深夜2時。
朦朧とした意識のなかで、ようやく眠気が熱の不快感を上回り、深い闇に落ちようとしていたその時だった。
「……っ、……ゲホッ、……っ、ごほっ、ごほっ……!!」
隣のベッドから漏れる、押し殺したような、でも切迫した咳の音。
俺の眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。
カーテン越しでもわかる、すずが必死に呼吸を繋ごうとしている気配。
(…あー、クソ。またかよ。)
初日の深夜、白布に縋り付いて咳込みながら泣き叫んでいた惨状が、脳裏をよぎる。
放っておけるわけがない。
俺は自分の点滴スタンドを引き寄せ、軋む体に鞭打ってベッドから這い出した。
素足に触れるリノリウムの床が、嫌なほど冷たい。
カーテンを少しだけ開けて、彼女の領域に踏み込む。
常夜灯の薄明かりのなか、すずは上体を起こし、胸元を指が白くなるほど強く握りしめて耐えていた。
「…おい。すず。」
掠れた声で呼びかけると、彼女の肩がびくりと跳ねた。
一瞬俺の方を振り返ったその顔は真っ赤で、額には脂汗が浮いている。
酸素が足りていないのか、視線が定まっていない。
それでも——。
(…泣いてない。)
あの夜とは違う。
彼女は溢れそうになる涙を、喉の奥に無理やり押し込めているように見えた。
「怖い」とも「助けて」とも言わない。
ただ、一人でその痛みに、孤独に抗おうとしている。
その頑なな強さが、今の俺には見ていて一番苦しかった。
「…無理すんなって。」
俺は彼女の背中に手を当てた。
パジャマ越しでも伝わってくる、尋常じゃない熱。
彼女の呼吸に合わせて、ゆっくり、ゆっくりと背中をさする。
居酒屋のバイトで酔い潰れた客の背中を叩くのとは、わけが違う。
壊れ物を扱うように、でも確かな体温を伝えるように。
「…ほら、吐け。…大丈夫だから。俺、ここにいるし。」
すずは俺の腕を無意識に掴んだ。
あの時のように声を上げて泣きじゃくることはなかったけれど、その指先の震えが、彼女の心の内側を雄弁に物語っていた。
泣かないことが「強さ」だと思っているのなら、それは間違いだと言ってやりたかった。
でも、今はただ、この小さな震えが収まるのを待つことしかできない。
(…お前、本当…。どんだけ一人で背負い込んでんだよ。)
暗闇のなか、俺たちの荒い呼吸だけが重なり合う。
自分の心臓の音が、耳元でうるさい。
人の心配してる場合じゃないだろ。
こっちだって、今すぐベッドにダイブして意識を飛ばしたいぐらいには消耗してる。
でも、俺の腕を掴むこの指先が震えているうちは、絶対に離してやらないと決めた。
(…ったく、白布に見られたら『2人まとめて隔離病棟に収容してやる』って言われるな、これ。)
そんな場違いな思考を盾にして、俺は冷たい床の上で、俺の腕を掴む彼女の力が少しずつ緩んでいくのを、祈るような気持ちで見守り続けていた。