カッカッと冷たい床を叩く靴の音がした。
「鬼怒川ライ、間宮ムギ。ゲヘナ学園への移送が決まった!立て!」
鉄格子の外から届く僕達の名を呼ぶ声。
振り返れば、見知った顔の局員が不満しかないと言わんばかりの態度で立っていた。眉間に深い皺を刻み、鍵束を苛立たしげに指で回している。
「移送だって?僕らをゲヘナに返さずここに留めているのは連邦生徒会の会ちょーだろう。矯正局だけで好き勝手していいの?」
「その生徒会長が行方不明なんだ。この件は現在、防衛室長が引き継いでいる。」
「エイプリルフールのつもりかな?まだ三月だよ。今は春休みさ!」
「いや、嘘じゃねぇよっ!」
「……へェ。」
いい事を聞いてしまった。
思わず尻尾をユラユラと動ごかしてしまう。
「よし。局員さん…今日はもう解散にしようか。」
「なんでだよッ!!」
「ちッ。お前さっきからうるせぇんスよ!見てわからねぇーんスか?ウチら今、獄中新婚さんプレイに興じてるんで、ちょっとアッチ行ってもらっていいっスか?…ねっ?アニキ!ねっ?」
「うん。…ちょうどシーズン2に入ったところでね?矯正局に居る間、暇だからと二人で立てたスケジュールが押しているんだ。」
お伺いを立てられた僕はそれに応えるように、そっとムギちゃんの肩を抱いて寄せる。
彼女の体温は暖かくて、薄い囚人服越しにじんわりと僕に熱を移した。
「ア、アニキ///」
「恥ずかしがってて草。」
「バカがよっ!移送するって言ってんの!毎日毎日ぃ!もううんざりだっ!ゲヘナでやれっ!このクソバカヤローどもっ!!三人も局員をノイローゼにしちまいやがってっ!!」
がしゃんと鉄格子を叩く局員を見て、僕とムギちゃんは顔を見合わせる。
「あれ?移送ってマジなんスか?ほんとに?」
「……あぁ、取引があったんだとよ。ま、一年の私はそれしか教えてもらえなかったけどな。」
「「ふーん。」」
「こいつらッ!聞いといてそれかよ!もういいから立てってば!!」
「わかったよ。僕達、服を着替えるから後ろを向いてくれるかい?」
「オイ!後ろ向けっス!アニキが恥ずかしがってるだろうがッ!!」
「あ"ぁぁぁぁぁあ!もぉぉぉぉぉおッ!!」
頭を掻きむしる局員を見て、打てば響くとはきっとこの事だな。なんて思いながら、僕と彼女は囚人服からゲヘナ学園の制服に着替えていく。衣擦れとファスナーを上げる小さな音が、静かな部屋に響いた。
「むむっ!」
彼女の薄いクリーム色の髪に紫の瞳。赤いリボンを付けた白いシャツにゲヘナっこ達がよく履いているタイトなミニスカート。
「ムギちゃん。久しぶりに見たけど制服姿も素敵だね?似合ってるぜぃ。」
「えへへっ。うれしいっスー!!」
そう言ってムギちゃんはおしりをぷりっと振って、わざとらしいセクシーポーズを取った。
「でも、アニキも負けてないっス!その母校愛溢れる紫の柄シャツがイカすっスよー!!」
「うん、実はそうじゃないかと思っていたんだ!」
僕も、ぷりっとおしりを突き出し見様見真似でセクシーポーズをキめて応戦する。柄シャツの生地が体に沿って伸び、ちょっとだけ動きづらかった。
「ぶふッ……流石っスよ、アニキ。この勝負、ウチの負けっス。」
「そうかい?けれど君は少し僕に甘いからね。ここは第三者である局員さんに選んでもらおうじゃーないか。どちらがよりセクシーであったのか。…どうだ乗るかい?」
「ムムッ、受けて立つっスよ!!」
そういうことになったので、二人揃ってちらッと局員の方を見ると瞬きひとつせず僕らを睨みつける姿がそこにはあった。目尻にはうっすらと涙が溜まっているように見える。
「あっ……泣いてる?」
「あーぁ。アニキのせいっスよー?」
「ぐすっ……泣いてねぇし。…なぁ、もういいだろ?頼むよぉ…」
泣きが入った局員を見て、なんだかだれてきちゃった僕は話を強引に進めることにした。
「あーはいはい。僕達どうしたらいいわけ?」
「しょうがないっスねー!もぉー!」
「…鉄格子の前で…ゔぅッ…背中を向けて両腕を出せ。…ずずっ…手錠を付けるから。」
言われた通りに格子の前で後ろを向いて両腕を背中に回す。
それからすぐに二人分カチャりと手錠のはまった音が聞こえた。
続けて彼女は持っている鍵束を使って牢の入り口を開錠した。
「……………さぁ出ろッ!移動するぞ!」
鉄格子に頭の角が引っかからないように少し屈んで廊下に出た僕は、ふと思う。どうしてこの局員一人だけなのかと。
春休みで三年生が卒業して人手が足りないのだとしてもあと一人くらい居てもいいんじゃないか?
チラと局員を見やれば、今もこちらに銃を向けるでもなく鍵束を指に引っ掛け、ぐるぐると回して遊んでいる。
「何突っ立ってんだ。行くぞ!ほら!」
どういうつもりなんだ?いくら手錠をはめたからって油断しすぎでは?僕らがこれから暴れてもどうにかなる理由があるのか?
……ヒナちゃんがここに…矯正局まで来てるとか?
風紀委員会は引渡しの為にゲヘナ自治区の境界で待機させていて、ヒナちゃんだけが万が一に備えて護送に同行する……有り得ない話じゃないね。
だとしたらめんどくさいし、ここは大人しく護送されてゲヘナまで連れてってもらおうかな。
「ムギちゃ…」
「えいやぁーっス!!」
「ん?」
ムギちゃんの右膝が局員の鳩尾に吸い込まれていく。
……しまった。
「おら"ぁッス!!!」
衝撃で体がくの字に折れ、降りてきた局員の頭に追撃の回し蹴りが入る。
「うぐっ…………………………。」
局員は僕達の居た反対側の部屋の鉄格子に後頭部をぶつけてそのままズルズルと崩れ落ちた。
「アニキ!これで脱走できるっスね!!」
「…あぁ、うん。ありがとね?」
「えへへっ、とんでもねぇーッスよ!」
満面の笑み。…仕方がない。
ゲヘナまで素直に運んでもらうか脱走するか、それが決まっただけのこと。
「ムギちゃん、その子の服から僕達の手錠の鍵がないか探してくれるかい?」
「りょーかいっス!…アニキは?」
「僕はこのフロアの囚人達を解放してくる。」
床に落ちている鍵束を尻尾の先を使ってすくい取る。
顔まで近づければ、やはり管理の為に番号が振られてあり、そしてそれらは連番でまとめてあった。
「ん?人数増やすんスか?」
「うん。ヒナちゃんが来てるかもしれないからね。脱走するなら人手が欲しいよ。」
「来てるんスか!??」
「想定だよ。でもホントにここへ来ていて備えてなかったから失敗しましたじゃ、つまらないだろう?」
「…ッス。」
「それに来ていなかったとしてもキヴォトスの治安が多少悪化するだけさ。連邦生徒会ちょーが居ないならそれも誤差だよ。」
「………ほーんっス。んじゃ、アニキまたあとで!」
話を切り上げて局員の上着を漁り始めたムギちゃんをみて僕も歩き始める。
「…ハハッ。すぐにわかるよ。」
さて何人居るかな。たくさん居てくれると助かるんだけど。
視界の隅に映った監視カメラに向けて、ばちこーんとウインクを決めながらそんなことを思う。……あ、出来てないかも。
ペタペタと冷たい床を擦る僕のサンダルの音が廊下によく響いた。
「委員長!鬼怒川ライが推測通り行動開始しました!」
報告を受けてモニターに目をやれば、カメラに顔を向ける彼の姿を捉えていた。どうしてか片目だけ目がイッてしまっている。
「…っ……そう。休憩は終わりね、準備させて。…ふふっ」
「はい!」