俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#35 皮肉と抗拒

「太一!おい、分かるか!?」

白濁した視界。

その奥。

白布に、数人の看護師。

でも、輪郭、見えない。

水の中、突き落とされたみてぇ。

 

……油断していた。

あの日、絶望的な大発作。

自覚した、恋心。

そして、敗北。

あれ以来、起こらない。

そう、思っていた。

 

「SpO2低下、BVM開始! 挿管準備、バックボード!急げ!」

 

専門用語。

かつての、庭園。

すずを、救うための。

 

今は、俺を。

現世に止める、ための呪文。

意味…分からない。

音が、消えていく。

俺の、世界から。

 

「……ッ、ゲホッ、ゴホッ! が…っは…ゴホ、ゴホッ、はぁっ……ゲホ...」

 

鼓膜を叩く、醜い音。

俺の、呼吸音。

肺が、石みたいに硬い。

吸い込めない。

酸素が、足りない。

指先。凍り付く。

熱、あるはずなのに。

 

「死」

 

その一文字が、脳裏を焼き切る。

 

―死ぬ病気じゃない。

あの時、叩き込んだデータ。

今は形さえ、成さない。

霧散。

崩壊。

ガラクタ。

 

…俺はなんて、計算の合わない不運を引いたんだ。

 

初めから確定していた、「負け」。

そんな、この恋に。

足を取られ、もがいた。

結果、散々味わった「絶望」。

独り、無機質で白い、箱の中で。

それでも、ようやく見つけた。

この恋への、たった一つの「解」。

 

…なのに。

 最悪のタイミング。

 病魔という理不尽。

「解」の、ぶち壊し。

 

効率重視の人生。

女子とは無縁。

そんな中、初めて愛した。

理屈抜きに。

たった、一人の女を。

 

…結局俺は、もらえない運命なのか。

その女に、最初で、最後の、プレゼント。

与える、チャンスさえも。

 

…運命? 笑わせるな。

あいつがずっと、もがき続けた、あれほどの地獄。

そこで築いた、「勇者」の肩書。

俺の、意地と「強さ」。

白鳥沢、魂。

泥臭く、振りかざしてやる。

 

勝手に、終了、させるな。

俺の、執念の、計算を。

 

「太一! 太一! 踏ん張れ!!」

 

白布の叫び。

機械音の隙間。

…籠ってんな。

水の中に、いるみてぇ。

 

…今まで、聞いたこと、ない。

あの鉄仮面の、必死な、叫び声。

こいつの言葉。

入院中、散々スルー。

…今だけは、聞いてやる。

 

だから、引き留めろよ。

白布。

俺の、執念を。

お前の、理論で。

 

でも…容赦ない。

闇の引力。

俺を、引き摺り込む。

気休めの、データ。

最早、ガラクタ。

 

でも…抗う。

闇の、引力に。

捧げる。

唯一の「祈り」。

柄にもない。

 

(神様…頼む。せめて、最後に、もう、一度だけ。あいつに、会わせて、くれ。)

 

嫌だ。

怖い。

死にたくない。

死んで、たまるか。

 

…もし、今すぐあいつに、会えるなら。

俺があいつに、渡すべき言葉を、すべて渡せたのなら。

その時は、もう、俺に後悔なんてねぇ。

だから、それまででいい。

 

神様。

俺を、助けてください。

 

処置の手、止まない。

白布たちの、シルエット。

だんだん、遠くなる。

視界の、白濁。

ゆっくりと、支配されていく。

チカチカと、弾ける光に。

…もう、分かんねぇ。

熱いのか、寒いのかすら。

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