白布のやつ、相変わらず配慮の欠片もねーな。
「こいつはすず。お前と同じ病気の同じバカだ。…太一、こいつ監視しとけ。」
「いや、なんで俺が」と俺が反論する間も与えず、白布そう言い捨てた。
挙句、仕切りのカーテンを全開にしたまま消えた。
残されたのは、真っ白な顔で天井を見上げている女の子と、車椅子で乗り込んできた俺。
(……あ。見覚えあるわ、この子。)
マスク越しでも分かった。
先日、白布と治と一緒に「おにぎり宮」で飲んだ時、カウンターの端っこで死んだように突っ伏して出汁だけ飲んでた子だ。
治が「小学校からの腐れ縁やねん。」って、困ったように笑って紹介してたっけ。
そうか、あの時からもう相当キてたんだな。
…にしても、気まずい。
女の子が寝てるところに、こんなデカい男をノーガードで晒すなんて、白布の神経を疑う。
案の定、彼女—すずは気まずそうに寝返りを打ち、俺に背を向けた。
「……あー、ごめん。……閉めるわ、これ。」
自分でも引くくらい、声が掠れてる。
一言出すだけで、喉の奥を剣山で全力で突き刺されたような痛みが走る。
これは萎える。
自分で閉めようと手を伸ばしたが、今の俺にはこの数センチが遠い。
指先が、絶妙に届かない。
「……あ、ごめん。私がやるよ。」
すずが体を起こそうとしたが、すぐに「……っ、あ、やっぱり無理だ...。」と喉を押さえて顔を顰めた。
彼女の声も、俺と同じくらい死んでる。
ああ、この子も相当キついんだな。
「お疲れ」とか、何か声をかけようとしたが、喉の奥から迫り上がってくる咳のせいで言葉にならない。
「あ、ダメ!」
彼女が掠れた声で俺を制し、ホワイトボードを差し出してきた。
『ダメだよ、喋ったら悪化するって白布先生が言ってるから。言いたいことはここに書いて!』
…なるほど、合理的。
差し出されたボードを受け取り、短く書き殴る。
『サンキュ。川西太一、大4、経済。』
すずの目が、少しだけ見開かれた。
『私も大4! ○大の農学部。川西くんは?』
まさかの同大。
理系か。
白布と同類なんじゃねーか? 俺は心の中で小さく毒づき、ボードを返した。
『同大か。すごいな、こんな場所で同級生に会うとは。よろしく。』
彼女がその文字を見て、マスク越しにふふっと肩を揺らした。
声を出せば激痛。
喋れば白布に怒られる。
そんな最悪なロスタイムの始まりだったけど。
沈黙の中でペンが走る音だけが響くこの時間は、案外、退屈しのぎにはなりそうだった。