙う獣のような視線でタイラントを観察し始めた。
真っ向からの力比べでは体重差で分が悪くなる。しかし、彼女にはこの巨漢にはない「瞬発力」と、怨霊がもたらした「戦士としての経験」がある。
リサはあえて挑発するように小さく唸り声をあげた。タイラントが再びゆっくりと歩み寄る。その一歩一歩が地響きのように重い。
(アンブレラ……アングロサクソン……全部、壊してやる)
怒りは消えていない。だが、今はその怒りを鋭い刃に変え、敵の弱点を探る時だ。リサは次の突撃に備え、重心を極限まで低く落とした。
タイラントは機械的な正確さで右拳を突き出した。その速度は緩慢に見えるが質量に伴う破壊力は凄まじい。リサはそれを紙一重の差で左に回避し同時にトマホークで相手の太腿を切り裂いた。
しかし、返ってきたのは快感ではなく違和感だった。
「……ッ!」
刃先が肉に食い込む直前、防弾コートの繊維と強靭な真皮組織が抵抗し、リサの腕に心地悪い振動が伝わった。斬撃によるダメージは浅い。この巨漢を殺すには表面的な切り傷では不十分だ。
『急所を狙え。関節、眼球、あるいは喉元だ』
怨霊の導きに従い、リサは再び突進する。今度は直線的にではなく、ジグザグに速度を変えながらタイラントの視線を揺さぶった。
タイラントが反応し、左手でリサの頭部を掴もうと薙ぎ払う。
リサは空中で身を翻し、背中合わせに回避しながら、その隙に相手の足首へ鋭い蹴りを叩き込んだ。鈍い音が響く。タイラントは蹈鞴を踏む。
(……力押しは通用しない)
リサは自らの身体能力を最大限に活用し始めた。
彼女は地面を蹴り、壁へと跳躍した。垂直の壁を駆け上がり、タイラントの頭上へと舞い上がる。最高点から急降下し、トマホークを最大出力で振り下ろした。
ドガァン!!
衝撃がリサの両腕を突き抜ける。命中したのはタイラントの肩だったが、防弾コートが衝撃を分散させ、深い傷を負わせるまでには至らなかった。しかし、この一撃でタイラントの反応速度が明確に分かった。攻撃が当たる直前、彼はわずかに肩をすくめて防御姿勢に入っていた。
リサは着地と同時に低く唸った。
彼女はあえて懐に深く潜り込み、タイラントの視界から消えるほどの高速移動を見せる。右へ、左へ、そして背後へ。タイラントの巨大な腕が虚空を切り裂き、アスファルトを粉砕し続ける。
その間リサは冷静にデータを蓄積していた。
タイラントの攻撃は正確だった。だが、リサにとってそれはあまりにも「遅い」。
ふとした瞬間、タイラントが右腕を高速で突き出した。常人であれば視認することすらできず絶命する一撃。しかし、リサの視界の中で、その拳は空気を切り裂く軌道までもが明確に見えていた。
(……遅い)
リサは最小限の動きでそれをかわす。拳が頬をかすめるかかすめないかの距離を通ったが、彼女にとっては余裕のある回避だった。同時に、タイラントが左腕で追撃を仕掛けてくるのも完全に予見していた。
死角から突き出されたはずの左拳。だが、リサはあえてそれを「ギリギリまで見てから」避けることで、相手の最大速度とリーチを正確に測定していた。
ガシュッ!!
タイラントの拳が路面を叩きつけ、アスファルトが破砕される。その衝撃波で周囲の破片が舞い上がるがリサは風に舞う羽のように軽やかに跳躍し、タイラントの肩の上に降り立った。
リサが咆哮と共にタイラントへと突っ込んでいった後残された2人と1匹は静まり返った路上の物陰でその光景を凝視していた。
シェリーは不安げに胸元をぎゅっと握りしめ遠くで激しくぶつかり合う二つの影を見つめていた。
「リサ……大丈夫かな。あんなに大きな相手に……」
彼女にとって、リサは言葉こそ通じないが自分を守ってくれる頼もしい存在になっていた。だからこそあの圧倒的な巨躯を前にしたリサの危うさに心臓が激しく鼓動していた。
一方で、先住民の子孫である男性の表情は複雑だった。
彼はこれまで多くの惨劇を見てきたが今目の前で繰り広げられている「戦い」には言葉にできない恐怖を感じていた。
リサの動きはもはや人間の域を超えていた。巨人の怪物を相手にしながら彼女はまるで舞うように攻撃をかわし隙あらば鋭い斬撃を叩き込んでいる。その身のこなしにはかつての戦士たちが持っていた技術と生物兵器としての残酷な効率性が同居していた。
(……なんてことだ。これがアンブレラの実験の結果と先祖の恨みなのか)
彼はリサが自分たちを守るために戦っていることは分かっている。だが同時に彼女の中に眠る「復讐」という名の底なしの深淵を見た気がした。もし彼女が敵であったなら自分もシェリーも気づいた時には首を跳ねられていただろう。
レッドはそんな人間たちの感情など気にせず、低く唸り声を上げながら周囲を警戒していた。耳をぴんと立て、鼻をひくつかせ、リサ以外の脅威が近づいていないか鋭い視線を走らせている。
『いいぞ。この巨躯でこれほどの速度を出すとは。だがお前の瞬発力と反射神経の方が遥かに上だ』
怨霊の声が肯定する。
リサは肩の上から冷徹な瞳でタイラントを見下ろした。
(力は同等か、あるいは相手が上。だが、速さでは私の圧勝)
彼女はあえて攻撃を仕掛けず、タイラントがどのように反応し、どのようなパターンで攻撃してくるかを観察し続けた。タイラントは苛立たしげに腕を振り回すが、リサはその全てをダンスを踊るかのような身のこなしで回避する。
彼女にとってこの戦いは「死闘」ではなく、「検分」だった。
相手がどれほどの耐久力を持ち、どの部位が脆弱なのか。そして、自分のトマホークがどこまで深く食い込むのか。
リサは不敵に口角を上げ、今度はわざと懐に潜り込んだ。タイラントの強固な防弾コートの継ぎ目、首元や関節などの「隙間」をピンポイントで狙うための準備だ。
(……さて、どこから壊してやろうか)
絶望的なまでの速度差。リサは獲物をいたぶる捕食者のようにゆっくりとタイラントの死角へと回り込んだ。
タイラントとの検分に耽っていたリサの意識を突如として鋭い警告が切り裂いた。
『リサ! 止まれ! 何かが来る……シェリーたちのところへ、悍ましい何かが近づいているぞ!』
怨霊の声に、リサ周りをうかがう。彼女はタイラントの攻撃を軽々とかわしながら極限まで感覚を研ぎ澄ませて遠方の音を拾い上げる。
……聞こえた。
風に乗って届いたのは、人のものとは思えない、喉を掻き切ったような不気味な咆哮。そして、その狂乱した叫びの合間に、かすかに、けれど明確に少女を呼ぶ声が混じっていた。
「――シェリィィ!!」
名前を呼ぶ声は歓喜と執着と飢餓感に満ちていた。誰が誰を狙っているのかは分からない。だが今のリサにとって自分の隣にいるべき小さな少女を脅かすものはたとえそれが何であろうと許し難い敵だった。
(……邪魔だ)
今ここにいるタイラントを速やかに排除しなければならない。
『首だ! 首を断て!』
怨霊の導きと同時にリサは全身のバネを極限まで圧縮させた。
彼女の身体能力が爆発する。タイラントが反応すらできない速度で、リサは垂直に跳ね上がった。空中で身を捻り、遠心力を最大限に乗せたトマホークを、タイラントの首元の隙間に深く突き刺した。
ガシュッ!!
そのまま自らの体重と慣性を利用し、リサは強引にタイラントの巨体を地面へと叩きつけた。
凄まじい衝撃音が響き路面にひびが入る。タイラントの首は半分まで深く切り裂かれ巨躯が地面にめり込んだ。
だが、リサは止まらない。
彼女は着地と同時に再度跳躍し最高点から渾身の力を込めてトマホークを振り下ろした。
ドガァァァン!!
凄まじい衝撃が走る。
鈍い音と共にタイラントの首が完全に切断されその巨体は完全に沈黙した。アンブレラの最高傑作と呼ばれた生物兵器がただの肉塊へと成り果てた瞬間だった。
同時にリサの手の中で不吉な音が響いた。
「……ッ!」
あまりに過剰な負荷がかかったためかトマホークが耐えきれず砕け散っていた。手元に残ったのは血に汚れた短い柄のみである。
リサは一瞬だけ壊れた武器を名残惜しそうに見つめた。しかしすぐにその視線はシェリーたちがいる方向へと切り替わった。
「……ウゥ!」
唸り声を上げリサは弾丸のような速度で駆け出した。砕けた斧などもうどうでもいい。今最優先すべきはあの不気味な咆哮の主から小さな少女を守ることだった。
次第に戦いの様相は一方的なものへと変わっていった。
巨人が振り下ろす拳はことごとく空を切りリサはその隙間を縫って電光石火の速度で肉体を刻んでいく。圧倒的な速度差によってタイラントは完全に翻弄されておりもはや反撃の機会すら掴めていないようだった。
その様子を見ていたシェリーの表情が少しだけ緩んだ。
「……よかった。リサ、すごい」
彼女の瞳には恐怖よりも安堵と自分を助けてくれる存在への信頼が勝っていた。小さく握りしめていた拳がゆっくりとほどけ彼女はふっと微笑みを浮かべた。
先住民の子孫である男性も張り詰めていた肩の力を抜いて深くため息をついた。
「……ふぅ。あんな化け物を子供扱いするなんてな。……助かった」
彼はリサの底知れない力に戦慄しつつも彼女が自分たちの味方であるという現実に心から感謝した。彼は隣で安心しきっているシェリーの方へ向き直り、優しく声をかけた。
「おい、もう大丈夫そうだぞ。あの子なら問題ない」
「うん!」
二人が安堵に浸っていたその時だった。レッドが突然、鋭い警告の唸り声を上げ、身体を低くしてある方向を凝視した。
安心感に包まれた空気が一変し再び冷たい緊張感が彼らを襲う。リサが戦っている方向とは別の場所から「悍ましい何か」が近づいてきていた。
安堵の時間はあまりにも短かった。
「――シェリィィ!!」
空気を震わせる、不快な粘り気のある咆哮が至近距離から響き渡った。二人が驚愕してみるとそこには人型だが異形の怪物が立っていた。
皮膚は裂け肥大化した筋肉と血管がむき出しになり肩からは不自然に巨大な眼球が突き出している。そのおぞましい姿にシェリーと男性は息を呑み身体を硬直させた。
しかし、その怪物の口から漏れたのは紛れもない「名前」だった。
「……今、私の名前を……?」
シェリーが呆然と呟く。隣の男性も驚きに目を見開いた。
「ああ。確かに、シェリーと呼んだ気がする」
恐怖で震えながらもシェリーはその怪物の顔を凝視した。絶望的な状況の中にあって彼女はそこに自分が見覚えのある面影を見つけてしまった。そして確信に至る。
「……お父さん? お父さんなの!?」
その叫びに、男性は愕然とした。
「まさか……父親なのか!あれが!」
だが目の前の怪物は娘の歓喜など理解していない。ただ本能的な執着と飢餓感に突き動かされ大きな腕を振り上げてシェリーへと迫る。肩の眼球が不気味に回転し獲物を見据えた。
「逃げろ! シェリー今すぐここから離れるんだ!」
先住民の子孫が彼女の肩を掴み逃げるように促した。彼の声は切迫していた。
「あれはもう駄目だ! お前の父親じゃないただの怪物になっている! 殺されるぞ!」
レッドもまた唸り声を上げながらシェリーのズボンの裾を強く引っ張った。犬なりに「ここから離れろ」と必死に警告している。
「でも……お父さんが……っ」
シェリーの瞳に大粒の涙が溜まる。目の前にいるのは自分を放置し続けた父だったかもしれない。けれど同時に自分を喰らおうとする化け物でもある。その矛盾した現実に押し潰されそうになりながらも彼女は男性に引きずられるようにして走り出した。
(リサ!! リサ!!)
涙で視界が滲む中、シェリーは心の中で叫び続けた。
G生物は自分たちとリサの間を割るように位置している。自分たちが逃げれば逃げるほどリサがいた場所から遠ざかることになる。けれど、今の彼らにできるのはこの絶望的な再会から逃げ出すことだけだった。