そういえば、深夜に担ぎ込まれてから、一睡もできていない。
気づけばもう昼だ。
不本意すぎる入院生活、この暇な時間を使って隣の「勇者様」の本質でも暴いてやろうかと思ったが、頭の回転は徹夜の疲れには勝てなかった。
…寝るか。
どうせやることもないし。
そう決めた矢先、現実に引き戻される。
寝れるわけねーだろ、これ。
喉の奥に剣山をぶち込まれたような痛みが、呼吸のたびに神経を逆撫でする。
熱で体は鉛みたいに重いのに、痛みで意識だけがギラついて離れない。
最悪だ。
「……っ、げほっ、ごほっ、……っはぁ、……っ」
また、止まらない咳。
気道が狭まって、空気が上手く入ってこない。
これからもっと悪化すんのかな…。
そんな暗い予想をしながら痛みに耐えていると、不意に隣の気配が動いた。
すずがホワイトボードをひっ掴み、猛烈な勢いでペンを走らせている。
俺の呼吸がようやく落ち着いたタイミングで、彼女がそれをスッと差し出してきた。
『大丈夫? ……なわけないか。喉塞がってしんどいよね、苦しくない? 体の節々も痛くない? 熱、何℃……?』
…質問攻めかよ。
医者か。
思わず目を丸くした。
あの「おにぎり宮」で、ラフなジーンズにロゴ入りのスウェットの上から革ジャンまで纏って治を鋭い目で睨みつけていた「いかつい女」はどこに行った。
マスクから覗くその目は、何かに怯えているようでもあり、それでいて純粋に俺を案じている色を帯びていた。
俺は少しだけ口角を上げて、ボードを奪い取るようにペンを走らせる。
『医者かよ笑。喉は剣山飲んだみたいに痛いな。節々は白布の点滴のおかげでマシだけど、熱は38.5℃。心配してくれてんの?』
点滴のコストに見合うだけの費用対効果(パフォーマンス)は、今のところ発揮されているらしい。
そう思いながらホワイトボードに文字を書き終えて差し出すと、彼女は一瞬、悲痛な色を浮かべて俺を見た。
いや、お前の方がよっぽど顔色悪いし、しんどそうじゃん。
自分を差し置いて他人の心配とか、いよいよ意味がわからん。
『そりゃもちろん心配だよ。だって、同じ病気だから。私も苦しみを理解できちゃうから…』
戻ってきたメッセージを見て、俺の脳裏に治の顔が浮かんだ。
あいつ、あんなにボロクソに言われてたのに、最後にポソッと言ってたっけ。
『治が「可愛げないけど、ええ子」って言ってた理由、わかった気がする。意外と、お節介なんだな。』
俺がそう書いて見せた瞬間。
さっきまで「心配」で溢れていた彼女の瞳が、一瞬で曇ったのを俺は見逃さなかった。