俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#21 防波堤の決壊

震えるすずの頭に手を置いたまま、俺は喉の奥に溜まった熱い吐息を、言葉と一緒に吐き出した。

喉が焼けるような激しい痛みがあったが、言わずにはいられなかった。

 

「……なぁ、すず。ゴホゴホッ...お前が、『一人で立ちたい』って、思って、...必死に鎧、着てたのは、分かったわ。……でもさ、ゴホッ...その『一人で立てない自分』を、一番、近くで...見続けて、それでも、はぁっ...何か、せずに、は...いられなかった、治って……相当、お前のこと、...ゲホッ...分かってたんじゃ、ねーの?」

 

すずが、ビクリと肩を揺らす。

 

「お荷物に...はぁっ...なりたく、ないって、...お前は、言う、けどさ。…ゴホゴホッ…あいつ、一回でも、お前のこと...荷物だ、なんて...思ったこと、あんのかよ。…ゲホッ…バカみたいに、健康な分、あいつは...お前の『弱さ』も、含めて、...全部、ひっくるめて、隣に、いたかったんじゃ...ゴホゴホッ、ねーの?…はぁっ…そんな奴、世界に...何人も、いねーぞ。」

 

俺の言葉が届いたのか、すずの泣き声がさらに激しくなった。

今まで「自立」という言葉で、必死に出させないようにしてきた、治の優しさ。

暴言を吐いて追い出した、あの大きな背中。

あいつがここにいてくれたら…なんて、そんな「恋しさ」が、彼女の涙をさらに溢れさせているのがわかった。

 

「……あ、……でも、……っ。……治は……もう、二度と……戻らないよ……っ」

 

すずは、嗚咽を漏らしながら、必死に言葉を絞り出した。

 

「……あんな、……あんなひどいこと、言ったんだもん……っ。……もう、……ぜったい、嫌われた……っ」

 

「……あ?」

 

俺は思わず、低い声を漏らした。

もっと理由を聞きたかった。

あんなにすずに執着してた治が、たかが暴言くらいで愛想を尽かすなんて、俺には到底思えなかったから。

でも、すずはもう、それ以上説明する余裕なんてなかった。

 

「……あー、分かった。...もう喋んな。呼吸、乱れすぎ。」

 

俺はさらに指先に力を込めて、すずの熱い頭をゆっくりと、沈めるように撫でた。

 

「二度と戻らない」なんて、絶望しきった声で。

あんなに強情だった勇者の面影はどこにもなくて、今はただ、自分の吐いた言葉の毒に当てられて、ボロボロになった小さな女の子がそこにいるだけだった。

 

治は、たかが暴言くらいで折れるやつじゃない。

白鳥沢で色んな奴を見てきた俺の勘がそう言っている。

 

でも、今のすずはもう、自分の罪悪感と熱に飲まれて、まともに思考を回せる状態じゃない。

ヒューヒューと鳴る喉の音と、止まらない嗚咽。

 

…これ以上喋らせるのは、さすがにドクターストップだ。

 

(…ったく。あいつが健康すぎて光が強すぎるなら、今は俺みたいな影の中にいろよ。)

 

同じように病室にいて、同じように熱に浮かされている、この「不謹慎な隣人」の前でしか、こいつはこうやって泥臭く泣けなかったんだろう。

 

「…落ち着け。今はもう、何も考えなくていいから。」

 

俺は、すずの震えが少しでも静まるのを待つように、ただ無言で手を置き続けた。

 

皮肉なもんだ。

自分から拒否したはずの治の優しさを想って泣けば泣くほど、こいつの心の中が「治」一色に染まっていくのが、撫でてる俺にまで痛いほど伝わってくる。

 

深夜3時。

泣き疲れて重くなった彼女の気配。

俺の手の下で、あんなに激しかった震えがようやく静かな寝息に変わっていく。

その頬に残った涙の跡を指でなぞりたくなる衝動を、俺は理性のリード・ブロックで辛うじて叩き落とした。

 

(…お前の心の中が、アイツでいっぱいなことぐらい、撫でてりゃ嫌でもわかるわ。…クソ、熱のせいか。喉の奥が、さっきよりずっと苦ぇ。けど…ま、今は俺がその身代わりくらいにはなってやるわ。)

 

点滴の落ちるリズムだけが、俺たちの歪な連帯感を刻んでいた。

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