防衛任務中、太一は民間人を誤って狙撃してしまった。しかし現場に駆けつけた鈴鳴第一隊が目にしたのは、倒れているはずの女子高生が忽然と姿を消した不可解な現場だった───というサスペンス(?)です。

独自設定あり。ちょっと不穏。
警戒区域って基本人いないから犯罪の温床になってそうだな〜と思ったんですけど監視カメラの存在を忘れてました。あとボーダーのレーダーに民間人は反応しないと思い込んでいるんですけどどうなんですかね。もし違ったらごめんなさい。
内部通話と肉声の書き分けが面倒で(というかほとんど内部通話しているので)全部統一して「」で書いてます。


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これ書きながらアンナチュラルとMIU404見てました。多分めっちゃ影響受けてる。エンディングにLemonか感電流してください。




別役太一狙撃事件

「あー!!!」

 

 太一が腹から声を出した。人生で一番の大声だった。彼は顔中にびっちりと汗をかいていて、今にも泣きそうなくらいだった。

 何故か。鈴鳴第一隊は現在防衛任務中で、たった今、太一は遠くからトリオン兵を狙撃した。

 トリオン兵に襲われる民間人を発見したからだ。来馬や村上では間に合わないので、狙撃手の彼が遠くから敵を狙撃したのである。

 狙撃手は遠距離射撃のポジション。太一は自分に求められる役割を果たしただけだった。

 それなのに大きな声を出したということは。

 真っ先に来馬が声をかける。

 

「太一、どうしたの?」

「あてっ、当てちゃいました!」

「えっ」

「民間人! 狙撃しちゃいましたッ」

 

 内部通話越しの太一の声は悲痛だった。その報告に来馬はドキッとする。

 民間人への発砲。これは重大な隊規違反だ。故意かどうか関係はなかった。すぐにその民間人を保護しなければならない。

 村上が現場に一番近い。報告を受けた瞬間駆け出していた来馬が指示を飛ばす。

 

「今ちゃん。位置情報を共有して。鋼は現場に向かって確認してくれ。ぼくもすぐ向かう」

「はい」

「了解」

「来馬先輩、鋼さん、スンマセン!!」

「大丈夫だ」

「太一。落ち着こう。現場の近界民は全部倒したんだよね?」

「は、はい。たお、倒しました」

「わかった。太一は引き続き周囲の警戒を。民間人はぼくたちが保護するからね」

「はい! すみません!!」

「大丈夫だよ。報告してくれてありがとう」

 

 落ち着き払った態度で来馬が言う。とても柔らかい声だった。やらかしたデカさを忘れさせるほどだった。

 太一は狙って狙撃したわけではないが、民間人にヒットした以上は後で非常に厳重な指導をしなければならない。部隊を率いる来馬にも重大な責任がある。

 上から散々詰められるのは目に見えていた。

 

「どうしてだろう。太一が誤って人を撃ってしまうだなんて」

 

 しかしそんな責任や追及よりも、来馬が気になったのは太一のことだ。

 確かに彼は“本物の悪”と呼ばれるような男である。

 来馬が大事にしていたアクアリウムの熱帯魚を全滅させたり、別荘にあるとんでもなく高価な壺を割り黙ってボンドでくっつけて「カンペキに直しておきました!!(なおっていない)」と言い張ったり、まあ、やらかしエピソードがわんさか飛び出る男である。

 しかしここまでのことはやらかしていなかった。

 来馬は太一の狙撃の腕を信じているので、まさかこんなことになると思っていなかった。民間人を守るために狙撃することを許可したのは隊長である彼なのだ。

 報告をもらっても、ちょっと信じられなかった。

 

「太一。おまえも知っているとは思うけど、ボーダーの弾なら人は死なないよ。あとで一緒に謝れば許してくれるさ」

「……はいッ」

 

 内部通話に届かない範囲で太一は嘆き悲しんでいると思って話しかける。返事は涙声だった。

 来馬の言うように、ボーダーの弾トリガーは特殊な加工が施されている。流れ弾防止の安全処置がしてあって、生身に当たっても気絶するだけだ。

 だが、これがめちゃくちゃ痛い。意識を飛ばすほどの激痛なのだから当然である。

 つまり太一に狙撃された民間人は現場で気絶しているはず。やるべきことは速やかな民間人の保護だ。救護と事情聴取、必要であれば記憶の処理が適用される。

 現場の状況を把握し、早急に報告しなければならない。

 

「村上、現場に到着しました」

 

 早速村上から現着の報告が入る。彼が現場に倒れた民間人をすぐに発見してくれるだろうが、数十秒経っても一向に連絡が来ない。

 おかしいなと思いつつ来馬は走った。

 角を曲がれば彼も辿り着くという時、やっと村上からの内部通話が飛んできた。

 

「あの、来馬先輩」

「民間人は見つかった?」

「……いません」

「はっ?」

 

 全力疾走していた足を止める。村上のもとまで辿り着いた来馬がその現場を目撃した。

 警戒区域内のここは放置された住宅街であり、太一が撃破したであろうトリオン兵が二体転がっている。しかしそこに民間人の姿はなかった。

 太一に狙撃されて気絶しているはずなのに、何も見つからないのである。そこにあるのは瓦礫と物言わぬ怪物だけだった。

 村上は倒れたトリオン兵を呆然と見上げている。

 

「民間人、どこにもいません。……太一、おまえ何を撃ったんだ?」

 

 

 

─────────

 

 

 

「確認しましたがヒット反応があります。太一が何かを撃って、当たったのは紛れもない事実です」

「でも何も見つからないって!」

「トリオン兵の体内はどうですか? 捕獲されたかもしれません」

「外殻を削いだけど中身は他のトリオン兵と同じだな」

「キューブや他の物体にされた様子もない。……どこにも見つからないんだよ」

「……」

 

 辺り一帯をくまなく調べた結論は、民間人は最初から存在しないというものだった。

 オペレータールームにいる今が周辺の情報を送ってくれた。門が開く気配もないので太一も合流し三人がかりで捜索したが、誰かがいたという痕跡すら見つからなかったのである。

 鈴鳴第一隊の戦闘員三名は顔を突き合わせて議論していた。

 

「でっ、でも! 本当です! おれ誤射しちゃって、民間人に当たったんです!」

「その民間人ってのはどんな見た目だった? 年齢や性別は」

「女です。制服、あっ女子校の! 星輪でしたっけ。あそこの制服着てました。カーディガンだったんで高校生っすね。髪はこのくらいで」

「小さい子じゃないなら迷子じゃなさそうだね。警戒区域と知ってて来たみたいだ」

 

 うーん、と来馬は頭を悩ませながら今に指示する。

 

「今ちゃん、太一の戦闘記録をぼくたちに送ってくれる?」

「は、はい。すぐに」

 

 来馬と村上の視界に先ほどの太一の視覚情報が送られる。彼が見ていた景色を映像としてそのまま見れるわけだ。

 現場で狙撃されたはずの民間人が発見できなかったので、記録を見れば何か手がかりが得られるのではと思った。

 そして二人は無言のまま確認した。

 警報と同時に近界民が二体出現、太一が肉眼で敵を捉える。同時に民間人を発見し報告。来馬は自分や村上では間に合わないと判断し、太一の狙撃を指示。了承した彼は引き金を引き、敵を排除。

 

「この子だね?」

「そうです!」

 

 太一の言う女の姿がばっちり映っていた。

 女はトリオン兵の出現に狼狽していた。いきなり目の前に怪物が現れたのだから当然である。逃げ惑う女をトリオン兵が追いかけて、太一が狙撃する。

 一体はこれで片付いた。次に残った二体目をスコープで捉える。

 

「あッ」

 

 村上が声を上げた。

 発砲音と同時にトリオン兵が動きを止めた。しかし全く同じタイミングで女がビクッ! と大きくのけ反って、その場に頽れたのだ。

 その後すぐに「あー!!!」と太一の大声が響く。そこから先は彼らも知っている通りだ。

 太一はギュッと目を瞑り体を震わせた。後悔の念が押し寄せて耐え難い苦痛に顔を真っ青にしている。心臓が軋むような音を立て、腹の底が鋭く痛む。非常に強いストレスを感じているせいだ。

 しかし二人はそんな太一の様子に気づかないほど映像に夢中だった。

 

「もう一回流してくれる? 二度目の狙撃シーンをスローで確認したい」

「拡大ってできたよな、頼む」

「わかりました」

 

 今度は拡大してスローで見る。二人はジッと黙り込んで記録を見直し、「もう一回」と今にお願いした。

 すると今度は太一が「……?」と来馬と村上の顔を交互に見やる。どちらもとても真剣な顔をしていた。間違い探しに向き合うみたいに本気の雰囲気なのである。

 やがて満足するまで確認すると、二人は無言で互いの目を見て頷いた。言葉にせずとも通じる何かがあったらしい。

 

「あの、二人とも、そんなにおれの誤射を見直して、どうしたんすか……」

 

 半泣きになって太一が言えば、来馬と村上は太一の肩をガシ! とそれぞれの手で掴んだ。

 太一がびっくりして、まばたきをした瞬間に涙がポロッと落ちる。

 

「太一、君はやってない」

「え、」

「映像を見ればわかる。太一が狙撃したのはトリオン兵だ。彼女には当たっていない」

「……! ……で、でも。女の子、倒れちゃって、」

「当たっていないよ。すれすれだったけど、何度も確認したから間違いない。きっと目の前でトリオン兵が撃たれてびっくりしちゃったんだよ」

 

 来馬が断言した。「そうだよね、鋼」と声をかける。つられて太一がうるうるした目で村上を見た。

 

「はい。太一は民間人を撃っていない。早とちりだったんだ」

「ほ、本当、ですかっ」

「太一の判断が遅ければ彼女は近界民に襲われていた。俺たちじゃ間に合わなかったからな。コンマ数秒で彼女を救ったんだ、太一のおかげだよ」

「〜〜〜!」

 

 太一が感極まったように言葉なく感動する。一度涙が止まったかと思いきや、今度は歓喜に胸が震え濁流の如く涙が溢れてきた。ぼろぼろと号泣する太一の背中を二人は優しく叩き、撫でている。

 村上の言葉に来馬もうんうんと頷いた。

 彼は民間人を狙撃していなかった。二人がしつこく確認したので間違いない。

 オペレータールームにいる今も安堵の息をもらした。彼女の眼前の液晶画面には、先ほど二人に送った太一の戦闘記録がスローモーションで流れている。

 

「うん。太一はやってないわ」

 

 二発目の弾のヒット反応はトリオン兵のものだった。

 太一は民間人の女の子がわずかでも動けば当たる箇所を狙撃していた。

 そこを一撃で仕留めなければ彼女が危険な目に遭うから、ギリギリを狙うしかなかったのだ。

 しかし狙撃の瞬間、女の子の体が大きく震え上がり、その場に倒れた。だから太一はうっかり自分が撃ってしまったと勘違いしたのだ。

 

「だけど、現場には誰もいなかったのよね」

「今先輩! そうっす、狙撃されて気絶したんじゃなくても、女の子が倒れてるはずなんです。誰もいないなんて」

 

 狙撃由来の気絶でなくとも、映像の中で女の子は間違いなく倒れている。太一の報告から村上の現着までの短時間で、姿を消せるわけがなかった。

 倒れた後の映像はかなりブレていて、視界が落ち着いた時には彼女の姿はどこにもなかった。

 民間人を狙撃してしまった動揺がそのまま目線に反映されているのだ。めちゃくちゃ焦ると人はこんなふうになるのか、と逆に冷静になるくらいだった。

 村上も同様の疑問を口にする。

 

「彼女、どうして倒れたんですかね。記録を確認する限り、前触れなくいきなりですよ」

「来馬先輩が言ったみたいに、ビックリしちゃって心臓がドキーッてなっちゃったとかどうすか。あれです、心臓発作的な」

「それはそれで事件になっちゃうね」

 

 もう一度記録を流してもらうが、民間人が倒れた場所は太一の視界で見ると塀の陰に近い場所だった。

 女の子が崩れ落ちる様子は見える。しかし全身が綺麗に映っているわけではないし、倒れた瞬間は映像が荒くてよくわからない。

 だが彼女に弾は当たっていない。

 そしてトリオン兵が撃たれたのとほぼ同時に倒れた。それだけが真実だった。

 

「びっくりして倒れただけで、気絶していなかったとか? それで急いで身を隠した……」

「鋼さん、隠れるって何でですか? おれたちヒーローなのに!」

「ヒーローだからだろ」

 

 村上が淡々と言う。

 

「ここは警戒区域。民間人の立ち入りは禁止されている。そこにいたことがバレるのが嫌で隠れているんじゃないか?」

「ああ、たしかに。学校や親に怒られるのが嫌なのかもね。星輪女学院の生徒なら尚更だ」

 

 来馬が同意した。

 たまにあることだ。学生がふざけて立ち入り禁止区間に侵入し、ボーダー隊員に発見される事例である。

 だいたいは注意で済むが、悪質な場合は保護者や学校関係者に連絡、最悪の場合は記憶を処理してもらわなければならない。

 そして星輪女学院はお嬢様校なので、ルール違反の現場を見つかるわけにはいかなかった。

 だから必死に隠れている。そんな仮説である。

 

「それでも民間人の保護はしなきゃね。ここのトリオン兵は回収班にお願いして……」

 

 そんな話をしているときのことだ。

 

「なんか臭いません?」

「え?」

「ホントっすね、タバコ?」

「何? どうしたんですか?」

「タバコの臭いがする」

「警戒区域なのに?」

「……うん」

 

 タバコのあの煙たい臭いがしたので、三人は辺りに視線を巡らせた。

 彼らは会話しながら移動していた。さっきの捜索範囲からギリギリ外れた、現場から少し離れたところでその臭いに気づいた。

 警戒区域周辺は人の気配がしない。だからタバコの臭いがするのはおかしい。

 

「さっきまでこの近辺で誰かが吸ってましたね」

「誰ですか、諏訪さん?」

「違う違う、太一が守った子じゃないかって」

 

 静かに言う村上に、太一が「どういうことですか?」と詰め寄った。

 

「太一が目撃した民間人は人気のない場所で隠れてタバコを吸っていた。そこにトリオン兵が出現して、狙撃に驚いて倒れる。でも気絶はしておらず、ボーダー隊員に発見されるのを恐れて急いで立ち去った。見つかれば警戒区域への侵入だけでなく、未成年喫煙も指摘されるから」

「名探偵鋼さん!?」

「いや探偵とかそういうんじゃないから」

「けど、その子お嬢様っすよ?」

「色々あるんだろう。普段抑圧されている分反動がくるなんて、よくある話だ」

 

 村上の推理は筋が通っている。

 若い世代が警戒区域でヤンチャをする事例も珍しくはない話なのだ。

 立ち入り禁止区域は極端に人の目がなくなるし、巡回するボーダー隊員も常に見張れるわけじゃない。監視カメラもないので、犯罪の温床になりがちだった。

 だからここで不良がいじめをしたり、放棄された民家へ侵入して金目のものを盗んだり、いつの間にかホームレスが住み着いたりしている。

 そういうトラブルへの対処もボーダー隊員の仕事だった。

 実際、過去に未成年喫煙を発見した隊がいたし、村上はそれを思い出して同じことだと言っている。

 

「事実はどうあれ民間人がいたことは確定だ。保護が最優先だね。こちらの呼びかけに応じてくれるといいんだけど」

「それなら来馬先輩の得意分野っすね! 先輩に出ておいでって言われて、断れる人この世にいないと思います!」

「ええ? そんなことないよ」

 

 来馬がやんわり否定する裏で、村上と今がコッソリ「来馬先輩に言われたらみんな断れないだろうな……」と太一に同意していた。

 

「じゃあ近辺の捜索ですね」

「うん。さっきは気絶したままだと思っていたから狭めだったけど、範囲を広げよう。もしかしたら民家に入り込んでる可能性もあるから、窓や玄関の痕跡にも注意してね」

「了解っす!」

 

 民間人への狙撃疑惑から完全に解放された太一は、すっかり普段の調子を取り戻していた。数分前まで半泣きだったのが嘘みたいな晴れやかな笑顔である。

 三人は別れて周囲を調査した。

 疑惑の段階では、彼女は完全に意識を失っており移動できないと思い込んでいたので、通りをくまなく捜索するだけだった。

 しかし今度は意識があり自分たちに発見されないよう必死に潜伏している状況だ。

 レーダーに映らないのでオペレーターの力を借りるのも難しい。目視で女学生一人を探すのはとても大変な作業だった。

 

「ぼくたちはボーダー隊員です。警戒区域への立ち入りは禁止されています。保護対象となりますので出てきてください。あなたの安全を守ることがぼくたちの使命です!」

 

 来馬の声が向こうから聞こえてくる。こうやって声を張り上げて出てくることを祈るしかないのだ。

 太一も必死に捜索しながら、今と内部通話で会話した。

 

「今先輩! おれの戦闘記録から、その子の移動経路とか予測できません?」

「やってるわよ。やってるけど、色々気になることがあって」

「気になること?」

 

 村上も通話に加わってきた。今はPCを操作しながら難しい顔をしている。

 

「みんなが発見したタバコの位置。トリオン兵に襲われた地点からは少し遠いの」

「そっすね」

「てっきり塀に隠れて吸っていた時に門が出現して落としたんだと思ったんだけど。これじゃ倒れた後もタバコを所持していて、逃げた先で落としてることになる」

「……それで?」

 

 低い声で続きを促され、眉間にシワを寄せて今が言った。

 

「それでって……おかしいでしょ。逃げてる間もずっと持っていて、途中で捨てるなんて。近くにいた証拠になるし、捨てた場所から足取りまで読まれるかもしれない。隠れ切れる自信があるなら、火を消してポケットにでも入れておいたほうがマシよ」

「逆に証拠隠滅したんじゃないか? 俺たちは身体検査なんてしないが、向こうはそうは思わなかった。補導でポケットから見つかったら終わりだ。でもタバコを捨てたら少なくとも未成年喫煙の線は消えるだろ。近くに捨てられていたってこっちが主張したところで、知らないって言えばそこまでだし」

 

 今は発見されないための行動にしては違和感があると主張し、村上は発見された時のことを想定して反論する。

 どちらの可能性もあるな、と思いつつ来馬は会話を聞いていた。

 太一はぽけっと口を開いて周りをキョロキョロしている。よくわからないからだった。

 

「吸い殻を先に落としていたパターンもあるだろう。そして歩いている時にトリオン兵に襲われた」

「まあその可能性もあるけど。根本的にこの子の行動は不自然だわ」

「どの辺りが?」

「制服でいること自体。制服姿で喫煙なんて一発アウト。やるなら大人っぽい私服で誤魔化すのが普通じゃない?」

「あ! 確かにそっすね」

「それに星輪から警戒区域まで遠いでしょ。人目を避けるために侵入するのはわかるけど、わざわざこっちまで来るなら、よっぽど見つかりたくなかったはずよ」

「……なおさら身元がバレる制服で来るはずがないか」

 

 そう指摘されると、村上は腕組みをして空を仰いだ。

 今の言う通りだった。事前にタバコを購入し遠く離れた警戒区域まで侵入する計画性とやましさがあるなら、服を着替えるのが普通だ。

 当たり前過ぎて気づけなかった。

 太一の狙撃に動揺した影響がここまで響いている。落ち着いているように見えて冷静でないのは村上も来馬も同じだった。

 こういうときに一歩引いて全体が見れるのがオペレーターである。

 

「あと一つ」

「まだあるんですか!?」

「あるわよ。大事なことが」

 

 今は画面に映る女の子の雰囲気に注目していた。映像を拡大したところで顔立ちまで鮮明に確認することはできないが、どんな女の子かはだいたいわかる。

 髪をふんわりと巻いていて、手足がすらりと細い。体型は小柄だ。ぼやけた映像でもわかるくらいだから、実物はもっと可愛らしい女の子なのだろう。

 

「え? それが大事なんすか?」

「多分この子、メイクしてる。唇がはっきりわかるんだもの」

「口が? それが何だ……?」

 

 男性陣は女の子のメイク事情がよくわからないので大人しく今の解説を求めた。彼女は少し躊躇った様子を見せた後、恐る恐る口にした。

 

「濃いめのリップ……口紅をつけてると思う。タバコにその跡ってあった?」

「!」

 

 ハッとして村上が目を開く。三人が見つけたタバコには、

 

「なかった」

 

 口紅の跡がなかった。つまり彼女が吸っていたものではないということだ。

 男性陣が目視して情報を伝えたところで「このポイントにタバコが落ちていたよ」が限界である。

 しかもリップは付着していない。その辺の道端に落ちている吸い殻とまるで一緒だったから、かえって今が怪しむ材料となった。

 この視点はメイクに触れたことがない彼らにはないものだった。

 

「え、じゃあ誰の吸い殻すか? ずっと前から落ちてたやつ?」

「だったらタバコの臭いなんてしない」

 

 早口で言う太一にかぶせるように村上が言う。四人の胸は激しく脈打っている。

 全員が同じ可能性に思い至っていた。しかも、それが事実なのではないかと薄々気づいている。

 まさかそんなと思いながらも、その考えを振り払えなかった。

 張りつめた空気の中、来馬が後を引き継ぐ。

 

「タバコを吸っていた第三者が近くにいた可能性は高い」

 

 ここに来て新たな侵入者の存在が明らかになり、彼らの警戒心がグッと高まった。

 誰もが嫌な予感を抱いていた。けれど口にする者はいない。言葉にした瞬間、それが現実になってしまいそうだったからだ。

 しかし。

 

「なら、その人が女の子連れ去ったかもしんないっすね。近界民に襲われてるのを遠くから見てたかも。しかも、タバコを吸いながら」

 

 沈黙を破り、太一が平然とした態度で指摘した。こういう時に何の気負いもなく発言できるのが彼の性質である。

 他の三人は息をのみ、言葉を失った。その推測が正しいと心のどこかで理解してしまったからだ。

 

 状況をまとめると以下の通りである。

 女の子は警戒区域に侵入した。別の人物もそこにいた。その誰かはタバコを吸っていて、トリオン兵に襲われた時は完全に塀の陰に隠れていて見えなかった。

 女の子から少し離れた位置にいたから、太一の目には映らなかった。

 太一はトリオン兵に気づき、狙撃。女の子は倒れる。

 そして村上が到着するまでの間に、彼女をどこかへ連れ去った。

 鈴鳴第一隊はそのように考えたのだ。

 

「襲われてるのを見てたかはわからないね。その人だって逃げていたかもしれないし」

「連れ去ったのなら悲鳴は上げなかったんですかね」

「聞こえなかった。やっぱり気絶したのかな」

「抵抗できないようにされてるとか」

「人間一人抱えてそんな遠くに行けるのか?」

「女の子の方は小柄だから、相手が大柄な人ならいけるかも」

「か、ただの逃亡者。二人仲良く保護が嫌で逃げている」

「それが一番平和でいいね」

 

 来馬が困った顔をしてから「どちらにせよ本部に連絡しよう」と言った。

 事件性が出てきたので単独で処理するのは無理だからだ。正隊員といえども彼らは学生であり、ここから先は大人に判断を委ねるべきだった。

 今経由で本部に連絡し、指示を仰ぐ。

 返答は「民間人を捜索しつつ状況を維持。応援が来るまで10分ほどかかる」とのことだった。

 

「待つなんて悠長なこと言ってらんないっすよ! 早く女の子を見つけないと」

 

 真実もわからないのに彼女を助けられなかったと悔やむ太一が叫ぶ。来馬も村上も同じ気持ちだった。

 ただの女子高生の反抗ならそれに越したことはない。取り越し苦労だったねと笑い合えたらそれでいいのだ。

 彼女は無事に保護されて、怖かった記憶を処理されて、平和な日常に戻る。そして何事もなかったかのように世界が回る。

 そのためにボーダーがあるのだから。

 彼らは「ボーダー隊員です! 出てきてください!」と声を上げながら走り回る。

 

「きゃああッ」

 

 突然、女性の悲鳴が三人の耳に届いた。かなり事件性の高い叫び声だった。

 

「どこっ、どこからですか!?」

「あっちだ。行きます!」

「一人で突っ込んじゃダメだ鋼ッ」

 

 声のした方へと全速力で駆けつける。場所はすぐにわかった。玄関の扉が開きっぱなしだったからだ。

 一番に到着した村上が、現着の報告を入れようと口を開きつつ開いた扉から中に視線を向け、

 

「っ、」

 

 突然電流を流されたみたいにグアッと上体がのけ反った。無言でパニックになったのである。いつも冷静沈着な男が声もなく正気を剥がされた。

 すぐに到着した来馬も村上の横から玄関の中を確認し、ビクッと肩を震わせた。ヒュ、と息を呑み込み、目を開いて硬直する。

 屋根伝いに飛び降りてやって来た太一が、そんな二人を不審に思って空いた隙間から覗き込もうとしたが。

 

「ぅわ、」

 

 来馬がいきなり扉をガッと掴んだ。穏やかな彼らしくない荒っぽい仕草だった。

 太一は中を見ることを阻止されたことより、来馬がそんな動きをしたことに驚いた。

 

「中を見ない方がいい」

「え……」

「人が死んでる」

 

 男の死体を発見して、沼みたいな顔色をした来馬が言った。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 数日後、鈴鳴第一隊・隊長の来馬は本部に呼び出しがかかった。その時に彼が受けた報告は以下の通りである。

 

【事件概要】

 女性(星輪女学院高等部在籍)は、SNSを通じて男性と知り合い、相手からの誘いを受け警戒区域へ侵入した。「立ち入り禁止区域への侵入」という非日常的な行為に興味を抱き、制服姿のまま指定場所へ向かったことが確認されている。

 男性は以前からSNSを利用して若年女性へ接触し、人気のない場所へ誘い出した上で暴行・脅迫を繰り返していた。押収した端末からは、同様の犯行をうかがわせる動画や画像データが多数確認された。

 現場として使用された民家は、警戒区域内の空き家であり、第三者によって過去にも不法侵入や犯罪利用が行われていた形跡が認められた。

 

 事件当日、男性は女性へ暴行を加え、その様子を撮影していたところ、近界民が出現した。

 男性は物陰へ退避し、女性が近界民に襲われる様子を撮影。しかし倒れた女性への救助活動で、女性から犯行を申告される危険性を認識。

 男性は女性の後頭部を殴打した上で現場から連れ去った。

 

 その後、男性は近隣の空き家へ女性を監禁し、暴行および脅迫を継続したものと推定される。

 事情聴取と現場検証の結果、女性はボーダー隊員による呼びかけを聞いた直後、男性ともみ合いとなり、男性が隠し持っていた刃物を使用して刺殺したことが判明した。

 男性は胸部を複数回に渡り刺創され死亡。司法解剖および現場鑑識の結果から、女性による行為は生命の危険が差し迫った状況下で行われた反撃であった可能性が高いと判断されている。

 また鈴鳴第一隊が聞いた女性の悲鳴は、女性が正気に戻った後のものだったと確認がとれている。

 

 以上。

 

 

 

 来馬は報告書を最後まで読んで、静かに書類を伏せた。

 しばらく何も言わなかった。ただ、指先がわずかに紙の端を押さえたまま動かない。

 いつも柔らかい表情が、まるで影を被ったように沈んでいる。

 

「……そうか」

 

 ようやく小さく漏らした声は、低く乾いていた。

 来馬はゆっくりと息を吐き、目を閉じる。

 

『ぼくたちはボーダー隊員です。あなたの安全を守ることがぼくたちの使命です!』

 

 何度も叫んだあの呼びかけが脳裏で虚しく響いていた。

 あの言葉が、彼女の最後の希望になったのかもしれない。けれど彼らは間に合わなかった。近界民を相手に戦うヒーローは、民間人の前ではあまりにも無力だった。

 怪物は倒せても、人の悪意と絶望までは救えなかった。

 彼女を守るはずだったのに、最後は彼女自身が戦うしかなかった。

 

「ぼくたちがもっと早く見つけられていたら……」

 

 普段は穏やかな来馬の顔に、自責の色が濃く残る。しかし次に頭をよぎったのは隊員たちのことだった。

 太一は、自分のせいで女の子が誘拐されて事件が起きたのだと思って泣いていた。村上もまた、その目で見てしまった死体を忘れることができず、言葉にせず苦しんでいる。今だって、オペレーター席で何度もあの映像を見返しては自分を責めていた。

 隊長である自分まで立ち止まってしまえば、誰が彼らの背中を押せるだろう。

 

「みんなの様子を見に行こう」

 

 報告書をしまって本部を出る頃には、来馬は静かに隊長としての顔を取り戻していた。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

※以下は鈴鳴第一隊が知らない別視点。

 

 星輪女学院に通う女子高生は、SNS経由で被害者の男と繋がった。彼女は悪いことに憧れがあり、男に誘われて警戒区域へと足を踏み入れた。男と一緒に立ち入り禁止区域に侵入したのだ。

 男はタバコを喫煙していて、女子高生は人生で初めてした悪いことに胸をドキドキさせていた。

 

「あの、どうしてスマホを構えているんですか……?」

「こうするからだよ」

「きゃあ!」

 

 突然、女子高生は男に腹を殴られた。その様子をカメラに収めて男はニタニタ笑っている。

 男は女子高生を暴行する目的で誘い出したのだ。指定されたら制服を着てしまうほど素直で純粋な少女に酷いことをするのが大好きな男だった。

 男に狙われた少女はまず殴られたことに動揺する。そして恐怖に顔を歪め、男から逃げようと必死になる。その後を追いかけて隠し持ったナイフで脅し、酷いことをするのがいつもの流れだった。

 彼が狙うのは気弱な子ばかりで、裸の写真を脅しに使えば情報が漏れる心配はない。

 警戒区域内の犯罪に適した民家(過去に別の誰かが犯罪に使った場所)の情報は裏で出回っている。誰かに発見されないように動くのもお手のものだった。

 

「はは、逃げろ逃げろ」

 

 男がタバコを捨てた瞬間だった。

 

「ぅお、」

 

 門が発生し、近界民が出現する。女子高生が襲われるのを男は遠くから見ていた。

 まさか近界民が出現するとは思わなかったが、ちょうどいいとも思った。若い女が化け物に襲われるのをビデオに収めれば高く売れる。ボーダー隊員には見つからないよう物陰に隠れて動画を撮り続けた。

 女子高生は狙撃の瞬間に倒れた。威力にびっくりして倒れたのだ。

 これもいい材料だった。編集すれば隊員の狙撃が当たって倒れたように見えるから、ボーダーアンチ勢が喉から手が出るほど欲しい映像になる。

 

「いい金になる……あ!」

 

 しかし男はすぐに気がついた。このまだと女子高生がボーダーに保護されるからだ。

 保護されるということは、優等生な彼女が警戒区域にやってきた理由も、そこで襲ってきた男についても喋ることになる。

 すべての悪事がバレる。男は焦った。余罪がたくさんある男なので、信じられないくらい動揺した。

 とにかく彼女を発見されては困る。男は逃げようとする女子高生の頭を殴り、動かなくなった彼女を背負うとガムシャラに走って逃げた。

 逃げて逃げて、鍵が開きっぱなしの民家に転がり込んだ。背中が汗だくになっていて、乱暴に彼女を玄関に捨てる。

 

「余計なことしやがって!」

「ぅ、」

 

 男は女子高生を恐怖で支配するため、首を絞めた。細い首に指をかけて力を込める。女子高生は目玉がこぼれ落ちそうなほど開いて抵抗した。自由な手足をバタつかせ、必死になって足掻く。

 しかし男に殺す勇気はなかった。このまま隊員に見つからないよう身を隠し、奴らが立ち去ってから、いつものように写真で脅せばいいと思っていた。

 だから首を絞めたのも彼女の反抗心を折るためだった。小柄な彼女が弱るまで手に力を込めて、緩めて、涙を流し真っ赤な顔で「もうやめて」と言うまで何度も繰り返した。

 

「いい。いいぞ。そうだ。おまえは何も喋るな、声を出すな」

「ひ、」

「抵抗したらお前の裸をネットにばら撒くからな」

 

 そこからは普段通りだった。男が服を脱がし、女子高生の裸の写真を撮る。彼女はすっかり憔悴して無抵抗だった。彼女の胸にあるのは絶望のみで、じっと心を殺して事が終わるのを待つだけだった。

 地獄のような時間はとにかく長かった。それが現実でどれほど短い間だったかはわからない。

 しかし、体を貪られているその時。

 

「ボーダー隊員です!」

 

 来馬の声が女子高生の耳に入った。

 ……助けが来た。助けが来た! 女子高生の心に一筋の光が差す。声を上げればきっと気づいてくれる。

 助けて、助けて、私はここにいる!

 彼女は悲鳴を上げようとして、しかし男に口を塞がれた。鼻ごと覆われてしまったので息ができない。苦しみに手足が暴れ出す。

 その腕が男の体に当たった時、そばにカツンと硬い音が響く。すぐ近くに何かが落ちたみたいだ。それは男が隠し持っていたナイフだった。

 女子高生は無我夢中になってそれを掴んだ。冷たい金属の感触。赤くなった視界に、キラリと光る銀の輝きが見えた。

 

 


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