俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

33 / 42
#33 バグと現実

「...太一、どうした? 昨日まで順調に回復していただろう。」

 

白布の声。

相変わらず容赦ない冷たさ。

布団に潜り込み、久々に38℃を超えた体温計をぶっきらぼうに突き出す。

 

「知らねーよ。俺の身体に訊け。...ぶり返す病気だって、お前が言ったんだろ。」

 

投げやりな回答。

顔を見なくても、白布が冷めた目で俺を見下ろしているのが分かる。

 

「大体、39℃近い熱があるあいつを連れて外に出るからだ。俺の睡眠時間を削るきっかけ作りやがって。」

 

……外に出たいと言ったのは、あいつだ。

そんな反論をする元気もない。

白布の冷徹な言葉。

下手な労りより、今の俺には数100倍マシだ。

 

「あいつは...ゴホッ...どうなったんだよ。」

 

自分の咳の音が、胸糞悪いくらい懐かしい。

どーでもいいと言い聞かせたはずのあいつを、まだ気にする自分。

同じくらい、胸糞悪い。

 

「...はぁ。お前はまず自分の心配をしろ。安心しろ、あいつはしぶとい。危なかっかしいからICUに置いてるだけだ。」

 

(よかった。)

 

反射的に浮かぶ、最低で不謹慎な希望。

まだ、あいつに会わなくて済む。

 

「仮眠する、邪魔するなよ」と去っていく白布の背中を、布団から目だけ出して追った。

 

「...ゲホッゴホッ...ゴッホ...はぁっ...」

 

振り出しに戻ったわけじゃない。

悪化したとはいえ、咳も、喉の痛みも、入院時に比べればマシだ。

……なのに、身体が重い。

 

皮肉なもんだ。

「まだ治るな」と願っていた間は、嘲笑うように回復した。

願う理由をゴミ箱に捨てた途端、これだ。

 

あいつが隣にいた時、体温計の数字は「不謹慎なゲームの材料」だった。

身体のキツさは、あいつと遊んで、笑って、乗り越えた。

……全部、あいつありきの「バグ」だったんだ。

 

それが消えた途端、これだ。

ただただ、キツい。

数時間が数年に感じる。

扁桃炎に肺炎の併発。

1秒でも早く抜け出したい地獄だったのだと、今更思い知らされる。

 

そして、「一人の病室」という、孤独。

白い壁は何も与えてくれない。

ただ俺を不自由に追い込む。

 

(あー……喉、痛ぇ。だりぃ。……無理だわ、これ。……キチィ……。)

 

それから数日間、ずっとこの「無の境地」で過ごした。

ボードゲームもしない。

YouTubeも見ない。

バカ話もしない。

外なんか絶対出ない。

ただ白い天井を見つめる。

 

なのに、熱は38℃を切らない。

咳も、喉の痛みも、一向に引かない。

 

……なんか、分かった気がした。

あいつが、ずっと38℃後半で停滞していた理由。

俺もあいつを、追いかけているのか。

皮肉だな。こんな時だけ「ニコイチ」かよ。

 

……でも。

それがどうしようもなく愛おしくて、懐かしくて、苦しい。

 

(あぁ、そうか。)

 

白い壁に睨まれて、腑に落ちた。

俺が「同じ病気」を武器に、あいつを救っているつもりだった。

俺が、あいつの鎧を脱がせてやっているつもりだった。

 

……なのに。

俺の最適解を全部ゴミ箱行きにさせる、あいつの底なしのバカ。

『勇者様』の鎧の下に隠されていたのは、驚くほど脆くて。

投資効率も考えられないほど純粋で、損得勘定すら放棄した、バカ正直な、あいつの生き様。

 

(……結局、救われていたのは俺の方だったのかよ……)

 

今更露わになった、俺のロスタイム。

それを鮮やかに塗り替えたのは、俺の理屈が全く通用しない「すず」という光。

 

気づいた途端、頭が勝手に定義し直した。

すずという存在の意義を。

 

(俺の今のポジショニングは、どこだ……?)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。