昼下がりの病室は、午前中の静寂が嘘みたいに賑やかだった。
「すずー!大丈夫!?」
「これ、みんなからの差し入れ!」
大学の仲良しグループだっていう男女10人が、狭い病室にひしめき合っている。
正直、居酒屋のラッシュ時より密度が高い。
俺は自分のベッドでスマホを弄るふりをしながら、横目でその光景を眺めていた。
(…へぇ。こいつ、ちゃんと愛されてんじゃん。)
少しだけ安心した。
いつも1人で「勇者」を気取って、いかつい格好で虚勢を張っているイメージがあったから。
でも、集まってきた連中はみんな、すずのことを心底心配しているのが伝わってきた。
だが、見ていて胸の奥がチリついたのは、その後のすずの態度だ。
「あはは、全然平気だって!ちょっと喉が腫れただけ。大げさなんだよ、みんな。」
「レポート?あー、退院したら光速で終わらせるから。任せとけって。」
…おい。
お前、さっきの昼の体温計バトル、38.6℃叩き出して大敗しただろ。
白布に「ぶり返したな」って言われて、さっきまで毛布にくるまってガタガタ震えてたじゃねーか。
ベッドを起こして、無理に喉を鳴らして笑う彼女。
友人たちの前では、絶対に「弱った姿」を見せない。
完璧な「しっかり者のすず」を演じきっている。
その笑顔が、俺には痛々しくて見ていられなかった。
(…ったく。お前、どんだけプライド高いんだよ。)
友人たちが嵐のように去っていった後、病室にはまた重苦しい静寂が戻ってきた。
すずは、友人たちが見えなくなった瞬間に、糸が切れた人形みたいにガクリと項垂れて、荒い呼吸を漏らし始めた。
俺は無言で自分のベッドから立ち上がり、彼女のサイドテーブルに手を伸ばした。
散らかった差し入れを端に寄せ、いつものホワイトボードを彼女の視界に放り込む。
『お疲れ、大女優 38.6℃のくせに、よく喋るわ ほら、水飲め』
すずが、ゆっくりと顔を上げた。
マスク越しでもわかる、疲れ切った、でもどこかホッとしたような瞳。
彼女は俺から渡されたペットボトルを震える手で受け取り、一口、ゆっくりと水を飲んだ。
(…ああ。やっぱり、そうなんだな。)
治でもなく、大学の親友たちでもなく。
お互いの過去を何も知らず、最初から病人という、あいつにとって「弱者同士」でしかなかった俺。
同じ病室で、同じように熱に浮かされ、同じように不謹慎な遊びに興じている俺。
今のこいつが、唯一「剥き出しの自分」を晒せるのは、世界中で俺だけなんだ。
(いいよ。俺が、お前の「戦友」でいてやるから。)
ふと心の中に浮かび上がった言葉は、口に出す前に扁桃腺がシャットアウトして来たけど。
俺は、隣でまた小さく丸まった彼女の背中を見つめながら、心の中で強く誓った。
外の世界で見せる偽物の笑顔なんて、俺はいらない。
だから俺の前でまで、勇者の仮面被る必要ねーだろ。
ここで見せる、不格好で、不器用で、必死に生きようとしている「本当のお前」を、俺が一番近くで支えてやるから。
…白布に「バイオテロリスト」って呼ばれるのも、案外悪くない肩書きかもしれない。
正論や道徳を振りかざしてこいつを追い詰める「まともな奴ら」よりは、同じ熱に浮かされて悪巧みをしてる俺の方が、今のこいつには必要だろ。
俺は自分のマスクを少し引き上げ、熱い吐息を一つ、吐き出した。