推しの魔法少女を助けたいTS転生魔法少女   作:きし川

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 私がこの世界を『魔法少女エーテルズ』の世界と自覚したきっかけはお隣さんの名前である。

 華野(はなの)家。

 その表札と家の外観を目にした瞬間に、私は推しの家だとすぐに分かった。

 しかも、華野家には同い年の娘がいるという情報を聞いて、当時の私は狂喜乱舞した。

 推しと同い年かつ隣同士という幼馴染になり得る展開で喜ばない奴いる? 

 いないだろう。

 

 自力で歩けるようになった私は、率先して華野家に関わりに行った。私の母と推しのお母さんの仲も良好だったことも幸いして、私はついに幼き頃の推しと接触したのだ。

 

「わたし、あいおいふたばっていうんだ、よろしくね!」

「え、えっと……はなの、かおり、です」 

 

 アニメでの過去回想から彼女が人見知りだと知っていた私は、自分から前へ出て、お母さんの陰に隠れる彼女に名を名乗った。

 ほぼ完璧な女児コミュニケーションだったと評価している。

 この日から推しとの交流は始まった。

 当然ながら保育園からずっと同じクラスメイトである。

 高校も同じく。

 

「おはよう、香織」

「うん、おはよう。双葉」

 

 朝、いつものように私は家の前で彼女を出迎える。

 サラリとした茶髪をハーフアップヘアにした華奢な少女。

 彼女の体は弱いので、一緒に登校することはできないこともあるが、基本的には一緒だ。

 今日の彼女の顔色は健康そうに見える。

 だが、表情は浮かないものだった。

 

「どうかした、香織?」

「! ……ううん、なんでもないよ」

 

 誤魔化すように笑顔を作り、彼女は歩き出す。しかし、私には分かる。

 昨日の事を気にしているのだろう。

 私が変身したエーテルノワールに魔法少女を辞めろと言われたことを。

 去り際、彼女は泣いていた。家に帰ったあとも、もしかしたらずっと気に病んでいたに違いない。

 大丈夫だろうか、ストレスで寝不足になってないだろうか。

 私は彼女に魔法少女を辞めてほしいだけであって、彼女を苦しめたいわけではない。

 なにかフォロー的なことをするべきなんだろう。

 

「どうしたの双葉?」

「あっ、大したことじゃないよ」

 

 彼女を追いかけて、横に並ぶ。

 いけないいけない。ボロを出すところだった。彼女には私がエーテルノワールだということは教えていない。

 会うたびに魔法少女を辞めろと言ってくるエーテルノワール。

 彼女にとってのエーテルノワールの印象は良いものではないだろう。

 もしエーテルノワールが私だとバレてしまえば、二度と口を利いてもらえないかもしれない。

 そうなったが最後──私はショックのあまり首を吊ると思う。

 

「香織さ、なにか悩んでることない?」

 

 私は自分が原因であることを自覚しつつ、アフターケアをしたいと思い、彼女に聞いた。

 とんでもないマッチポンプだ。

 

「え?」

 

 彼女は図星を突かれたような顔をした。

 でもすぐに首を横に振って「……ううん、何にもないよ」と誤魔化す。

 わかりやすい嘘である。

 幼い頃から周りの人たちに助けられてきた彼女は、いつしか迷惑をかけていることに申し訳なさを感じて、悩みを隠すようになった。

 というのが、アニメで語られる彼女の内面。

 体の異変を家族にもメインの二人の魔法少女にも隠して戦った結果、無理が祟って彼女は命を散らしてしまう。

 そんなことはさせられない。

 

「隠し事が下手だね、香織は──バレてるよ」

「……そんなにわかりやすい?」

 

 彼女の言葉に頷く。

 

「そう……ねぇ、双葉──もし自分のやりたいことを誰かに否定された時、あなたならどうする?」

「……朝から難しい質問してくるね。そうだなぁ──」

 

 やはり彼女はエーテルノワール(私)に言われたことを気にしていたようだ。

 なんて答えようか。

 無視すればいいとか、香織の選択を邪魔する権利なんて誰にもないとか、背中を押すようなことを言ってしまうのは意味がない。

 原作と同じような無茶をしかねないから。

 かといって全否定するのは彼女との間に溝ができそうだ。

 返す言葉には気をつけないといけない。

 

「その人がどういう気持ちで言ってきたかによるかな。否定するにしても、いろいろ理由(わけ)があるだろうから……もしそれが危険だからとか、私のことを考えての否定だったら私は素直に受け入れる」

 

 昨日のエーテルノワールとしての言葉をフォローしつつ、遠回しに私の願いを伝える。

 

「そっか……」

 

 そっけない返事が返ってきた。落胆したと言ってもいい。

 私の答えが彼女の望んだものじゃないのは明らかだ。

 彼女に失望される。そして、距離が離れていって──手の届かないところで彼女が死ぬ。

 そんな未来を想像して、胃の中のものを吐きそうになった。

 

「そ、そういえばさ……この前おすすめされた映画、見たよ」

 

 重い空気感に耐えきれなくなって、話題を変えた。

 彼女はよく映画を観る。体が弱いから部屋にこもりがちなので暇な時間を映画鑑賞に費やしているのだ。

 彼女におすすめされた映画にハズレはなく、どれも面白い。

 

「どうだった?」

「とっても面白かった。特にヒロインを助けるために主人公が終始一生懸命なのが、かっこよかった」

 

 今回の映画に出てきた主人公は、人々を助けるために自分の身を捧げようとするヒロインを助けるために傷だらけになっても立ち上がってヒロインを救った王道的な主人公だった。

 珍しいタイプの主人公ではないが、私も彼女を死なせないために奮闘しているので共感できるところが多かった。

 観終わったあと、自分もこの主人公のように彼女を守り切ろうと改めて思ったものだ。

 私が感想を言った後、彼女は少し微笑んだ。

 

「そっか、よかった……ねぇ、双葉。あなたはあの主人公みたいに大切な人のために頑張れる人は好き?」

 

 唐突な質問だった。

 そんなの当然──

 

「好きだよ。むしろ尊敬する」

 

 特に何も考えず、自然とそう返した。

 彼女は一瞬、目を輝かせた。

 

「……そっか。じゃあ、もしそんな人が目の前にいたら双葉は応援する?」

「そりゃあ、もちろん応援するに決まってるじゃん」

 

 彼女の問いかけに私は即答する。

 私がそう答えると、ぱっと明るい笑みを浮かべて「そっか、そっか」と呟きながら足取りが軽くなった。

 

「……香織?」

「なに?」

「……いや、なんでもないよ」

 

 急な態度の変化に妙な胸騒ぎを覚えて声をかけた。でも、うまく言葉にできなくて言えなかった。

 

 

 ◆

 

 

 今日もまた、魔物は現れる。昼だろうと夜だろうと関係なく。真夜中に結界が張られた気配を感じて跳ね起きて、変身して現場に転移した。

 香織……エーテルヴェールは今夜は来ないだろう。昼間、学校を体調不良で早退したからだ。

 珍しいことじゃない。彼女は魔法少女として戦った翌日は体調が崩しやすい。普通に戦っているだけでも負担が重いのだ。やはり、魔法少女なんて早く辞めるべきだと思う。

 

 結界の中はドーム状の鉄格子に囲まれた闘技場のような場所。

 観客席に降り立ち、闘技場の中央にあるアリーナの方を見れば、牛頭の三メートルほどの巨人が大きな斧を担ぎ、今回の獲物となってしまったサラリーマンに腕を伸ばそうとしていた。

 サラリーマンは動けない。恐怖で動けないわけじゃなく、魔物の結界がそうさせる。魔法少女のように魔力を持っていない人間は時間が止まったみたいに動かなくなる。その間の意識もない。魔物はそうやって抵抗させずに人間を食べるのだ。

 

「させないわ」

 

 杖を振るって魔法陣からビーム放つ。ビームは牛巨人(勝手に名付けた)の横っ面に直撃した。けれど、表面が少し焦げただけで痛がる様子はない。

 効いていない?

 

『気をつけて、魔法耐性の高い個体よ』

 

 ポーチの中からワルルの警告が飛んでくる。私は「なるほど」とだけ返す。別に驚くことじゃない。そういう個体がいることは原作のアニメを見ていたから知っている。

 私はサラリーマンの足元に魔法陣を展開した。

 結界の外へ転移させるためだ。

 外へ出せば、サラリーマンは何事もなかったかのように元の日常に戻る。

 魔法陣に気づいた牛巨人がサラリーマンに急いで手を伸ばそうとしたが、それよりも早く結界の外へ飛ばす。

 

「ブモォォォォォォ!!」

 

 獲物を横取りされた牛巨人が怒りの雄叫びを闘技場に響かせる。赤く充血した目が私を睨み、肩に担いだ斧を振りかぶった。

 

「おっと」

 

 私は観客席から飛び上がった。一瞬遅れて、斧が観客席にめり込む。

 

「ワルル、姿を変えるわ」

『ええ、よくってよ』

 

 エーテルノワールには二つの姿がある。

 魔法戦を得意とするマジシャンフォームと近接戦特化のファイターフォーム。

 今回の牛巨人はファイターフォーム向けの魔物だ。

 アリーナに着地して、ポーチからダイヤルコミューンを取り出し開く。下部側にある赤と青のダイヤルを赤側が上になるように回す。そして、上部側の猫の額を撫でる。

 

『ファイターフォーム』

 

 ダイヤルコミューンで宙に円を描く。円は幾何学(きかがく)模様の魔法陣になって、私の体を通り抜ける。

 体が光に包まれ、髪型と衣装が変わる。

 三つ編みにして前に流していたブロンズヘアは邪魔にならないよう編み込みシニヨンヘアに変更され、衣装も動きやすい物に変化した。

 体に張り付くノースリーブのインナースーツに身を包んで、ショートパンツを履き、腰には表が黒で裏が紫色の腰マント。両手に指抜きグローブを嵌め、脚はニーソックスに包まれて靴は動きやすいスニーカータイプに変わる。

 

「さて、叩きのめしてあげる」

 

 両手にファイターフォームの専用武器であるトンファーを握って、牛巨人へ駆ける。

 振り下ろされる腕を躱し、トンファーを回して牛巨人の脛を打つ。

 ビキッと骨の折れる音がして、牛巨人が蹲った。

 頭が低くなってやりやすい。

 間髪入れずに牛巨人の頭を右へ左へトンファーでめった打つ。

 一発一発が骨を砕くのに十分な威力。

 頭蓋骨が割れて、脳はさぞかしダメージを負ったことだろう。

 牛巨人はもう反撃することができないのか、手をついて動かない。

 これだけやられて倒れないのは、やはりこの個体が強いからだろう。

 

「これで終わらせる」

 

 牛巨人から距離をとって、トンファーを放り捨てる。

 ポーチからダイヤルコミューンを取り出し、必殺技を放つための操作をする。

 赤側が上にセットされたダイヤルを九十度回転させてニュートラルに戻し、赤側を上になるように回して、猫の額を撫でる。

 

『ファイターサイド・フィナーレ』

 

 ダイヤルコミューンを持った手で円を描き、魔法陣を作る。魔法陣は牛巨人の方に飛んでいき、牛巨人の体が磁石みたいに魔法陣に磔にされる。

 私は牛巨人へ一直線に飛び出す。

 右手が黒く輝く、いま私の右手には昨日の大蜘蛛を消し飛ばした必殺技と同じだけの魔力が集中している。

 

「エーテル・インパクト!」

 

 無防備に晒された牛巨人の胸部に拳を打ち込む。

 衝撃が空気を震わせて、直後に魔法陣が割れて、牛巨人の体が向こう側の壁に叩きつけられた。

 

「ブ……モォォ……」

 

 痙攣した後、糸が切れたように事切れて、牛巨人の体が消滅する。同時に闘技場全体に亀裂が入り、ガラガラと音を立てて崩れていった。

 結界が消え、景色が変わる。

 遊具に砂場。

 ここは公園だったようだ。

 

「これは……」

 

 砂場に何かが落ちていた。

 拾ってみると、牛巨人に似たソフビ人形だ。

 何かの特撮の怪人だろうか。

 どうやらこれが今回の魔物が憑依した物のようだ。

 

「……終わってしまいましたか」

 

 背後からの声に振り返ると、そこにはエーテルヴェールが立っていた。遊具に手をついて、支えにしている。心なしか顔も赤いように見えた。明らかに無理をしている。

 

「何をしに来たの?」

「……魔物を倒しに来たんです」

 

 潤んだ瞳が私を睨む。いや、睨むというよりは落ちそうな瞼を必死に上げているようだ。

 ……何を考えているんだ。

 

「そんな身体で何ができるというの?」

「っ……あなたには関係ありません……」

 

 関係ないわけがない。

 そんな状態で戦ったら、原作よりも早く死んでしまう。

 彼女の妖精はなんで止めなかった!

 

「……ヴェールの妖精、なぜこの子を行かせたの?」

 

 ヴェールの腰にあるポーチを睨みつける。

 妖精は最も身近にいて、変身能力を左右する立場にある──変身できなければ、ここまで来ることもできなかったはずだ。

 

『止めたとも。だが、彼女の意思は強固だった』

 

 彼女のポーチの中から中性的な声が響く。

 淡々と話すその声に私は苛立つ。

 

「押し負けてどうするの。戦えるような状態じゃないくらい見れば分かるでしょう」

 

 怒鳴りたい気持ちを拳を握り込んで堪える。

 すでに結界は消滅して、人々に姿を見られる状況だ。騒いでわざわざ見られることはしたくない。

 

『エーテルノワール、彼女にも戦う理由がある。君とて、あるだろう?』

 

 だから同意しろと?

 ふざけるな。

 

 彼女の戦う理由は知っている。でも、命をかけるようなことではないし、そもそも魔法少女でなくても恩返しはできる。

 

「命より優先されることなどないわ。ヴェールの戦う理由がどうであれ、死んでしまえば意味がない──ヴェール、あなたは弱い。魔法少女には不向きよ」

 

 彼女は目を見開き、視線を下げて──私に背を向けた。

 その背中に声をかける。

 

「どこへ行くの?」

「……帰ります。魔物が倒されたのですから、ここにいる意味はないですから」

 

 そう言って、公園を去っていく彼女。

 離れていくその小さな背中を追いかけようとはせず、私は静かに見送った。

 

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