HRが始まると、俺は真っ先に自分の斜め前の席を確認する。
「すず」
成績は学年200人超えの中のトップ10に入り続けとるし、テニス部ではキャプテンやっとるレギュラー。
性格は…基本明るくて友だちも多いけど、どこかスカしとって、口調もきつい。
文武両道な上に顔はそこそこええっちゅう噂やったから、中2で同じクラスやと知った時は「あのサムの腐れ縁、いつの間にか、どえらい『ええ女』に化けたんちゃうか!?」って、ちょっと期待してたんや。
せやけど、蓋を開けてみたら女らしさの欠片もない。
「…何見てんねん。スパイクの練習でもしとけや。」
なんて言うてくる、なんか可愛げのない変なやつやった。
だが、そんなこいつに異常に執着しとるやつがおる。
俺の双子の弟、治(サム)や。
こいつは小学校の頃から、別のクラスになった中学の今まで、ずっとあいつのケツ追いかけとる。
「おいサム! すず今日も休みやでー?」
出席確認ですずが欠席やと知った俺は、休み時間、ソッコーでサムの教室へ向かった。
ニヤニヤしながら告げると、サムは途端に余裕なくして焦り出す。
「は! あいつ! 今日もか! …昨日『病院行ったら三叉神経痛や言われた』とか言いよったけど…あぁもう! また頑張りすぎたんや! はよLINE送って、家寄ってかなあかん!」
…来たわ、これ。
この余裕なくしてオロオロしとるサムがおもろくて、俺はすずと同じクラスの特権使って、こいつを揶揄って笑いに行くんや。
「そんな変な病名知らんわ(笑)。あぁーおもろ! 部活サボんなよ?」
すずの唯一の弱点は「身体の弱さ」や。
学校休むんは珍しくない。
でも、そんな様子を周りに見せることはせんと、あいつはいつもカッコつけとる。
(あーあ、めんどくさい女やな)
俺はすずから、俺が苦手な女子特有のあのめんどくさい感じとは別の「めんどくささ」を感じとった。
プライドなんか知らんけど、それって自分の弱さを受け入れられんと、一人でもがいとるようなもんやろ。
そんな女に執着するサムも、俺には理解できん。
俺はもっと、顔面可愛くて身長ちっちゃくて胸デカくて、それでいて女の子らしくて可愛いめんどくささを持ってて、俺を頼ってくれる子じゃないと嫌や。
ほら、こんなふうに上目遣いで「侑は私の気持ち何も分かってない!」って涙目で言われたら、最高やなぁ…。
そんなイマジナリー彼女を思い浮かべながら、俺は「次はどうやってすずをダシにサムを揶揄ったろか」と、次の計画を練り始めた。
放課後。部活に行く足を止めて、俺はおもろいイタズラを思いついた。
…部活サボって、すずの家に行ったろ。
そんで、家帰ってからサムが見れんかったすずの様子を詳しく話して、嫉妬させたろ。
「すず、治や。…大丈夫か?」
俺はサムのフリをして、すずの家の玄関に立つ。
出てきたすずの顔は、引くほど青白かった。
…これが、サムが言うとった三叉神経痛っちゅうやつか。
大人しく寝てりゃええのに。ほんま強情なやつや。
「…お前、部活サボったやろ…。毎回、よー来るな。そんなんする暇あったらスパイク一本でも多く打てやバカ。」
あー、ほんま可愛くない。
こいつ、関西出身やないのに口だけはいっちょ前に男勝りな言葉使いおって、その中途半端さが余計に突き放すみたいに聞こえて可愛げゼロや。
なんか、サムが可哀想に思えてきたわ。
「あーまぁ、そう言うなって。ほら、お前が一番欲しがっとる今日の授業ノート、代わりに取ってきてやったで」
「……は? これ治の字やないよな? それにうちのクラスの授業ノート、どうやってお前が取んねん。……ちょっと待て、なんか声いつもと違う思ったら、お前侑やん。……お前ら、私を揶揄うのもいい加減にしろや。明日学校で覚えとけよ……っ、う゛……」
そう吐き捨てるすずの肩が、不意に微かに震えながら、俺の足元にまで沈んでった。
「ぁ゛……」
両手で頭を覆って蹲っとる。
死にそうな顔しとるくせに、こいつは俺を追い返すまで、絶対にドアを閉めようとせえへん。
「弱み見せたら負け」とでも思っとるんか。
「…あんさ。サムは本気でお前のこと心配しとんねん。小遣いはたいてゼリーやらなんやら買うこともあったわ。バカやんな、ほんと。お前もそんなしんどいなら、素直にしんどいって、あいつに言えばええんちゃう?」
「…それは、感謝しとる。でも、その優しさが、たまにちょっと申し訳なくて苦しい。…これ、治には言うなよ? 言ったらボコす。」
震える声でそう言うたすずの目は、これっぽっちも笑うてなかった。
俺は、治がすずを想って小遣いはたく姿を「アホやな」と思って見とったけど。
すずからすれば、その真っ直ぐすぎる想いは、逃げ場のない「光の檻」みたいなもんなんかもしれんな。
…まぁ、そんなん俺には関係ないけど。
俺なら、こんなめんどくさい空気、一秒だって耐えられん。
家に帰ってサムに、すずの家にお前のフリして行ったでって告げたら、「お前! 抜け駆けすんなや! 俺もサボればよかったぁぁぁ!」って本気で落ち込むから、ますますおもろかった。
やっぱり俺には、あんな素直やないめんどくさい女に執着するこいつが理解できん。
でも、自分の小遣い数え始めたあいつを見とると。
そんな、バレーと同じくらい心から守りたい存在がおるっちゅうことに、少しだけ。
ほんの少しだけ、羨ましくもなったんや。