俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#17 薄氷上の鎧

深夜の静寂が、すずの落ち着いた寝息に塗り替えられていく。

結局、今回の発作は数分で収まった。

疲れ果てた彼女は、俺の腕を掴んだまま、泥のように深い眠りに落ちていった。

 

俺はそっとその手をベッドに戻し、自分のベッドへ這い戻った。

だが、目が冴えて眠れない。

さっきの、必死に声を殺して発作に耐えていた彼女の横顔が、網膜に焼き付いて離れないんだ。

 

(…治。お前、こいつがこんなになってんの、知ってんのかよ。)

 

無意識にスマホを手に取り、治のトーク画面を開きかける。

…いや、違う。

今じゃない。

俺が今こいつに「すずが苦しんでるぞ」なんて送ったところで、現場の何が変わるってんだ。

 

俺は矛先を変え、白布に短いLINEを送った。

 

『なぁ白布。俺はまだ、すずみたいな発作は起きてない。同じ病気のはずなのに、あいつの方が酷くないか?』

 

深夜だっていうのに、既読はすぐに付いた。

あいつ、いつ寝てんだよ。

返ってきたのは、事務的な、でも重苦しい事実の羅列だった。

 

『太一、あいつを基準にするな。すずの既往歴は異常だ。小学生の時、すでに扁桃炎と肺炎に罹患している。さらに中学生で三叉神経痛。これは大人だって悶絶して動けないほどの顔面の痛みを伴う。相当なストレスがかからない限り起こらないのに、中学生でかかるなんて異常だ。そして大学生になってから急性虫垂炎を2回やって、結局切除してる。他にもコロナにインフルAを3回。要するに、体の限界値が人より低くて、特に呼吸器と免疫系が弱いんだよ。』

 

画面が発する青白い光が、目に刺さる。

…なんだよ、それ。

呪われてんのか。

さらに白布の追撃が続く。

 

『おまけに、あいつが配属された研究室、相当ブラックだったらしいぞ。かなりの無理が重なってた。今回の発作はその蓄積だ。こいつは、自分の限界が来るまでブレーキを踏めないバカなんだ。限界値が低いと言うよりは、戦うたびに身体が削られたって感じだな。』

 

研究室。

あいつが「自分が自分でいられなくなるのが怖い」と言いながら守ろうとしていた、あの場所か。

あんなボロボロになるまで、あいつは一人で何と戦ってたんだ。

 

『太一の場合は発見が早かったし、すずのような変な既往歴もない。だから比較的軽く済んでるだけだ。油断するな、寝ろ。』

 

白布の言葉はいつも通り簡潔で、ぐうの音も出ない正論だった。

でも、なんだろうな。

この、胸の奥に澱(おり)のように溜まっていく、何とも言えない気持ちは。

 

「…軽く済んでる、か。」

 

俺はスマホを伏せ、暗闇の中で自分の掌を見つめた。

俺が「不謹慎なゲーム」だなんだと余裕ぶっていられたのは、単に俺の体が丈夫だったからに過ぎない。

あいつは、俺が想像もできないような薄氷の上を、あの重い鎧を着て、たった一人で歩き続けてきたんだ。

 

(…ったく、…バカじゃねーの。)

 

心の中で毒づきながら、隣のベッドから聞こえる小さな寝息に耳を澄ませる。

治がすずを甘やかそうとして、そのたびに跳ね除けられていた理由が少しだけ分かった気がした。

 

もう「ただの隣人」として面白がってる段階は、とっくに過ぎちまったみたいだ。

 

明日、あいつが目を覚ましたら。

次はどんなバカげた冗談を言って、あの強すぎる「勇者」の肩の力を抜いてやればいいのか。

 

少なくとも、この薄氷が割れるその瞬間まで、俺はこいつの隣で、世界一くだらねー冗談を言い続けてやる。

 

俺は熱に浮かされた頭で、とりとめのない思考を巡らせながら、ようやく重くなってきた瞼を閉じた。

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