震えるすずの頭に手を置いたまま、俺は喉の奥に溜まった熱い吐息を、言葉と一緒に吐き出した。
喉が焼けるような激しい痛みがあったが、言わずにはいられなかった。
「……なぁ、すず。ゴホゴホッ...お前が、『一人で立ちたい』って、思って、...必死に鎧、着てたのは、分かったわ。……でもさ、ゴホッ...その『一人で立てない自分』を、一番、近くで...見続けて、それでも、はぁっ...何か、せずに、は...いられなかった、治って……相当、お前のこと、...ゲホッ...分かってたんじゃ、ねーの?」
すずが、ビクリと肩を揺らす。
「お荷物に...はぁっ...なりたく、ないって、...お前は、言う、けどさ。…ゴホゴホッ…あいつ、一回でも、お前のこと...荷物だ、なんて...思ったこと、あんのかよ。…ゲホッ…バカみたいに、健康な分、あいつは...お前の『弱さ』も、含めて、...全部、ひっくるめて、隣に、いたかったんじゃ...ゴホゴホッ、ねーの?…はぁっ…そんな奴、世界に...何人も、いねーぞ。」
俺の言葉が届いたのか、すずの泣き声がさらに激しくなった。
今まで「自立」という言葉で、必死に出させないようにしてきた、治の優しさ。
暴言を吐いて追い出した、あの大きな背中。
あいつがここにいてくれたら…なんて、そんな「恋しさ」が、彼女の涙をさらに溢れさせているのがわかった。
「……あ、……でも、……っ。……治は……もう、二度と……戻らないよ……っ」
すずは、嗚咽を漏らしながら、必死に言葉を絞り出した。
「……あんな、……あんなひどいこと、言ったんだもん……っ。……もう、……ぜったい、嫌われた……っ」
「……あ?」
俺は思わず、低い声を漏らした。
もっと理由を聞きたかった。
あんなにすずに執着してた治が、たかが暴言くらいで愛想を尽かすなんて、俺には到底思えなかったから。
でも、すずはもう、それ以上説明する余裕なんてなかった。
「……あー、分かった。...もう喋んな。呼吸、乱れすぎ。」
俺はさらに指先に力を込めて、すずの熱い頭をゆっくりと、沈めるように撫でた。
「二度と戻らない」なんて、絶望しきった声で。
あんなに強情だった勇者の面影はどこにもなくて、今はただ、自分の吐いた言葉の毒に当てられて、ボロボロになった小さな女の子がそこにいるだけだった。
治は、たかが暴言くらいで折れるやつじゃない。
白鳥沢で色んな奴を見てきた俺の勘がそう言っている。
でも、今のすずはもう、自分の罪悪感と熱に飲まれて、まともに思考を回せる状態じゃない。
ヒューヒューと鳴る喉の音と、止まらない嗚咽。
…これ以上喋らせるのは、さすがにドクターストップだ。
(…ったく。あいつが健康すぎて光が強すぎるなら、今は俺みたいな影の中にいろよ。)
同じように病室にいて、同じように熱に浮かされている、この「不謹慎な隣人」の前でしか、こいつはこうやって泥臭く泣けなかったんだろう。
「…落ち着け。今はもう、何も考えなくていいから。」
俺は、すずの震えが少しでも静まるのを待つように、ただ無言で手を置き続けた。
皮肉なもんだ。
自分から拒否したはずの治の優しさを想って泣けば泣くほど、こいつの心の中が「治」一色に染まっていくのが、撫でてる俺にまで痛いほど伝わってくる。
深夜3時。
泣き疲れて重くなった彼女の気配。
俺の手の下で、あんなに激しかった震えがようやく静かな寝息に変わっていく。
その頬に残った涙の跡を指でなぞりたくなる衝動を、俺は理性のリード・ブロックで辛うじて叩き落とした。
(…お前の心の中が、アイツでいっぱいなことぐらい、撫でてりゃ嫌でもわかるわ。…クソ、熱のせいか。喉の奥が、さっきよりずっと苦ぇ。けど…ま、今は俺がその身代わりくらいにはなってやるわ。)
点滴の落ちるリズムだけが、俺たちの歪な連帯感を刻んでいた。