いよいよ原作アニメの中盤に差し掛かる辺りの時期になった。
原作だとこの辺りで彼女の死因に繋がった強化アイテムが出てきて、それを使わないと勝てない魔物が増えてくる。
当初の目的だと、この時期になるまでに彼女を魔法少女から遠ざけたかった。
未だにそれはできていない。
でも、まだメインの二人組はどちらも強化アイテムを手にしていない。だから期限はあるはずだ。けれど猶予は少ないだろう。あのアイテムが登場する前に魔法少女を辞めさせなくては。
「グギャァァァッ!!」
「……邪魔」
木の上から飛びかかってきた猿型の魔物を魔法陣から放ったビームで貫く。
考え事の邪魔をしないでくれるかな?
胸に穴を開けた猿は地面に落ちて、痙攣したあと粒子となって消滅した。
その光景を冷めた目で見つめた後、胸元を引っ張って衣装の中に空気を送る。
「暑いわね……」
私はいま、ジャングルの中にいる。
当然、魔物の作った結界だけど温度と湿度まで完全再現しないでほしい。
私は暑いのが嫌いだ。
汗をかくから。
特に胸の谷間は放っておくと痒くなってくる。
大きい胸は好きではあるけど、当事者になると支障の多さに辟易する。
さっさと魔物を倒して結界を解除したい。だが、今回の魔物はよりにもよって群れるタイプだ。
群れを作るタイプは厄介な特性を持つ。
群れ全体で結界を展開するので全ての個体を倒さないと結界が消えない。面倒だ。
「いっそのこと辺り一帯を吹き飛ばしてやろうかしら」
『やめておきなさい。敵の数が分からない時に魔力の無駄打ちは危険よ』
端末状態でポーチに収まるワルルからの提言。
ワルルの言うとおり、私はまだ魔物の数を把握できていない。
魔力切れのところを狙われて負けるなんてことは避けたい。
「冗談よ、効率良くいくわ──エーテル・ソナー」
杖の石突で地面を叩く。魔力の波紋が叩いた所を中心に広がり、ジャングルの木々に潜んでいる魔物を暴く。
「そこに一つ、そっちに二つ……」
見つけた方角へ魔法陣を展開してビームを放つ。木々の向こうで魔物の断末魔が聞こえてきた。
「そこには──あっ」
順調に魔物を撃ち抜いていく中、狙いをつけた目標の反応が魔物とは違うことに撃ってから気づく。アレはもしかして──
「きゃあぁぁぁっ!?」
「あぶなっ!?」
ビームの放った先で女の子二人分の悲鳴が聞こえた。やってしまった。
慌てて悲鳴の聞こえたところへ行くと、ピンク髪の女の子と空色髪の女の子が尻餅をついていた。
『魔法少女エーテルズ』の
学校で何回かすれ違ってるけど、
「あら、ごめんなさい。気づかず撃ってしまったわ」
当たっていないことに内心ホッとしつつ、謝っておく。
私を見るやいなや「ノワール!?」と口を揃えて驚く二人。
仲がいいな、君等。
「今のノワールだったの!? びっくりしたよ!」
ローズが少し怒ったように言った。怒って当然だ、当たったらびっくりどころでは済まない。
「ごめんなさいね……魔力だけを探知して撃っていたから魔物と間違えてしまったのよ」
私がそう言うと、二人はきょとんとした顔になって「え、そんなことできるの!?」と、二人揃って驚く。
本当に仲がいいね、君等。
「出来るわよ、これぐらい。あなた達も出来るでしょ」
だって魔法少女だし。
「いやいや、できないよ!」
「そんなことできるの、あなただけだよ!」
首やら手やらを振りながら、否定してくる二人。
魔法少女だからといって、あらゆる魔法が使えるというわけではないのは知っている。個人の特性によって、変わるものだ。けれど、私の使っている魔法はどれも凡庸な類だと思うから、二人でも使えるはずだ。
「そう……なら、私がやり方を教えるから二人ともやってみなさい」
幸いすでに魔物に結界に取り込まれていた今回の獲物は結界の外に逃がしている。ゆっくりレクチャーする時間はある。この二人が強くなれば、巡り巡って彼女の負担も軽くなるだろう。
私がそう提案すると、「え、いいの!?」と、口揃えて二人は驚いた。
息ぴったりだな、君等。
「じゃあ、まずは魔力を均等に拡げるところから──」
と、説明を開始した時だった。
「その必要はありません」
背後からの声が私の言葉を遮る。
振り返らずとも分かる──エーテルヴェールだ。
「……どういう意味?」
振り返りながら彼女に問いかける。
できるだけ冷ややかに。
ところが、いつもなら表情を曇らせて私から視線を外す彼女が──今日はいつもより自信ありげな
……なんだ、この胸騒ぎは。
「ここは私に任せてください」
右手を自分の胸に添えながら彼女は言い放った。
私だけでなく、ローズとブルシエルにも。
「ヴェール、あなたもすごい魔法が使えるの!?」
期待のこもった質問がローズから飛ぶ。
……私の知っている彼女の魔法に今の状況を打開できるようなものはなかったはずだ。
「いいえ、魔法ではありません」
ヴェールは首を横に振った。
「それじゃ、どうするつもりなの?」
ブルシエルが疑問符を浮かべて尋ねる。
ヴェールは微笑んだ。
「今回の結界はジャングル。植物が豊富で、私の魔力と相性が良い。魔物の結界を魔力で掌握し、この環境を利用して魔物倒してみせます」
自信たっぷりに彼女が言い放つ。
その突拍子もない言葉に私も含めこの場にいる全員が絶句した。
私が知る限り、原作でそんな攻略法をした描写はない。
本来いないはずの私ですら、思いつくことはなかった。
それをあの彼女が堂々と宣言した。
私の知る限り、彼女がそんな無茶苦茶をするはずがない。
『ヴェール、待ち給えそれはあまりにも無謀だ』
彼女の腰のポーチから彼女のパートナー妖精が発言する。
その声音には明らかに困惑の気持ちがこもっていた。
妖精にすら寝耳に水だったようだ。
妖精に相談もなしの独断。
私の知る彼女と目の前にいる彼女との認識の乖離がより広がった。
「あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
自分の言っていることがどれほど荒唐無稽か、彼女は理解できているのだろうか。
理解できていないのであれば教えなければならない。だが、理解している上で言ったのだとすれば──彼女にはそれを可能にする
「もちろんですよ、ノワール。……ふふっ、その様子だとあなたにはできないんですね」
ヴェールは即答で肯定する。だが、そのことよりも彼女の言葉に少し嘲りが含まれているように感じたことに驚いた。
彼女が他人を見下す様なことなど一度もなかった。
原作のアニメの中でも、私が今日まで出会ってきた中でも。
「ヴェール……?」
「どうしちゃったの?」
今日の彼女は様子がおかしい。
ローズとブルシエルもそう感じたのだろう、困惑気味だ。
ヴェールはくすっと笑い、左の袖を捲る。
その左手首には赤い腕輪が付けられていた。
「な、なぜそれを!?」
それを見た瞬間、私は反射的に叫んでいた。
「? ……ノワール、あれを知っているの?」
ローズの質問に答える余裕はなかった。
忘れもしない、その腕輪は原作で彼女の死因となったもの。
でも、なぜ今彼女の手元にそれがある!?
彼女がそれを手にするのは、ローズやブルシエルの後のはずだ!
「フワンソンが与えてくれました。見ていてくださいノワール、私だって魔法少女として戦えることを……」
彼女の右手が赤い腕輪に伸びていく。
あれを使えば彼女は死ぬ。
「エーテル・チェーン!」
「な……っ!?」
ヴェールを囲うように展開した魔法陣から鎖を射出して、彼女の四肢を縛る。
巻き付く鎖が食い込んで痛いのか、彼女は顔を顰めている。
「ノワール! あなた、なにを!?」
ブルシエルが驚いた顔で声を荒げる。
それを目配せで制止して、ヴェールに歩み寄る。
「それは、あなたには過ぎた力よ」
赤い腕輪を掴む。
ヴェールの手首から毟り取ろうしたがロックがかかっているのか取れない。
「やめて! それは私に必要なものなの──触らないで!」
ヴェールは体を捩って拘束を外そうとする。彼女の力で拘束が外れることはないが、このままだとケガをするかもしれない。
少し強引な方法を取る必要がある。
「私のものになりなさい」
赤い腕輪へ魔力を流し込み、ハッキングに近いやり方でロックの解除を実行する。
赤い腕輪から紫電が迸り、火花が散って赤い腕輪が外れた。
「やめて! 返して!」
ヴェールの悲鳴のような叫びに心が痛む。でも、これを彼女に使わせるわけにはいかない。
赤い腕輪を自分の左手首に付ける。
「これは私が使わせてもらうわ」
「返して、返して、返してぇぇぇ!」
ヴェールの悲痛に満ちた声に背を向けて、私は赤い腕輪を起動した。
使い方はよく知っている。
初見の頃これが推しの新たな力なんだなと目に焼き付けたから。
「フュージョン」
トリガーとなる言葉を呟き、水晶を撫でる。
「……何も起こらない?」
どうして、やり方は合っているのに。
『無駄だ。それはヴェールのために用意したもの、君では使えない』
ヴェールの妖精が淡々と言ってくる。
そうか、なら使えるようにするまでだ。
「重ねて命じる──私のものになりなさい」
ロックを外した時と同じように魔力を流し込み、腕輪の中にいる魔物を従わせる。
火花が散り、水晶が紫色に輝く。
どうやら成功したようだ。
『なんと……』
ヴェールの妖精の驚いたような声が耳に入る。
改めて腕輪を操作する。
『ブースト』
ノイズ混じりの機械音声が腕輪から鳴り、全身に力が漲ってきた。
私の知る音声とは違う。
本来は融合形態への変身音が流れるはずだ。
壊れた? それならそれでいい。彼女がこれを使えなくなるから。それに、
問題ない。
「一網打尽にしてあげるわ」
魔法陣から
「すご……」
空を見上げるローズが思わずといった様子で呟く。
時間にして五秒。
ビームの雨は魔物を全滅させた。
「終わったわ」
エーテル・ソナーに敵の反応がなくなり、私は宣言した。
誰からも返事はない。
ローズとブルシエルは呆然としていて、ヴェールは俯いてぐったりとしている。
また体調が悪くなったのかと思い、ヴェールの拘束を解いた。
「返せぇぇぇ!!」
鎖が消えた瞬間、ヴェールは私に飛びかかった。
咄嗟に彼女を躱すと、ヴェールは地面に倒れ込んだ。
でも、すぐに起き上がり、私を睨みつけた。
こんな彼女を見たのは、初めてだ。
「先に失礼するわ」
もう魔物は倒した。
結界も、もうすぐ消える。
ヴェールから距離を取り、転移する。
「返して! それがないと、守れ──」
去り際、彼女の絶叫とも呼べる声が響いた。
景色が変わり、私は人気のない路地裏にいた。
くらりと目眩がして、壁に手を付く。
『ずいぶん魔力を吸われたわね』
ポーチに収まるワルルが言った。
ハッキングに魔力を多用したとはいえ、一回の
原作のアニメで彼女は平然と
「……やっぱり、あの子にこんな物使わせなくてよかった」
死因となるアイテムを彼女の手から没収できた。
これで彼女が死ぬことはない。
重く感じる身体とは裏腹に私の心はとても軽かった。