ドロテアが意識を取り戻すと、そこは天蓋付きのベッドの上だった。
――知らない天蓋……。
「あぁ……目を覚まされましたか、姫様」
「……ん?」
人間の女が、ドロテアの顔を覗き込み、安堵の表情を浮かべていた。
女は脇に控えていたもう一人へ、
「先生をお呼びしてください」
と告げると、少し乱れた掛け布団を整え、優しく微笑んだ。
「よかった……」
ドロテアが上体を起こそうとすると、女は慌ててそれを制した。
「先生をお呼びしました。もう少し、そのままお休みくださいませ」
何か様子がおかしい。
そう感じたドロテアは、とりあえず成り行きを見守ることにした。何より、相手からはまったく敵意を感じなかった。
ほどなくして医者らしき男が部屋へ入ってきた。
ベッド脇の椅子へ腰掛けると、穏やかな声で尋ねる。
「姫様、ご気分はいかがですか?」
「……悪くない」
「……?」
医者は少し首を傾げたが、気を取り直してドロテアの額へ手を当て、呪文を唱え始めた。
身体の異常を調べる魔法だとすぐに分かったので、ドロテアはされるがままにしていた。
「問題はないようです。起き上がって、お食事を召し上がるとよろしいでしょう」
そう言い残し、医者は部屋を出ていく。
「陛下へ姫様のご無事をご報告して参ります。どうぞ、今しばらくお休みくださいませ」
侍女も部屋を出ていき、一人きりになる。
ドロテアは掛け布団を跳ねのけ、自分の身体を見下ろした。
……手も足も、小さい。
ベッドから降り、壁際の姿見の前へ立つ。
そこに映っていたのは、白いフリルをふんだんにあしらった寝間着をまとった、五歳ほどの愛らしい人間の幼女だった。
「なんじゃこりゃぁぁぁー!」
思わず叫んで頭を抱える。
すると、扉の向こうから衛兵が慌てた声を上げた。
「レイネシア姫様! どうかなさいましたか!?」
「な、なんでもない! 入ってくるでない!」
「は? ……は、はい」
……レイネシア姫だと?
ワシのことなのか?
もう一度姿見を見る。
映る姿は変わらない。
……聖剣エクスチェンジャー。そういうことか。
おそらく、このレイネシアという娘とワシの魂が入れ替わったのじゃろう。
しかし――。
体内の魔力を探る。
かつて当然のように満ちていた膨大な魔力は、その欠片すら感じられなかった。
絶望した。
……これでは、ただのか弱い幼女ではないか。
もしレイネシアの中身が魔王ドロテアだと知られれば、今のワシには抵抗する力などない。
その時、勢いよく扉が開いた。
豪奢な衣装をまとった壮年の男が駆け込んでくるや否や、姿見の前に立つドロテア――いや、レイネシアをひょいと抱き上げた。
「おぉ! 余の愛しいレイネシア! 目覚めてくれてよかった!」
男は頬ずりまで始めた。
気分は最悪だったが、突き飛ばす力もない。怪しまれる方が厄介だと判断し、されるがまま耐える。
「子煩悩もほどほどになさいませ、王よ。お気持ちは分かりますが、大げさですわ」
後ろから付いてきた女――おそらく王妃が、苦笑しながらたしなめる。
そこにも悪意は微塵も感じられなかった。
「ん? どうしたレイネシア。まだ気分でも悪いのか?」
硬直している幼い姫を見て、王が心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫ですわ、お父様。少し驚いただけです」
王は目を丸くした。
「言葉遣いが随分変わったな。また絵本の影響か?」
「そ、その通りでございますとも! さすがお父様、ご聡明でいらっしゃいます!」
「はっはっは! 『聡明』とは難しい言葉を覚えたものだ!」
王は豪快に笑うとレイネシアを王妃に渡した。
王妃は腕の中のレイネシアを不思議そうに見つめ、小さく首を傾げた。
……レイネシアの言葉遣いの正解など知らんて!
ドロテアは心の中で悪態をつき、とりあえず子どもらしくにこっと笑ってごまかした。
やがて軽食を載せたワゴンが運ばれてくると、王と王妃は部屋を後にした。
給仕をする侍女へ、それとなく事情を尋ねる。
レイネシアは庭で遊んでいる最中、突然意識を失って倒れたらしい。
医者にも異常は見つけられず、そのままベッドで休ませていたところ、数時間後に目を覚ましたという。
「姫様にもしものことがあれば、レオナルド殿下がお帰りになった時、どれほどお悲しみになったことか。本当に何事もなくてよかったですね」
侍女がお茶を淹れながら言う。
……ん? レオナルド?
どこかで聞いたような――。
あっ!
「レオナルド・コンウェル・バーンスタイン!」
思わず大声が出た。
だが侍女は驚きもせず、穏やかにお茶を注いでいる。
「はい。殿下のお名前をきちんと言えるのですね。姫様の大好きなお兄様ですもの」
……聖剣エクスチェンジャーを持つ勇者レオナルドが、このレイネシアの兄。
ならば聖剣を調べれば、元に戻る方法も分かるかもしれん。
しかし……奴は無事に帰ってこられるのか?
あの後、一体どうなった?
そんなことを考えながら、お茶をひと口飲む。
「……このお茶、うまいな」
「……?」
侍女はまた少しだけ、不思議そうに首を傾げた。