俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#12 破られた仮面

夜の検温。

勝負の刻(とき)が来た。

俺は布団の中で、脇を冷やして少しでも熱を下げるという悪あがきを済ませ、戦う準備を整えた。

隣のすずも、さっきから妙に姿勢を正して、気合十分といった様子だ。

 

そこへ、死神——じゃなくて、白布が無愛想なツラを構えて入ってきた。

 

「測れ」

 

二人に体温計が配られる。

運命の1分間。

ピピピッ、とほぼ同時に鳴った音。

俺は祈るような気持ちで画面を見た。

…37.8℃。よし、下がった! 下がったぞ!

 

隣を見ると、すずが顔を真っ青にして——いや、逆に赤くして固まっている。

彼女が震える手で差し出した体温計には、無情にも「38.2℃」の数字。

 

(…よっしゃ。俺の勝ちだ。)

 

俺は勝ち誇った顔でホワイトボードを掲げた。

 

『はい、俺の勝ち 約束通り、マスク外せ 

 俺も、セットで外してやるから』

 

「…お前ら、さっきから何やってんだ?」

 

白布の低い声が鼓膜に刺さる。

あ、忘れてた。

こいつ、まだいたんだ。

白布は俺たちのやり取りをゴミを見るような目で一瞥し、ため息をついた。

 

「すず。お前、熱上がってんじゃねーか。…太一、お前もだ。37℃台で調子に乗るな。安静にしろっつってんだろ。」

 

すると、すずが掠れた声で、必死に白布に食い下がった。

「……し、らぶ、せんせ……っ。……ハファリン、……ハファリンちょうだい……勝ち、たい...。」

 

「……あ?」

 

白布の眉間が、見たこともない深さで裂けた。

 

「ハファリンだぁ? お前、自分が何の病気か分かってんのか。劇症の扁桃炎に市販の鎮痛剤で誤魔化そうとすんな。…胃を荒らしたいのか、それとも薬物相互作用でぶっ倒れたいのか、どっちだ?」

 

すずが「…ひっ」と短い悲鳴を上げて布団に潜る。

白布の説教は止まらない。

 

「だいたい、さっきからなんだその不謹慎なやり取りは。…マスク外せ? 隔離病棟から出てきたばっかの奴が、狭い密室内で何さらしてんだ。お前ら、2人まとめてバイオテロでも起こすつもりか?」

 

「…すんません」

 

俺は反射的にホワイトボードで顔を隠した。

白布の正論は、時としてナイフより鋭い。

 

「特に太一。お前が唆(そそのか)したんだろ。…いいか、次そんなふざけた真似したら、お前らのベッドの間にブルーシート張るからな。…寝ろ。一歩も動くな。喋るな。」

 

白布は嵐のように去っていった。

残されたのは、怒られすぎて魂が抜けかけた俺と、布団から目だけ出しているすず。

 

……。

……。

 

俺は、白布が廊下へ消えたのを確認してから、ゆっくりと自分のマスクの紐に手をかけた。

 

(…ブルーシート張られる前に、終わらせるわ)

 

すずも、俺の動きを見てハッとしたように目を見開く。

約束は、約束だ。

白布の「バイオテロ」発言が頭をよぎるけど、今の俺たちにとって、この「小さな約束」を守ることは、病気に屈しないための最後の砦みたいなもんだった。

 

「……ほら、約束。」

 

俺は掠れた声でそう言って、耳から紐を外した。

すずも、震える手でゆっくりと、自分のマスクを顎の下へずらしていく。

 

隠されていた、彼女の素顔。

赤くなった頬と、熱に浮かされた潤んだ瞳。

少しだけ尖らせた唇。

 

隠されていた、彼女の素顔。

予測はしていた。

いかつい格好の下には、きっと年相応の顔があるだろうって。

 

でも、実際に目にしたそれは、俺の乏しい想像力なんて一瞬でオーバーフローさせるくらい、直視しがたい熱を帯びていた。

 

(…あー。やっぱ、隠しとくの、もったいねーわ)

 

俺の冷静な思考回路が、音を立ててショートしていくのがわかった。

 

すずは俺の顔を見て、少しだけ目を見開いた後、ふいっと顔を背けた。

『太一のバカ。次は絶対、負けないから。』

 

ホワイトボードに書きなぐられた、照れ隠しの宣戦布告。

俺は自分の顔を再びマスクで覆い、熱い吐息をつきながら、天井を見上げた。

 

「…ああ。…次は、もっと面白い罰ゲーム、考えてやるよ。」

 

白布に「バイオテロリスト」と呼ばれようが、構わない。

この瞬間だけは、俺たちは世界で一番、不謹慎で自由な病人だった。

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