月明かりの照らす夜に、鮮血が舞った
「お母……さん?」
重い音を響かせて床に落ちる母の首を、現実だと受け入れられなかった
「おや、子供が居たのかい。……復讐なんて目指すんじゃないよ、相手するのは面倒だからね」
全身を黒で包んだ男はそれだけ言って、姿を消した
ーーー
「人間お化けが登校してきたぞー!」
その言葉とともに、多くの石が投げつけられる
「人のくせにお化けの制度使ってるなんてズルい!それでお金貰えるんでしょ!」
1つ
「よくも僕の告白を断ったな!絶対許さないからな!」
2つ
「アンタが行ってる花畑に行って妹が病院に行く羽目になったんだからね!」
3つ
その後も増える言葉、石
それらは全て、少女の持つペンのような機械から放たれる圧縮空気が阻んで届くことはなかった
黒く長い髪に小さな紫の花の髪飾りをした少女が、隣を飛ぶ黒のドローンに話しかける
「ノワール。今日の夕食は何が良いと思う」
『栄養面などを考慮し、ステーキを提案します。マスターは蛋白質を取らなすぎです』
「噛み切れないから苦手なんだ。まぁ、検討しておく」
『…………全く。ではハンバーグを用意いたしましょう。ところで、外の彼らのことはよろしいのですか?』
「構う必要はない。悪感情を持つ人間全てに対応していたらきりがないからな」
『……了解しました』
周囲のことなど気にも留めず、少女は学び舎へと足を運んだ
ーーー
母を失ったあの日から5年が経った今、私は学校のほとんどの人間に嫌われていた
きっと、母が見れば傷つくのだろう
それでも、私にとっては、金や色恋沙汰ごときでどこまでも醜くなれる彼らの輪の中に、無理に入り込むよりはマシだった
『マスター花咲紫。集中力が低下しています。また、少々体温が下がっています。今朝も夢見が悪かったようですし、早退しますか?』
純黒の機体を揺らしながら、ドローンがスピーカーから話しかける
「早退は却下だ、ノワール。この程度の体調不良で療養していては、支援金が減る」
「保健室の先生なオレとしては、キチンと休んで欲しいものだがな」
私が作成したAI搭載ドローン『ノワール』との会話を遮るようにして、蜂頭の養護教諭に声をかけられる
「……休息の重要性は理解している。貴方を見てな、蜂場養護教諭」
「おーおー、お硬いねぇ。蜂やんって呼んでくれてもいいんだぜ?この学校で校長以外の唯一のお前の味方なのになー。あと、この前ぶっ倒れたのはつっこまないでくれ〜」
「感謝はしているが、距離を近づけることに直接繋がりはしない」
『ミスター蜂場。許してあげてください、マスターは未だ成長途中ですので』
「まぁ、保護者がそういうんなら諦めるさ」
『フフン、マスターのお世話は私にしか務まらないのです』
世話をされた覚えはないが、誇らしげなノワールに水を差す必要もないので流す
「……ただの保健室の先生が言っても響かねぇかもしんねぇけどな。頼れる大人は頼れよ。紫」
「……助言は受け取っておく」
其処で会話を終えるため、ヘッドホンをつけて問題集を開いた
ーーー
「また石投げられる前に早く帰れよ〜」と蜂場に促され、紫は帰路についていた
『マスター。マスターが問題集を解いている間にシュークリームを買ってきてみました。食べますか?』
「受け取っておこう。どこの店のだ?」
『ご安心ください。きちんと人間種ではない方のお店のですから。店名は【お菓子屋ドリアード】です』
紙袋をアームから受け取り、紫は中身を取り出す
「あぁ、彼処か。それなら大丈夫か」
『彼処の店主は何故かマスターのことを気に入っていらっしゃいますからね。過去の商店のように商品にわざと異物を混入させることなどはないと予測します』
「……予測ではなくきちんとスキャンをしてくれ。そのためにわざわざカメラを改良したんだ」
『関係値とは信頼で出来ているのですよ?親切にしてくださる方の事を疑っていると捉えられる行動はたとえ命令でもできません』
「信頼なぁ……あまりいいものだとは思わないが」
「おや、君は死した母君のことも信頼していないと?」
バサりと大きな純白の翼が1人と一機の視界を遮る
それと同時に紫は嫌悪を表にする
「不快だ。用件だけ語って消えろ、天羽生徒会長」
「あいも変わらず切り捨てるための言葉しか紡げないのかい?救えないね。そんな幼子を救うために私たち天使はいるのだけど」
美しい金の髪を靡かせながら形容しがたい笑みを浮かべるのは紫の通う紺理小学校の生徒会長である天使種の天羽ホワイトという少女
校内の中では紫の最も嫌う相手だ
「聞こえなかったか?用件がないならばさっさと去れ」
「バカにされても自分を曲げない点だけは評価しようか。用件というほどのことでもないよ。保健室登校の問題児の観察結果を先生方に提出しなければならなくてね。少し雑談でもして記録を残そうかと思っただけさ」
大げさに身振り手振りをして演じる自分に酔う様に天羽は言葉を紡ぐ
「その件については蜂場養護教諭から話を通しているはずだが?」
「多く視点がある方が良いだろう?なに、同級生との会話に花を咲かせるだけのことだ。気負う必要はないさ」
「人をコケにする鳥モドキと咲かせる花などない」
「その口の悪さは低評価点だね。まあいい、機嫌を損ねてしまったようだし今回は去るとするよ」
「二度と現れるな」
「それはできない相談だなあ。またね」
数枚の羽根を落とし空を駆け消える天使の影に、紫は憎悪の滲む視線を向ける
『……マスター、帰りましょう。嫌なことがあった時はまずおいしいものを食べるのが一番ですから』
「……あぁ」
一人と一機は帰路についた
ーーー
「花咲紫、あのような環境で折れないとはなかなか芯が強い。通常児であればとうに心が壊れているはずなのだが……やはり技術力で孤独も加害も解決していることが問題か。ならば、次に取るべき行動は」
天使の口角が三日月に歪む
「技術では防ぎようのない絶望を与えてみよう」
生徒会室に、冷気が溢れた