『お母さん、今日もお話して!』
アルバムを取り出した紫へ百花がねだる
百花が紫を『お母さん』と呼び始めたあの日から、毎日のように百花は思い出話を聞きたがっていた
何度も、紫は想い出を語った
靴を履いたまま部屋に上がって母に怒られたとか、好奇心のままに家電の回路を分解して戻せなくなり泣いたとか、迷子になった時に身を案じた母に抱きしめられて幸せだったとか、母を失った後にノワールが完成した時ようやく家族を得たのだと笑っただとか、ノワールを通して接することで自分にも会話のできる人外種の知り合いが出来ただとか、いつかその知り合いの住む場所へ訪ねる約束をしただとか、他愛のないような話を、何度も繰り返した
その度に痛む胸の奥が、いつの間にか百花の声で埋まる。そして、痛みを誤魔化そうとする自分自身の浅ましさに、自己が人間であるという事実にひどく嫌悪感が湧いた
「正しい在り方が、私の理想が分からない。私はどうなりたいと望んでいるのだろうな」
紅茶から口を離し、零した独り言に百花が反応する
『昨日、外の先輩のお花さんたちが言ってたよ!小さい頃のお母さんは、静かにお昼寝をするのが好きで「ずっとこうしてたい」って言ってたって!』
その言葉に懐かしさを感じた紫が不確かな記憶を再現するように勢いよく顔を上げ庭を見ると、花々は答えるように風に揺れた
想い出ですらなかった記憶の欠片が色を帯びる
ただ母に見守られて、花の語るなんでもないような話を子守唄に眠った幼き日の記憶が、今再び経験したかのように思考を奪った
「そうか……それだけで、よかったんだな」
そっと抱きしめるように鉢を膝に置いたまま、紫は百花に感謝を述べる
「ありがとう。思い出させてくれて」
『えへへ、お母さんに恩返しできた?』
無邪気に喜ぶ百花を優しく撫で肯定し、紫は鉢を抱えたまま花畑へと歩いた
ーーー
7月が近づき暑くなり始めた庭で、紫は地面に座った
ただ、昔を振り返るように日の光を浴びながら瞳を閉じる
身体の奥底に晴れた空からの熱を溜めて、流れる風に髪を任せた
心音が内側から穏やかに脈打ち眠気を誘う
これが自身の望んでいたものだと、紫は理解した
『みんな、お母さんが久しぶりにちゃんと此処に居てくれて嬉しいって言ってる!声が聞こえなくなっても、大事な友達だよだって!』
百花を通して久しぶりに聞く花たちの言葉に守られていた頃のような安堵を覚えながら、微睡みに落ちていった
1つ、鉢から葉が落ちていることには気づかなかった