俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#14 勇者の光

入院3日目。

朝、昼、晩。

もはやルーティンと化した「体温計バトル」だけど、現実はそう甘くない。

俺は38.1℃、すずは37.9℃。

 

「やった、勝った!」と掠れた声で喜ぶすずを見て、俺は「…微差だろ」と毒づきながらチェスの駒を出した。

また先手を譲ることになってしまった。

 

結局、お互い劇的に熱が下がるわけじゃない。

この数字の呪縛からは、まだ逃げられそうになかった。

 

チェスで無事勝ち、暇を持て余した俺が『次何する?』とボードを掲げると、すずがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、それを奪いにきた。

マスク越しでもわかる、あの「獲物を見つけた目」だ。

 

『私、麻雀打てるよ。アプリでやろうよ、対局。』

 

「…は?」

 

思わずすずが掲げるホワイトボードを凝視したまま固まった。

農学部で、いかつい格好してて、初日の深夜はあんなに泣きじゃくって…で、趣味が「麻雀」?

この女、ギャップの在庫が多すぎだろ。

 

(…あー、なるほど。合理的で、駆け引きが必要な遊びが好きなわけだ。)

 

アプリを立ち上げ、病室のWi-Fiを介して始まった麻雀。

 

…ボコボコにされた。

相手の呼吸を読んでブロックに跳ぶのは得意なはずなのに、こいつの牌効率と押し引きには、俺のリードが全く通用しない。

 

「……っ、げほっ、……ロン。満貫」

 

喉を鳴らして宣告する彼女の瞳には、この間の夜の涙の欠片もなかった。

掠れた声で、でも嬉しそうに宣告する彼女を見て、俺は自分の「観察眼」を修正した。

 

こいつ、ただの「無理してる女の子」じゃない。

勝負事の土俵に立つと、途端に「本物の勝負師」の顔になるんだ。

 

(…あー、クソ。…可愛げねーのに、目が離せねー…面白いわ、こいつ。)

 

 

午後はさらにカオスだった。

 

「太一〜! 差し入れ追加だよん♪」

 

天童さんを筆頭に、五色や他のOBたちがゾロゾロと病室に雪崩れ込んできた。

静かだった病室は、一瞬で部室のような喧騒に包まれる。

 

「太一、隣の子と麻雀してんの!? 混ぜてよ!」

「あ、五色、それ、...ゴホッ...俺の、点滴に、引っかかる…」

「川西さん! この人、めちゃくちゃ打ち筋鋭いっすね!」

 

OBたちの騒ぎっぷりに、すずも最初は戸惑っていたけど、天童さんの適当なトークにいつの間にか乗せられて、筆談と掠れた声で応戦している。

その様子を眺めながら、俺はふと、入り口のドアの方に目をやった。

 

(…今日も、来なかったな。治。)

 

すずがあんなに苦しんで、隔離病棟から出てきて、ようやく笑えるようになったっていうのに。

「おにぎり宮」の店主は、一度も姿を見せない。

白布からも連絡はいっているはずだ。

それなのに来ないってことは、やっぱりあの二人の間の「溝」は、俺の想像以上に深くて、暗い。

 

「…太一。お前ら、いい加減にしろっつったろ」

 

背後から、氷点下を指した温度計より冷たい声。

白布が、阿修羅のような顔で立っていた。

 

「…天童さんも、部外者を連れ込まないでください。ここは病院だ。…全員、外に出ろ。」

 

「あはは、賢二郎怖い〜! 太一、またね〜!」

 

嵐が去った後の病室は、耳が痛いくらいの静寂に包まれた。

 

説教を食らって、ぐったりとベッドに沈む俺たち。

すずが、ホワイトボードに小さく書いた。

 

『楽しかったね。太一の先輩たち、変な人ばっかり笑』

 

俺はそれを見て、鼻で笑いながら返した。

 

『お前も十分変な奴だけどな』

 

夕暮れ時。

オレンジ色の光が、病室のカーテンを透かして、彼女の横顔を照らしている。

 

治が来ない。

その事実に、少しだけ胸がチリついた。

でも、その代わりを俺が務めているような、そんな奇妙な使命感が、今の俺を支えていた。

 

「…ゴホッ...。夜は、何で勝負する?」

 

俺は、彼女にだけ聞こえるような小さな声で、次の「悪巧み」を提案した。

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