「太一!おい、分かるか!?」
白濁した視界。
その奥。
白布に、数人の看護師。
でも、輪郭、見えない。
水の中、突き落とされたみてぇ。
……油断していた。
あの日、絶望的な大発作。
自覚した、恋心。
そして、敗北。
あれ以来、起こらない。
そう、思っていた。
「SpO2低下、BVM開始! 挿管準備、バックボード!急げ!」
専門用語。
かつての、庭園。
すずを、救うための。
今は、俺を。
現世に止める、ための呪文。
意味…分からない。
音が、消えていく。
俺の、世界から。
「……ッ、ゲホッ、ゴホッ! が…っは…ゴホ、ゴホッ、はぁっ……ゲホ...」
鼓膜を叩く、醜い音。
俺の、呼吸音。
肺が、石みたいに硬い。
吸い込めない。
酸素が、足りない。
指先。凍り付く。
熱、あるはずなのに。
「死」
その一文字が、脳裏を焼き切る。
―死ぬ病気じゃない。
あの時、叩き込んだデータ。
今は形さえ、成さない。
霧散。
崩壊。
ガラクタ。
…俺はなんて、計算の合わない不運を引いたんだ。
初めから確定していた、「負け」。
そんな、この恋に。
足を取られ、もがいた。
結果、散々味わった「絶望」。
独り、無機質で白い、箱の中で。
それでも、ようやく見つけた。
この恋への、たった一つの「解」。
…なのに。
最悪のタイミング。
病魔という理不尽。
「解」の、ぶち壊し。
効率重視の人生。
女子とは無縁。
そんな中、初めて愛した。
理屈抜きに。
たった、一人の女を。
…結局俺は、もらえない運命なのか。
その女に、最初で、最後の、プレゼント。
与える、チャンスさえも。
…運命? 笑わせるな。
あいつがずっと、もがき続けた、あれほどの地獄。
そこで築いた、「勇者」の肩書。
俺の、意地と「強さ」。
白鳥沢、魂。
泥臭く、振りかざしてやる。
勝手に、終了、させるな。
俺の、執念の、計算を。
「太一! 太一! 踏ん張れ!!」
白布の叫び。
機械音の隙間。
…籠ってんな。
水の中に、いるみてぇ。
…今まで、聞いたこと、ない。
あの鉄仮面の、必死な、叫び声。
こいつの言葉。
入院中、散々スルー。
…今だけは、聞いてやる。
だから、引き留めろよ。
白布。
俺の、執念を。
お前の、理論で。
でも…容赦ない。
闇の引力。
俺を、引き摺り込む。
気休めの、データ。
最早、ガラクタ。
でも…抗う。
闇の、引力に。
捧げる。
唯一の「祈り」。
柄にもない。
(神様…頼む。せめて、最後に、もう、一度だけ。あいつに、会わせて、くれ。)
嫌だ。
怖い。
死にたくない。
死んで、たまるか。
…もし、今すぐあいつに、会えるなら。
俺があいつに、渡すべき言葉を、すべて渡せたのなら。
その時は、もう、俺に後悔なんてねぇ。
だから、それまででいい。
神様。
俺を、助けてください。
処置の手、止まない。
白布たちの、シルエット。
だんだん、遠くなる。
視界の、白濁。
ゆっくりと、支配されていく。
チカチカと、弾ける光に。
…もう、分かんねぇ。
熱いのか、寒いのかすら。