俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#32 絶望の白い箱

戻ってきた病室は、数時間前、そこで確かに過ごした『俺の22歳の誕生日』のまま、残酷に時を止めていた。

 

姉貴が置いていった、ケーキの空箱。

そして、すずが俺のために用意した、飲みかけのアクエリアス。

 

数時間前まで、そこは俺の健康や大学生活と天秤にかけても尚、手放したくない場所だった。

「治」というヘタレから身を隠し、俺とすずだけで作り上げてきた、不謹慎な聖域。

 

けれど、今の俺の目には、ただの「無機質な白い箱」にしか見えなかった。

あいつという色彩が抜けただけで、この部屋はただの病室という「現実」に成り下がったんだ。

 

ベッドに倒れ込む。

電気はつけない。

 

「はは……なんだ、これ。だせえ、俺。」

 

乾いた笑いが、静まり返った部屋に虚しく響く。

最高のスタートで始まったはずの22歳の誕生日は、同時に、俺の初恋の命日にもなってしまった。

自覚してからたったの一週間。

...いや、本当はもう少し前から、始まっていたのかもしれない。

 

「……短けぇな。……短すぎるだろ」

 

本当は、最初から「負け確の試合」だってデータは出てた。

 

おにぎり宮で、彼女を追いかけて出ていった、治の背中。

白布に告げられた、「10年以上」という絶対的な年月の値。

そして何より、すずが俺に見せてきた、いくつもの涙、そして遠くを見つめるような表情。

 

それなのに、治から奪ってやろうなんて意気込んで、勝てるかもしれないなんて夢を見て。

 

その結果が、このザマだ。

俺はあくまで、この短い期間限定の、治の代役...ですらなかった。

『戦友』という名の、気休めの空白。

それが、俺にとって唯一無二で、さっきゴミ箱に捨てた肩書き。

 

「最悪だわ...。もう、どーでもいい...。」

 

頭では結論を出している。

なのに脳はバカみたいに、すずとの思い出を再生し続ける。

 

白布に「同じ病気の同じバカ」と紹介された、おにぎり宮で見た女の子。

そいつとホワイトボードで何度も交わした、数え切れないほどの言葉。

毎回飽きずに見せ合った、体温計の数値。

それをチップに、毎回仕掛けあった罰ゲームの数々。

可愛げのない憎まれ口や強がり。

なのに、時折見せる鎧の内側の脆さ。

かと思えば、俺の計算を狂わせるようなバカ。

そのバカが、初めて俺に見せてくれた、マスクの下。

そして...俺の手のひらに、腕に、焼きついて離れてくれない、あいつの驚くほど熱くて柔らかい体の感触。

 

「...っ!」

 

全部、二度と味わえなくなってしまった、俺の宝物。

 

あいつのベッドに放り出されたホワイトボード。

サイドテーブルに置かれた、コンビニの袋...あいつから俺への、最初で最後の誕生日プレゼント。

 

(...もう、何も、見たくねぇ...)

 

俺は手で顔を覆った。

声を出せば、自分の惨めさが確定してしまう気がして、喉を鳴らすことさえ拒んだ。

ただ、指の間から熱いものが溢れ、手が、頬が、濡れていくのが分かった。

 

(……今、すずがいなくて、良かった)

 

あいつに、こんな顔だけは見られたくない。

矛盾した、最低で不謹慎すぎる思いに耽りながら、俺は4年前の引退試合以来……負けて終わったあの日以来の、苦い涙を味わった。

 

4年前の引退試合の涙は、やり切った後の悔しさだった。

でも、今夜のこれは……

何も成し遂げられなかった、ただの「敗北」の味だ。

 

外の世界の、夜の闇。

それはまるで、俺の心の中を表しているみたいに、余計にどす黒く感じられた。

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