事故で全身を強く打って死んだ私は、好きな作品であった魔法少女アニメ──『魔法少女エーテルズ』の世界に転生したようだった。
私にはこの世界でやり遂げたい夢がある。
それは前世の頃より推しである──魔法少女エーテルヴェールの戦死の阻止。
病弱でか弱い身でありながら、仲間を想う優しさがある、お淑やかな少女。
そんな彼女が戦いの中で非業の死を迎える展開に多くの視聴者が阿鼻叫喚したのは言うまでもない。
私もその一人であり、あまりのショックにその時点で魔法少女エーテルズの視聴をやめてしまったほどだった。
だからこそ、なんとしてでも阻止したい。
あんな悲しいことはもうごめんだ。
それに転生したからには推しの命を助けたいと思うのは、ファンの誰もが思うこと。
実際、魔法少女エーテルズの二次創作ではエーテルヴェール救済展開があるのがほとんどだ。
幸いにも私には魔力があり、魔法少女になるために必要な妖精とも縁ができた。
なので、積極的に介入させてもらう。原作崩壊など知ったことか。
「今宵も騒々しい……」
黒と紫で彩色された軍服とドレスを合わせたような衣装を身に
左肩から前へ流したブロンドヘアの三つ編みと深いスリットが入ったロングスカートが風で揺れる。
自分で言うのはなんだけど、これってとてもミステリアスなシチュエーションだと思う。
アニメなら敵か味方か分からない立ち位置のキャラクターになっていたことだろう。
いや、あながち間違いでもないかもしれない。
今の私、魔法少女エーテルノワールは自分のことを他の魔法少女に語ることをしてないから。
アニメに登場しないイレギュラー。
本来であれば存在しない存在。
登場人物である彼女達のような語れるほどの高尚な
「さて、行くとしましょうか」
一見すると何の変哲もない夜の街。
しかし、魔法少女の目には薄い壁のようなものがドーム状に街の一部を囲っているのが見えている。
その壁は魔法少女の敵である魔物の展開した結界の境界線だ。
魔物は獲物を逃さないためにこうした結界を展開する。
結界の中は完全な異空間であり、中で何が起ころうと外の人間が知ることはない。
おかげで、魔法少女は思いっきり戦っても人々にバレたりしない。
魔女帽子を飛ばさないようにつばを摘みながら、トンと軽やかに──ビルから飛び降りて、壁を通り抜ける。
壁を越えた途端、景色は変わった。
無人のオフィス街が地平線の彼方まで広がる異常な空間。
空には月はなく、夜空の黒もない。
なにも描かれていないキャンパスのような白い空が照明もなしに空間を照らしている。
ビルの間にはいくつものクモの巣が張り巡らされているのが見え、今回の魔物は蜘蛛に憑依したものだと、すぐに分かった。
遠くの方から破壊音が響いてくるのが耳に入る。
彼女が戦っているのだと、ファンとしての第六感で確信した。
「派手にやっているわね」
宙を蹴って、加速する。そのまま飛行魔法を使って音のした方へ飛び続けると、予想通りの光景があった。
激しくぶつかり合う巨人と大蜘蛛。
巨人は樹木が絡み合って人の形を作ったような外見で、蜘蛛は女郎蜘蛛を怪獣サイズにしたようなもの。
巨人の肩の上に彼女がいた。
モスグリーンと若草色のフリルの多い衣装を着た、緑色のロングヘアの少女。
彼女こそが、魔法少女エーテルヴェール。
ふんわりとした袖を振って、巨人を操作している。
身体の弱い彼女は直接的な戦闘が苦手だ。
だから、木で作った人形やツタや花粉などで攻撃する。
「はぁ……これで、倒れて!」
少々、息を切らしながら、彼女が腕を振り下ろす。同時に巨人の拳が大蜘蛛の頭部に叩き込まれた。
頭部がアスファルトを砕くほどにめり込む。
しかし、まだ大蜘蛛は生きている。
次の瞬間、大蜘蛛の尻が上がり、糸が巨人とヴェールに向かって放たれた。
「く……っ!」
ヴェールは咄嗟に飛び退いて糸を躱したが、巨人は糸に巻かれて身動きが取れなくなった。
潮時だ。
あの巨人はヴェールにとっての最大火力。
それが封じられた今、ヴェールにあの大蜘蛛を倒す力はない。
大蜘蛛が巨大な脚を振り上げる。
それで彼女を踏み潰そうというのか──させるか。
「そこまでよ」
宙に描いた魔法陣からビームを放って、大蜘蛛の脚を消滅させる。
ヴェールを庇うように、地上に降り立つ。
「ノワール……!」
驚き半分、安堵半分といった声でヴェールが声を上げる。
私はできる限り無表情を意識して、彼女に振り返った。
「あら、まだ魔法少女をやっていたの、ヴェール。こんな程度の魔物に梃子摺るようなら──いい加減、魔法少女なんて辞めたらどう?」
冷たくヴェールに言い放つ。
推しにこんなことを言わなければならないのは心苦しい。
だが、心を鬼にして私は言おう。
彼女に魔法少女を辞めてもらうために。
「っ……いえ、私はまだ──」
顔を歪ませてヴェールは反論しようとする。
私はその言葉を手で制止して、首を振った。
「あなたの巨人で倒せなかった以上、あなたにできることはない。それに、無理をして倒れられたら私たちが迷惑なのよ」
「そ、それは……」
泣きそうな顔をして目を伏せるヴェール。
心が痛む。
けれど、彼女を死なせないために必要なことだ。
「さて、終わらせましょうか──エーテル・チェイン」
大蜘蛛に杖の先端を向ける。
いくつもの魔法陣を大蜘蛛を囲うように展開し、魔法陣から鎖を射出して、胴体や脚に巻きつけた。
これで逃げられまい。
私は大蜘蛛にトドメを刺すために杖を地面に突き立てた。
腰のポーチから変身アイテムであるコンパクト風端末──ダイヤルコミューンを取り出す。
ダイヤルコミューンを開くと、上部側にはデフォルメされた猫の顔があり下部側には中央で赤と青に分かれた丸いダイヤルがある。
ダイヤルは青が上側にセットされている。
ダイヤルを右に九十度回転させ、もう一度左に九十度回して青の部分を上に来るようにしてもう一度セット。そして、上部側にある猫の額を撫でる。
『マジシャンサイド・フィナーレ』
ダイヤルコミューンから気品のある高貴な声が響く。
端末を頭上に掲げ、上空に巨大な魔法陣を展開。
魔法陣の中央に莫大な魔力が収束していき、ちょっとした太陽のように輝く球体を作り出す。
「エーテル・バスターフォール」
必殺技の名前を口にすると同時に振り下ろす。
次の瞬間、破壊的な光が大蜘蛛に放たれた。
大地に突き立つ柱のような光線の中で大蜘蛛の体が崩壊し、消えていく。
「こんなものね……」
完全消滅を確認し、ダイヤルコミューンを閉じて照射を止める。
大蜘蛛が消えると同時に結界が崩壊し始めた。
白い空もオフィス街もガラスのように砕け散って、元の世界に戻り、気づけば人気のない路地裏に私達は立っていた。少し離れたところにはひっくり返ったジョロウグモが脚をわたわたと動かしている。魔物に憑依されていた蜘蛛だろう。
ヴェールの方を見ると、彼女は唖然として私を見ていた。
「魔法少女であるなら、これぐらいはできなきゃダメよ──できないのなら、魔法少女を辞めなさい」
「っ……」
彼女は唇を噛んで悔しそうに俯く。
こんな偉そうな嫌な奴に言われっぱなしなのは相当悔しいだろうな……。
なにか慰めるようなことを言いたくなるが、ここはグッと我慢する。
彼女には魔法少女が嫌になってもらわないといけない。
「……助けていただき、ありがとうございました……では失礼します」
ヴェールは拳を握りしめたまま俯き、感謝の言葉を残して走り去ってしまった。
踵を返して走り出す刹那、彼女の目からキラリと光るものが落ちるのが見えた。
言い過ぎてしまった……いや、これでいいんだ。
これで自分の力不足を感じて、あるいはエーテルノワールと会うのが嫌になって、魔法少女から手を引いてくれればいい。
そうなれば、彼女が死なずに済む。
そのためなら、どんなに嫌われてもいい。
どんなに……嫌われても……。
「ぐす……っ」
ああ、ダメだ。涙が出てしまう。
やっぱり推しに嫌われるのは辛いな……。
『泣くぐらいなら隣で支えてあげればよいのではなくて?』
腰のポーチから気品のある貴婦人の声。
私の相棒妖精であるワルルだ。
「何言ってんのさ……そんなの出来るわけないでしょ」
涙を拭って素の話し方で言い返す。
ワルルの提案は私には受け入れがたい。
だから、少し語気を強めて反論した。
「あら、どうして?」
「守りたい大切な人を戦場に立たせたいと思う人がいると思う?」
死なせたくないのに死ぬかもしれないところに身を置かせるのはおかしい。
安全な場所で平穏に暮らしていてほしいと願うのが普通だろう。
『だから隣で支えてあげればよいと、言っているのよ。ヴェールもあなたと同じように、なにか目的を持って魔法少女を続けているのだから──手伝ってあげればいいじゃない』
エーテルヴェールの戦う理由。それはよく知っている。
病弱な自分を助けてくれた人たちへの恩返し。
彼女が物語から退場する戦いの直前にあった回想でそう語られたから。
恩返しするのはいいことだ。でも命をかけることでもないだろう。
「勝手なことを言わないで」
『……わかったわ、あなたがその選択が最善だと思うのなら、私はもう何も言わない』
静寂が戻る。
最善の選択。
そうだ。
戦いから遠ざけること、それが彼女を死なせないための一番良い方法なんだ。
「絶対に死なせない」