俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#10 盤上の共犯者

サイドテーブルを挟んだ、泥仕合。

お互い熱で頭が回ってないのは明白だ。

投げやりに駒を動かし、お互いの駒を無節操に喰い合っている。

ふと、この「高熱の大学生二人が必死に木片を動かしている図」が猛烈に滑稽に思えてきて、喉の痛みを忘れて吹き出しそうになった。

 

咳のループで中断し、肩で息をしながらベッドに沈み、また起き上がって駒を握る。

そんな不毛で、最高に贅沢な時間。

気づけば3時間以上も盤面を睨み合っていた。

 

「おいすず。お前は馬鹿か。今ので太一の勝ちが確定したぞ。」

 

背後から、氷点下の声が降ってきた。

白布だ。

心底呆れ果てたような目で、俺たちの盤面を見下ろしている。

正直、自分でも勝ち筋なんて見えてなかった。

でも、白布の余計な一言のおかげで、図らずも俺の勝利が決まった。

 

その後は、二人まとめて白布の説教タイムだ。

「お前ら、何遊んでんだ。治そうという意思はないのか。」

「なんだその不謹慎なバトルは。自分の熱をチップにするな。」

 

ごもっとも。

ぐうの音も出ない正論だ。

でも、やめるつもりなんて微塵もない。

不謹慎、上等。

この「チップ」のおかげで、俺たちは昨夜のあの真っ暗な淵から這い上がってこれたんだから。

 

白布が「…少しは目に光が戻ったじゃないか」と、去り際に小さく、本当に小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

あいつなりに、俺たちの「荒療治」を認めたってことか。

 

ふと、隣を見た。

負けたのがよっぽど悔しいのか、すずが不貞腐れたようにほっぺを膨らませて、俺を睨みつけていた。

いかつい「勇者」の面影なんてどこにもない、ただの負けず嫌いな女の子の顔。

 

彼女がホワイトボードに力強く書き殴る。

『次は勝つ。』

宣戦布告のメッセージ。

喉の痛みを忘れて、不敵な笑みが漏れた。

そう来なくっちゃ面白くねーよ。

昨夜、白布の白衣を濡らしていたあの「弱さ」ごと、俺がこの盤上で全部喰い尽くしてやる。

 

そして...

俺の胸の奥が、熱とは違う理由で少しだけ跳ねた。

 

(…あー、やべ。…見たいわ、これ)

 

マスクで隠された、その下の表情。

今、どんな口元で、どんな風に笑ったり悔しがったりしてるのか。

剥き出しの恐怖に震えていた昨夜の彼女じゃなく、勝負にムキになっている「今の彼女」を、もっと近くで、ちゃんと見てみたい。

 

不覚にも、そう思ってしまった。

 

『いや、次も俺が勝つけどな』

 

俺はそう書いて見せてから、わざとらしく視線を逸らした。

熱に浮かされた頭のなかで、次の「ギャンブル」のルールを考えながら。

 

彼女が自分を取り戻していくそのプロセスを、特等席で見届けられるこの状況が、案外悪くないと思っている自分に、苦笑いするしかなかった。

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