鳴り止まない警報の音。元いた部屋の前まで歩いて戻れば床に転がった局員をおしりで踏んづけているムギちゃんが僕を迎えてくれた。
「おかえりっスー!」
僕はそれを見て眉をへにょりと下げて困り顔を作る。
「ただいま。ムギちゃん、話があるんだ。」
「むふふふっ…あ、ウチもあるっス!…お先にどうぞ…んふふふふふふ。」
僕と僕の後ろを確認して彼女はニヤニヤと意地悪く笑っている。
「悲しいけれど脱走に協力してくれる仲間はゼロだ。」
「あははっはっはっ!この男一人で帰ってきたっス!アニキぃ!仲間はどこっスかぁ〜!!!」
「あぁ。言うと思ったよ、それ。」
心底可笑しいと足をジタバタ動かしてリアクションをとる彼女を見て、僕は一言だけお気持ちを表明する。
「ムギちゃん、こんなはずじゃあ…なかったんだぜぃ?」
「アニキかわいそうに…ヨシヨシしたげるっス。あ、手錠付いてるから無理っスね。今の無しで!!」
「残念だ…事前に知らされていたらしい。ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナが来るって。それと僕達を手伝わず大人しくしていれば改心したと判断する材料に加えるってね。」
「ふん。根性ないっスね、そいつら。ぜってぇーキンタマ付いてないッスよ!」
「だろうね。付いてる顔には見えなかったよ。…あとはスズちゃん?を裏切れないって言ってる子もいたな。」
「スズちゃん……何者っスかそいつ。」
「さぁ?僕にも覚えがない。もしかしたら僕と敵対関係にあったギャングチームのヘッドなのかもしれないな。裏切れないと話していた子はそのチームの……いやそんな話はどうだっていいんだ。ま、そんなわけでヒナちゃんが来てる。」
「むぅ!ハードモードっス!」
「僕からは以上だよ。」
「んじゃ、ウチの番っスね?…たら〜ん☆ 」
椅子にしていた局員から立ち上がったムギちゃんが後ろを向いて手のひらの手錠の鍵を見せびらかしてくる。
「意外だ、囚人の方がダメだったから鍵も無いかと思ってた。」
「でもそれだけっスよ。持ってた銃、弾が入ってなかったっス。身に付けてた弾倉も全部空っぽでしたし。」
「あらら。僕らに利用されることがないようにしたのかな。……うん?じゃあ僕らが脱走しようとするのは想定内だったってこと?この局員が一人だけだったのも……」
「他の階も確認しとくッスか?」
「……いーや。めんどくさい。鍵を貸して?君のから外そう。」
手錠を外す為にふたりで背中合わせになって会話を続ける。
「っス。それでどこから逃げるんでス?ダクトとか?」
「やだよ狭いし、服が汚れるだろう?あと僕の角が引っかかるし。」
「んもぉ〜!わがままなんだからーっス!!じゃあどうするんスかー!」
「正面から出て行こうと思う。」
「えぇー!!? ってことはヒナちゃんとバトるんスかー?」
「うん。突っ切っていこーぜぃ!」
手錠の鍵穴を親指の腹を使って確認した後、少し指をずらしてあたりをつけてから鍵を差し込んで回す。
「っ!外れた!ありがとっス、アニキ!!そのままじっとしとくっスよ?マジ秒っスから!」
「んむ。」
手錠内部の噛み合わせが外れる音がして僕の両腕が自由になる。
「ありがとね、ムギちゃん。手錠は二つとも君が使ってくれ。」
「いいんすか?アニキ!」
「いいよ。」
「あっ!じゃあ代わりにアニキにはこれあげるっスよ!」
手渡されるくしゃくしゃに丸められた真紅の布。僕はそれを広げて思わず目を見開いた。
「ムギちゃん!これをどこで!?」
「こいつが履いてたっス。」
足元の局員をムギちゃんが指差した。
よく見ればミニスカートが少しずり上がっている。
「ギラギラおパンツをっ!!? 脱がせたのかい?」
「すッス。公務員にあるまじき派手派手おパンツッス。」
そう言ってムギちゃんは局員のおしりを蹴った。
「これを…僕に?……んん"っ。君の忠誠を受け取ったよムギちゃん。」
「粗末な物で申し訳ねぇッス。」
雑に頭を下げて謝意を示すムギちゃんに僕は一喝する。
「何を言うんだっ!気持ちが大事なんだっ!こう言うのはっ!!ありがとうっ!!!」
丁寧に畳んで、贈り物を柄シャツの胸ポケットにしまう。少しポケットからギラギラがはみ出てしまったが。僕はひとつ鷹揚に頷いてみせる。
「むむむっ!!それ、差し色ってやつなんじゃないッスか?アニキの赤い角と赤いギラギラおパンツで纏まって見えるッス!」
「ん? そうかい?」
「はいっス!……アニキ、ウチのも欲しいッスか?」
「欲し…いや、待った!こうしよう。」
「?」
「僕ら二人で矯正局を出てゲヘナへ帰る。これが達成された暁には、おパンツを君から受け取る。」
「おパンツトロフィーっスね?りょーかいっス!」
「んむ!けれどもし達成されず護送車でゲヘナに運ばれるようなことがあれば、僕の方からムギちゃんにおパンツを渡そう。…そうだなぁ、ヒナちゃんのだ!ヒナちゃんのを渡そう!」
瞬間、ムギちゃんがギョッと飛び上がった。
「ッ!?びっくりしたっス。今、ヒナちゃんおパンツを賭けたように聞こえたっスよ?」
「言ったよ。そう言ったんだ。」
「フツー自分のを賭けるんじゃ?ウチ、ヒナちゃんのよりアニキのが欲しーっス。」
「……今日。僕が履いてるおパンツは、このシャツと同じゲヘナ校章柄なんだ。」
カチャカチャッとベルトを外して膝までズボンを下ろし、ムギちゃんに柄を見せる。
「キッッッッッモッッww」
「悔しいけれどムギちゃんのおパンツに太刀打ちできる気がしていないんだ。わかってくれるかい?」
「……それならしょーがないっス。でもアニキ!そのおパンツいい加減卒業するっスよ!柄シャツの方はもう諦めたっスけど!」
「諦めたってなんだ?気に入っているんだが?…それで、合意とみてよろしいかな?」
「むふーっ!よろしーっス!」
ダダダダダダダッ!!!
僕とムギちゃんのコミュニケーションに割り込むように建物の外から聞こえる連続した発砲音。廊下の壁があっという間に砕け、人が一人通れる大きさの穴が空くと白い塊が飛び込んでくる。
更に放たれた無数の弾丸が紫の軌跡を作りながら僕の身体を正確に叩いてパラパラと床に落ちていく。
「私がッ!よくないッ!!…ハァ…ハァ…勝手に賭けないでッ!!」
肩で荒い呼吸をしながらマシンガンをこちらに構える赤い顔の白髪少女。その銃口からは硝煙がのぼっている。
「……すごいな、君。監視カメラの映像を見てたんだろうけど。ここ三階だよ?」
「あわわわ!?アニキっ!ヒナちゃんっスよ!?」
「その賭けは無効よ。中止して!」
「そうは言うけれど、3分の2が合意しちゃったんだよね。多数決ってこういうことなんだろう?」
「私がしてないッ!理不尽すぎるッ///」
「…何をそんなに恥ずかしがっているの? 賭けの内容を聞いていたのでは?おパンツ脱ぎたくないなら僕らを見逃せばいいって話さ。」
「そうだそう──ッ」
僕の背から顔だけ出して茶々を入れたムギちゃんのおでこをバッチーンと音を立てて1発の弾丸が襲う。
白目を剥いて気絶した彼女が床に倒れる前に腕を伸ばす。
けれど間に合わずゴッと鈍い音を立てて床に顔から衝突した。僕は慌ててぴょんぴょんと近づきムギちゃんの前髪をめくる。
「な、なんてことを!おでこが赤くなっている!たんこぶになったらどうするんだっ!!」
ムギちゃんのおでこを手のひらで指し示し抗議する。
「これで、合意してるのはライだけ!私は反対してる!」
「………………やるじゃないか。だから成立しないって?」
「そう。ライは逃さないし私も脱いだりしない!」
「納得がいかないな。」
「納得できないのは私の方ッ!!」
「…わかった、一旦諦めるよ。そうカッカしないで。」
「ずっと諦めてっ!というか、いい加減ズボンを履いて!」
「うん?あぁ、どおりでさっきから目線が下に行くなぁと思ってたんだ。えっち!」
「見てないッ!見てないから!」
ヒナちゃんが顔を真っ赤にして否定するのを聞きながら、ズボンを上げてベルトを締める。
「んー。ちょっとおしゃべりしないかい?聞きたいことがあるんだ。」
「……大人しく護送車に乗るなら考えてもいい。」
「それはどうかな?ほらっ!早く!ここ座って!」
壁に寄りかかって座り込む。それからヒナちゃんにも隣に座るように床をぺちぺちと叩いて招く。
「…はぁ。」
彼女は一度溜め息をついてからゆっくり僕の隣に膝を抱えて座る。
「それで…聞きたいことって?」
「そこに転がってる局員がね、僕らがゲヘナに戻れるのは取引があったからって言ったんだ。何か知ってるかい?」
「……元々、自称を含めたゲヘナの政治家達が連邦生徒会に対してライの返還要求をしてた。拒否されていたけど。」
「それは知ってる、面会に来てくれてたからね。」
「でもここ最近で、連邦生徒会長が顔を見せなくなった。それから急に返還要求に対して条件付きで応じると何故か防衛室から連絡が来た。」
「条件って?」
「お金。」
「ほーん。それだけなんだ。…今の防衛室長って誰かな?」
「不知火カヤよ。」
「あぁ!なんだカヤちゃんか。出世してるね。僕がシマのナイトクラブで開いてるブンガブンガの参加者だよ。知ってた?彼女、賢者タイムになると僕に説教するんだ。」
「…さぁ。」
「んぁ?君も参加しに来てるだろう?」
「……仮面を着けてる相手の素性を絶対に詮索しない、そういうルールなんでしょ。だから知らない。」
「おっと、そうだったね。今のは僕が悪かった。でも君、僕の上で腰を振るのに夢中になってると偶に仮面がズレてるから。」
ヒナちゃんの耳元に顔を近づけこっそりと囁いた。
「〜〜〜〜っ!」
抱えていた膝に顔をうずめ、言葉にならない声をあげて恥ずかしがる。
「…そかそか。カヤちゃんか。…あれ?もしかして僕とお友達だから忖度してくれたのかな?お金だけでいいってそういうことだよね。」
……………………ふむ。話が変わってきちゃったな。脱走成功させちゃうとまずいかも。
帰り方にこだわりはない。だから、護送車に乗って帰るのは問題じゃない。賭けも無効になってしまったし意地でもって気分でもない。方針を決めるきっかけを作ったムギちゃんは気絶している。起きたら僕もヒナちゃんに負けてしまった、とでも告げたらいいか。
「ねぇ、ヒナちゃん。僕、運転してもいい?」
「いいわけないっ!」
「カラオケ付いてる?マラカスは?」
「付いてないっ!!」
「さっ!帰ろっか?」
「うるさいっ!!!」
僕は立ち上がってムギちゃんを肩に担いだ後、顔の真横に来た彼女のおしりを一度だけペンペンッと叩いてからヒナちゃんに手を差し出す。
「……アカペラかぁ。うまく歌えるかなー。」
「歌うなっ!」
シャーッと威嚇する猫みたいになったヒナちゃんとエレベーターに向かって歩き出した。
鬼怒川ライ ゲヘナ学園三年生留年確定済
ヒノム火山近郊にある街のナイトクラブ『ソドム』を仕切るカラーギャングのヘッド。