俺だけの聖域   作:ゆずみかん#HQ

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#5 鎧の正体

…あー、ダメだ。深追いはしない方が賢明なのかもな。

 

俺はホワイトボードを奪い取り、手のひらで乱暴に文字を消した。

 

『いつから入院してんの?』

 

当たり障りのない質問。

すずは目に見えてホッとした様子で、すぐにペンを走らせた。

 

『1週間前。昨日まで隔離病棟にいたけど、今日こっちきた』

 

やっぱりか。

あの飲みの直後、あの足取りで帰らせた時点で詰んでたんだ。

 

俺は彼女を「病気の先輩」として扱い、いくつか質問を投げた。

お互い、激痛で顔を歪めたり、咳のループで会話が中断したりしながらも、ボードの上で言葉を重ねる。

 

そして、ふと気になったことを書いた。

 

『病気で一番怖かったのって、何?』

 

すずの手が、止まった。

少しの間。

彼女はホワイトボードを見つめたまま固まり、それからゆっくりと、絞り出すように書き始めた。

 

『自分が自分でいられなくなること』

 

一旦それを見せてから、さらに書き足していく。

 

『当たり前のようにやってた研究も、バイトも、遊びも……食事でさえも、フツーにできなくなるのが、受け入れられないし、怖い』

 

…ああ、なるほど。

腑に落ちた。

すとん、と胸の奥に落ちた。

 

彼女が纏っていたあの重そうな鎧。

あれは誰かを攻撃するためじゃなく、そうやって「フツー」ができなくなっていく恐怖から、自分を必死に守るための盾だったんだ。

 

いかつい女だと思ってたけど、その中身は、驚くほど脆くて繊細な「女の子」だった。

そんな奴から「怖い」なんて言葉が出てくるとは、思わなかった。

 

(…参ったな。俺まで怖くなってくるじゃねーか)

 

正直、俺だって頭が回るような体調じゃない。

喉は焼けてるし、意識は朦朧としてる。

でも、何か「考えるべきこと」がないと、俺までその恐怖に飲み込まれそうだった。

 

俺は少し考えて、彼女にこう返した。

 

『確かに、俺もそれ、怖いよ

 じゃ、それを吹き飛ばすおもしろいゲーム、俺が考えてやる

 明日まで待ってろ。』

 

書き終えて差し出すと、すずが少しだけ目を見開いた。

 

何ができるかなんて、まだ何一つ思いついてない。

でも、何かを企んでいる間だけは、俺たちは「哀れな患者」じゃなくて、ただの「クソ生意気な大学生」でいられる気がしたんだ。

 

「……はぁ、……っ、げほっ」

 

一度ボードを置くと、また激しい咳が襲ってきた。

苦しい。

喉が痛い。

肺の底からせり上がってくる熱に、腫れ上がった扁桃腺がこれでもかというくらい、内側から圧迫される。

 

でも、明日までに何か「面白いこと」を考えなきゃいけない。

その小さな義務感が、今の俺には、どんな解熱剤よりもマシな気がした。

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