最初の挨拶をボードで済ませた後は、お互いそれぞれの世界に戻った。
二人部屋と聞いた時は「最悪だ」と思ったけど、不思議と居心地は悪くない。
俺に背を向けて横たわっている彼女—すずの背中を、ぼーっと眺める。
時折、小さく肩を震わせて咳き込み、浅い呼吸を繰り返している。
その心許ない様子を見ていると、ふと、初めて「おにぎり宮」で彼女を見た時のことを思い出した。
閉店間際、俺と白布でおにぎり宮で談笑していた日のこと。
あの時、カウンターに突っ伏していた彼女は、出汁を飲み干すとフラフラした足取りで立ち上がった。
遠目に見ても「あ、これ倒れるわ」って分かるくらい危なっかしい足取り。
見かねた治が、必死な顔で声をかけていたっけ。
『おい! その足で帰れるわけないやろボケ! 店の休憩室に布団敷いたるから、そこ潜り込んどけ! 何かあったら川西なり白布さんなり、頼りーや!』
必死すぎる治の提案を、彼女は一刀両断にした。
『やめろや治。大男3人に囲まれて女1人で寝れるわけあるかい。
…お前は明日の私の分のおにぎり用意しときゃええねん。じゃあな』
低くて、ぶっきらぼうで、乱暴な口調。
マスクから覗く二重の目は、治を射抜くように鋭かった。
誰も寄せ付けない、一人で完結しようとする意思の強さ。
(……強がってんなぁ、この子)
それが、俺が抱いた直感的な感想だった。
白鳥沢でバレーをやってると、嫌でも「本物の強さ」ってやつを間近で見ることになる。
牛島さんみたいに、呼吸をするように正論を吐き、一点の曇りもなく自分を信じ切っている奴。
そういう「本物」の重心は、微動だにしない。
でも、目の前の彼女は違った。
言葉は強気に振る舞っているし、立ち居振る舞いも「男勝りな勇者」を演じているけれど、その重心はひどく不安定に見えた。
必死に足を踏ん張って、肩を怒らせて、「私は大丈夫だ」という鎧をこれでもかと着込んで、ようやく立っているような。
治は『ったく、相変わらず可愛げのない女やっちゃな……!』と吐き捨てて、店を飛び出していった。
たかが腐れ縁にそこまでするのか、と感心をしながら、俺は白布と一緒に店の片付けを手伝ったっけ。
(……あんなに重そうな鎧着てたら、いつか潰れるだろ)
そう思った矢先に、これだ。
今、俺の隣で浅い呼吸を繰り返している彼女は、あの時の鋭い目も、乱暴な口調もどこへやら、ただの「一人の弱った人間」としてベッドに沈んでいる。
でも、たぶん。
目が覚めて意識がはっきりすれば、彼女はまたあの「重たい鎧」を引っ張り出してきて、無理やり自分に着せようとするんだろう。
……それ、めちゃくちゃ疲れるのにな。
俺は自分の手元にあるホワイトボードを指先で弾いた。
もし、彼女がまた自分を偽って、一人で戦おうとするつもりなら。
白布みたいに真っ向から診てやることはできないけど。
… 同じ「バカ」として運ばれてきた俺が、少しはマシな暇つぶしにでもなってやれればいいんだけどな。
そんなことを柄にもなく考えた。