サイドテーブルを挟んだ、泥仕合。
お互い熱で頭が回ってないのは明白だ。
投げやりに駒を動かし、お互いの駒を無節操に喰い合っている。
ふと、この「高熱の大学生二人が必死に木片を動かしている図」が猛烈に滑稽に思えてきて、喉の痛みを忘れて吹き出しそうになった。
咳のループで中断し、肩で息をしながらベッドに沈み、また起き上がって駒を握る。
そんな不毛で、最高に贅沢な時間。
気づけば3時間以上も盤面を睨み合っていた。
「おいすず。お前は馬鹿か。今ので太一の勝ちが確定したぞ。」
背後から、氷点下の声が降ってきた。
白布だ。
心底呆れ果てたような目で、俺たちの盤面を見下ろしている。
正直、自分でも勝ち筋なんて見えてなかった。
でも、白布の余計な一言のおかげで、図らずも俺の勝利が決まった。
その後は、二人まとめて白布の説教タイムだ。
「お前ら、何遊んでんだ。治そうという意思はないのか。」
「なんだその不謹慎なバトルは。自分の熱をチップにするな。」
ごもっとも。
ぐうの音も出ない正論だ。
でも、やめるつもりなんて微塵もない。
不謹慎、上等。
この「チップ」のおかげで、俺たちは昨夜のあの真っ暗な淵から這い上がってこれたんだから。
白布が「…少しは目に光が戻ったじゃないか」と、去り際に小さく、本当に小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
あいつなりに、俺たちの「荒療治」を認めたってことか。
ふと、隣を見た。
負けたのがよっぽど悔しいのか、すずが不貞腐れたようにほっぺを膨らませて、俺を睨みつけていた。
いかつい「勇者」の面影なんてどこにもない、ただの負けず嫌いな女の子の顔。
彼女がホワイトボードに力強く書き殴る。
『次は勝つ。』
宣戦布告のメッセージ。
喉の痛みを忘れて、不敵な笑みが漏れた。
そう来なくっちゃ面白くねーよ。
昨夜、白布の白衣を濡らしていたあの「弱さ」ごと、俺がこの盤上で全部喰い尽くしてやる。
そして...
俺の胸の奥が、熱とは違う理由で少しだけ跳ねた。
(…あー、やべ。…見たいわ、これ)
マスクで隠された、その下の表情。
今、どんな口元で、どんな風に笑ったり悔しがったりしてるのか。
剥き出しの恐怖に震えていた昨夜の彼女じゃなく、勝負にムキになっている「今の彼女」を、もっと近くで、ちゃんと見てみたい。
不覚にも、そう思ってしまった。
『いや、次も俺が勝つけどな』
俺はそう書いて見せてから、わざとらしく視線を逸らした。
熱に浮かされた頭のなかで、次の「ギャンブル」のルールを考えながら。
彼女が自分を取り戻していくそのプロセスを、特等席で見届けられるこの状況が、案外悪くないと思っている自分に、苦笑いするしかなかった。