逃げなくちゃ。…もっと…もっと遠くに。
追手に捕まったら、私はもう助からないかもしれない。
けれど、捕まるつもりはなかった。私はゲヘナに行くんだ!絶対に!
銃すら持たず着の身着のまま、走った。
初めて見るトリニティ自治区はとても綺麗だった…と思う。
少なくとも元いた場所なんかよりはずっとずっと。
元いた場所は暗く閉鎖的で希望など微塵も感じさせないところだった。この開放的な景色が、ひどく新鮮に感じられたけれど、今はそれどころではなくって。ただ逃げるための背景でしかなかった。
できるだけ路地裏を走った。汚れた格好をしているのは私だけだったから。私の服はあの場所での長い生活の汚れをそのままに帯びていて、誰の目にも異質に映るはずだった。
すれ違った少女達は汚れ一つないように見える。
湧いた惨めさから俯いて走った。
訓練と体罰が私の1日だった。唯一の楽しみは拾ったボロボロの女性誌を読むことくらい。その女性誌に載っていたゲヘナギャル特集ページからわずかな慰めを得ていた。あの場所ではそれが唯一の現実逃避だった。
……どれくらい走ったことだろう。
体力にだけは自信があったはずなのに、気づけばもう歩くこともできず路地裏に倒れていた。足が鉛のように重い。息は荒く、視界がぼやける。身体全体が限界を迎えていた。
膝が地面に触れ、冷たい地面の感触が疲労をさらに強調した。
自分がどこに居るのかすらもうわからない。
少なくともトリニティは抜けたはず…そう信じたかった。もしトリニティなら、追手に見つかる可能性が高い気がしてならなかった。
かすむ視界から何か場所を示すものを探そうと頭を動かした次の瞬間、顔に強烈な衝撃と遅れて痛みが走った。顔を蹴られたみたい。骨に響くような痛みが一瞬遅れて顔全体に広がり、視界がさらに揺れた。
そしてすぐ追手に見つかったんだと思った。けれど…
「よぉー、ねぇちゃん。ちょっとウチらに金貸してくれよ?」
そんな声が耳に届く。チラと声の方を見れば二人組のスケバンが立っていった。
顔を蹴られておいてなんだが助かったと思った。少なくとも殺されはしないだろうと。追手ではない、ただの地元の不良のようだったから、ほんのわずかだが安堵が胸をよぎった。
「なぁッ!聞いてんのかよッ!!!」
「っゔぅ…ゲホッ、ゴホッ…」
今度はお腹に蹴りが入った。腹部に鈍い痛みが広がって息が詰まり、身体が丸めてお腹を庇う。
「…ゲホッ……お金なんて…持って……ないよ。何も持ってないから。」
こんな奴らの蹴り、ずっと受けてきた体罰に比べればなんてことはなかった。痛いだけ。私の体はあの訓練と体罰で鍛えられ、耐えることには慣れていた。どれだけ殴られ蹴られても、ただ耐えるだけだった。
「そんなわけあるかッ!」
「ホントかもよ。コイツ、銃すら持ってないみたいだし。」
「…ちッ。変態かよコイツ……じゃあそのボロい服でいいや。それ売って金にしよう。」
………………は?そこまでするの!?
「ちょっと。流石にこんな汚い服誰も買い取らないんじゃない?。」
「わかんねぇだろ?ブラマの変態ロボットが買うかもしれねぇ」
「オイ、下脱がせろ。アタシ上やるから。」
「はいはい。きったないなー、もう。」
服に手をかけられて、たまらず両手で抵抗するが疲労のせいか力が入らず意味はなかった。だが抵抗したのが癇に障ったんだと思う。今度は頬を殴られた。頬が熱くなり、痛みがじんわりと広がる。口の中に血の味がした。
「てめぇ、なにチョーシくれてんだよッ!銃すら持ってねぇ変態がァ!!決めたぜ!テメェには下着すら残してやらねぇ!」
あっという間に何もかもむしり取られた。布がびりびりと引き裂かれるような音。冷たい空気が肌に直接触れる羞恥が一気に私を襲う。身体を覆うものがなくなっていくごとに、惨めさと無力感で胸がいっぱいになった。
彼女達は最後に私の靴下をすぽぽーんと脱がせ、
「これで勘弁してやるよッ!オラ”ッ!!!!」
私のお尻に向かって蹴りで締めの一撃を放つ。
蹴りの衝撃が残り、地面に倒れたまま動けなかった。
ま、間違いない。ここはまだトリニティなんだ。彼女達のこの性格の悪さ、絶対、絶対そうだ。……終わった。すぐに追手が私を見つけるはず。
ポロポロと両目から涙がこぼれ落ちる。
決死の思いであの場所から逃げてきたのに。
……ゲヘナ…行きたかったなぁ。私もゲヘナのギャルさん達みたいに可愛い格好がしてみたかった……うぅ………ぐすっ……
「…! オイ、こいつ。……フハッ!」
「ギャハハハ!なんだこいつの乳首、左右非対称にズレてるし、ちょっと端に寄ってないか?」
うぅ…ぐずっ…ひどい!…………あれ?
私の乳首をけなしたスケバン2人の後ろに人影が見える。
もう追手が…いやあれは…ゲヘナの校章…?じゃあ…ここはゲヘナなの?
男と女が1人。
髪を真っ赤に染め、角まで赤い男が最初に口を開いた。
「…んむ。端に寄ってるってのにはちょっと同意。
だけど、僕の乳首もその子同様にアシンメトリーさんなんだ。だから君のその意見は許せないぜぃ!!!」
女が続けてこう言った。
「おーほっほっほ!アシンメトリーさんなことには同意しますわ!けれど、ワタクシの乳首もその子同様にちょっとだけ端に寄っていますの!だから貴女のその意見は許せなくてよッ!!!」
「うわッ!びっくりした!な、なんだお前らぁッ!!!」
スケバン2人が慌てて背後を振り返る。
「…シラユリ、僕のお気持ちと内容がほぼ被ってるよ。」
「ライ!それはこちらの台詞でしてよ!」
「どうやら、あの子を助ける前にシラユリ、君とお話しする必要がありそうだね?」
「そのようですわ!」
「なんなんだって聞いてんだよッ!こっちはッ!」
「…パパとママは今、大事な話をしているんだ。いい子だからあと30分くらい待っててくれるかい?」
「…貴女、次、ワタクシとライの会話を遮ったら爪剥がしますわよッ?」
「やってみろよ?出来もしねぇクセに!」
持っていたライフルを肩に担ぎなおしてオラつくスケバンがシラユリと呼ばれた女にメンチを切った。
「あーぁ。言っちゃった。僕、知らないからね?」
「…ちッ。上等ですわッ!有言実行でしてよッ!!」
『…………ちゃん!起きて、ムギちゃんっ!』
────ッ!!!!
ガバッと身を起こせば、アニキが私を困った顔で見つめている。
「ウチは…あれ?アニキ。」
見つめ返せば、アニキのダークブラウンの髪の毛先に赤い名残があった。
「ぐっすりだったね?」
「えへへ、アニキとアネゴと初めて会った時の夢を見たっス!」
「いい夢だったかい?」
「むふー!悪くなかったっスよ。でもなんかおでこが痛いような………アニキ、なんでそんなに鎖でぐるぐる巻きにされてるんです?どういう状況っスか?」
間宮ムギ ゲヘナ学園一年生 留年確定済
ライ率いるカラーギャングのメンバー。どこかの脱走兵のようだ。
狭間シラユリ ゲヘナ学園三年生 ???