俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#34 透明なお節介

白布にここへ連れてこられた時は、「最悪だ」と思った。

だが、あの「めんどくさくて、バカ正直な女」と計算外の時間を過ごすうちに、この病室の市場価値は跳ね上がった。

 

そして今。

あいつが隣のベッドにいないだけで、この空間の価値はゼロ……いや、マイナスだ。

 

(あぁ、クソッ……頭が、回らねぇ……)

 

高熱が脳を侵食する。

視界が歪み、思考のピントが合わない。

それでも、答えを探さずにはいられなかった。

なぜ俺は、あんな不器用なだけの女を、これほどまでに必要としているんだ?

 

同じ病気の連帯感?

孤独を埋めるための遊び相手?

あるいは、「勇者の鎧」の下にある脆さを、俺だけが覗いたという安っぽい特別感か。

 

白鳥沢という「強さ」が全ての場所で、リードブロッカーとして敵をシャットアウトし続けてきた。

常に効率。常に冷静。

…俺とこいつの共通点。

「強がり」

惹かれた理由は、単なる同族嫌悪からくる同情に過ぎないのか。

 

だが、こいつの「強がり」は、もはや稚拙な嘘でしかない。

その鎧の重みで自ら崩壊し、治という光さえ手放した。

 

結局こいつは、ただ『強い自分』に酔っているだけなんじゃないのか?

悲劇のヒロインを気取って、プライドを守りたいだけなんじゃないのか?

 

冷酷な分析が脳裏をかすめる。

だが、俺の心臓はそれを、一秒も待たずにノイズとして切り捨てた。

 

違う。

あいつがそんな安っぽいタマなわけがない。

もしあいつが本物の「悲劇のヒロイン」なら。

もっと派手に「頑張っている自分」を宣伝し、憐れみという名のチップを回収して回るはずだ。

あの「恵美」という女なら、間違いなくそうしただろう。

 

でも、こいつは。

身体に刻まれた「本物の」ハンデを抱えながら。

アピールどころか、憐れまれることを死ぬほど嫌って。

努力を「誰にも見られないもの」にする道を選んだ。

泥を啜ってでも、重すぎる鎧を着続けた。

治という光を守るため。

 

……本当に、治のためだけか?

それだけじゃ、こいつの生き様の理由を語るには、あまりにも変数が足りない。

 

(あぁクソ……わかんねえよ。近くで、見てきたはずなのに……)

 

思考が熱に負けそうになる。

 

おにぎり宮で見た「勇者様」の危なっかしさ。

白布の白衣に縋り付いて泣いていた姿。

高熱で死にかけていながら「逃げるな」とオセロを要求する無茶苦茶さ。

誰も見ていないのに、律儀にバイトの日誌を書き直してから退勤する要領の悪さ。

 

バラバラで、整理がつかないこいつの言動。

だが、その鎧の下を覗けば覗くほど、俺はすずの中にある一貫した「何か」から、目を離せなくなっていた。

 

(……何かって、何だよ……あぁ、だりぃ……。)

 

見つからない答え。

体が先に負けそうだ。

 

だが、その中で一つ、クリアに見えてきた事実があった。

 

(……多分、こいつの根本に、治は関係ねぇ。)

 

普通は、苦しくなったら逃げ場を探す。

「恵美」という毒を浴びて10年。

これほど地獄に突き落とされて、それでも「計算」しない奴がいるか?

 

…いや、こいつにはハナから「計算」なんて概念はない。

同情で自分の価値を証明するのは、こいつが最も嫌う『不誠実』。

自分が綺麗だ、守りたいと思ったものを守るために戦う。

言い訳を作らず、理想に忠実であろうとする。

自分に嘘をつく生き方は、死んでも選ばない。

 

(あぁ、これか。すずの中にある一貫した、「誠実さ」。)

 

不思議なくらい急に思考がクリアになった。

恋心を認めたきっかけは、「治ではなく、俺のためにあいつが泣いたこと」だったかもしれない。

 

だが、俺が本当に惚れたのは、俺の計算式には到底当てはめられない、その揺るがない生き様だ。

 

…でも、だとしたら。

なんでお前は、大丈夫じゃないのに「大丈夫なふり」をし続けたんだ?

それで結局、俺の前でボロボロ泣くことになったんだ?

 

…誠実。なんだよそれ。

反吐が出る。

「誠実」な生き方を選びながら、結局、表向きは大嘘つきになっている。

これ以上ない「不誠実」で、苦しい皮肉。

 

(あークソ…全っ然まとまんねぇ…喉、痛ぇ…)

 

腫れまくった喉が脳に酸素を供給してくれない。

クリアだった思考が、再び二転三転する。

それでも俺は、このループし続ける思考を、無理やり切り開いた。

 

あいつが壊れたきっかけは、10年前の毒。

それによって、「誠実さ」が「そうでなければ嫌われる」という強迫観念に変質した。

治はあくまで、それを投影する鏡に過ぎなかったんだ。

歪んだ方向で信念を守ろうとして、毒を浴びても、誰にも撒き散らさなかった。

自分の心臓の中で、ぎゅっと握りつぶして止めようとした。

結果として完成したのが、「脆さを隠し切れない不安定な鎧」。

それをごまかそうとして、結局大嘘つきになり、さらに脆くなった鎧。

そして、大事なやつをそいつ自身の幸せのために手放した始末。

 

…救いようがない。

効率は最悪。

やり方は下策中の下策。

だが、泥を啜りながらたった一つの「誠実さ」を死守するために走り続けること。

それを「強さ」と呼ばないなら、この世に本当の強さなんて存在しねぇ。

歪んで、矛盾して、それでも「理想」を捨てきれずに足掻く。

 

―美しすぎて、吐き気がする。

その往生際の悪さが、俺の計算を狂わせ続けた正体だ。

完敗だ。

俺は、あいつの表面上の嘘に騙されていただけの、二流の観客だった。

 

(……あぁ、もういい。理由なんて全部後付けだ。俺はただ、あいつの隣にいたかっただけだ。)

 

この恋は、回収の見込みがない最悪のデッドストックだ。

なのに、俺はその在庫を抱えたまま、心中する覚悟を決めてしまった。

 

もし、あいつがまたその「誠実さ」のせいで壊れそうになるなら。

俺は、この持てる限りの計算能力をすべて使い果たしてでも、この「一筋縄ではいかないバカ」を一番近くで救ってやりたい。

 

だが、あいつの一番近くには、すでに別の男が居座っている。

確定した運命。変えられないデータ。

なら、「奪いたい」なんて贅沢な願望は捨てる。

代わりに今、この瞬間だけ隣にいられる俺があげられる、最後のプレゼントはなんだ。

 

あいつには、あいつにしか持てない「自分を曲げない強さ」を武器に、ただ生きていてほしい。

その強さを守るために、嘘をついて、独りでぶっ壊れる姿を見るのは、二度とごめんだ。

あいつの強さを、正しく、幸せのために使わせるには……。

これしかねぇ。

 

「治への罪の意識を償わせ、あいつの下手クソな生き方に、終止符を打たせてやること」

 

治への罪の意識を償わせ、この下手クソな生き方に、終止符を打たせてやる。

でも、俺もあいつの生き方を「反吐が出る」と否定した加害者の一人だ。

そんな俺が、あいつの人生を変える大役を担おうなんて、厚かましいにも程がある。

だからこそ、謝ってスッキリして終わり、なんて自分勝手な償いにはしない。

敢えて、あいつが一番聞きたくない言葉で、そのプライドをズタズタにしてやる。

恨まれたっていい。

たとえ俺の恋心を灰にしてでも。

俺のすべてを使って、あいつを本来あるべき場所へ連れ戻してやる。

 

おい、いつまでICUで燻ってやがる。

お前は、純度百パーセントの勇者だろうが。

さっさとここに戻ってこい。

最後に、ほんの一瞬だけでいい。

俺を、お前の人生の主役に、させてくれ—。

 

願った瞬間。

俺の思考回路は、何の前触れもなく、強制的に遮断された。

 

「……っ!? ……ごほっ! ぁ……がっ、……はっ……!!」

 

(……嘘だろ。これは、俺の、声か!? 怖い、空気が……入ってこないっ……! 助けて、くれ……!)

 

思考を埋め尽くしていたはずの面影が、白濁した視界の中に溶けて消える。

恩返しを誓った直後。

そのチャンスすら与えられないまま、俺は暗闇の底へと引き摺り込まれた。

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