「…お前、マジで最低なことしたんだな。」
夕焼けが俺たちの影を、救いようのない黒色で地面に焼き付けている。
すずの独白を聞き終えた俺の胸にあるのは、同情なんて綺麗なもんじゃない。
どす黒い「絶望」だ。
(…ああ、そうか。こいつの心は、俺が何を言おうと、あの日から一歩も動いちゃいねーんだな。)
俺がどれだけ「隣に居座る」と宣言しても、こいつの脳内を占拠しているのは「治を傷つけた罪」と「治に頼りたくない意地」だけ。
経済学部的に言えば、俺の投資(感情)は、最初から一銭の利益も出さない「死に体」の市場だったわけだ。
吐き気がするほどの敗北感。
…なのに、どうして、こいつを今すぐ抱きしめてやりたいなんて本能が、理性を無視して暴れてるんだよ。
「……自立を謳って、治の善意をそうやって踏みにじった。挙句、その罪から逃れるために、自ら治のアイデンティティを汚して遠ざけて。…そうやって、自分を大事にしてくれる奴を自分から手放し、一人で『地獄』を気取るのが、お前の言う『自立した強い女』のやり方かよ。…反吐が出るわ。」
すずの肩が、びくりと震える。
彼女は何も言い返してこない。
ただ、何かに怯えたような濡れた瞳で、夕闇に落ちていく太陽を見つめていた。
俺はわざと、冷え切った声で突き放した。
そうでもしなきゃ、今すぐこいつを奪って逃げたいという理不尽な欲求を抑え込めなかったから。
…なのに、どうして。
(…今は。せめて今だけは、俺が、お前の1番になっても…許される、よな?)
「…っ、おい。」
俺は、自分を拒絶するように縮こまったすずの体を、強引に腕の中へ引き寄せた。
すずの息が止まる。
点滴スタンドが派手に軋んだが、そんなことはどうでもよかった。
「…なぁ。お前、なんでそんな『下手クソな生き方』しかできねぇんだよ。」
腕の中のすずは、病気で痩せてしまったはずなのに、驚くほど柔らかくて、そして……ひどく熱い。
「…過去に。誰かに、何か言われたのか? お前がそこまで『一人』に固執して、死に場所を探すみてぇに頑張り続けなきゃならなかった理由が、他にもあるんだろ。」
逃がさない。
リードブロッカーとして、相手の攻撃の根源…その「呪い」の正体を潰すために、全部夕闇の下に晒してやる。
「…隠すな。全部吐け。お前のその、下手クソな頑張りの理由を。」
沈黙が数秒、永遠のように流れた。
やがて、すずの唇から、ひどく掠れた、けれど決定的な一言がこぼれた。
「……恵美、っていう……子が……いたの。……っ、……小6の、時の……私と、治の……クラスメート……。」
俺の知らない名前が、夕闇に溶ける。
(…ああ、やっぱり柔らけぇ。…でも、こいつの熱を、俺は一生、俺だけのものにはできねーんだな。)
これが、最初で最後の、本能的な略奪。
その「期間限定の背徳感」を噛み締めながら、俺は腕の中の熱が語り出す、次の言葉を待った。