穏やかな日々は永遠には続かなかった
少しずつ、百花の生命力が落ちていっていた
「…………栄養分の吸収は過剰になるとより害になる。しかし、現状維持をしたとしても、より悪化することは明らかだ。どうするべきか」
紫はノートに様々な立案をし、そのどれもを却下することを繰り返していた
助けた生命に対する責任などという綺麗事ではなく、ただあれほどまでに自身を好いてくれた百花に生きてほしいという願いからだった
紫のその行動は、百花にとってとても幸せなものだった
野生植物であるが故に誰かから気にかけてもらうことなど本来であれば一生涯経験しないものだというのに、与えられる愛情がただ嬉しかった
だからこそ、苦しくとも声には出そうとしなかった
紫は可能なことを最大限試しながら、共に外で眠るなどして側に居るようにした
百花はそれに応え、何気ない会話をずっと交わした
けれど、別れの時は訪れた
萎れ、茶色に染まり枯れる寸前になっても、百花は苦痛などを口にすることはなかった
「どれも、失敗だったか……私は、何の役にも立たなかったようだ」
『それは違うよ!』
自身の無力に口をついて出た言葉は百花に否定された
『元々、きっとあの時にもう枯れるはずだったの。お母さんが拾ってくれたから、私はこんなに長生きできた!』
何もできなかったという紫の認識を、百花は全て書き換えていく
「……なぁ、百花。お前は、幸せだったか?」
紫の問いに百花は大きな声で明るく、優しく肯定する
『私は、誰よりも、幸せでした!だから、泣かないで!ずっと大好きだよ、お母さん!』
その言葉を最後に、色褪せた花が土に落ちて
百花の声は、二度と聞こえなかった
ーーー
枯れた百花の身体に静かに土を被せ、植木鉢ごと花畑へと埋める
悲しくはある。けれど、母を亡くしたときとも、ノワールを失ったときとも、異なる心情だった
私は、花咲紫は、最期まで見届けた。死なせてしまったことは変わらないはずなのに、その事実が私の認識を歪ませる
分析するのであれば、喪失感と達成感だろうか
胸の痛みでさえも、百花と生きた証なのだと、そう思った
「死後に世界や意識があるなどとは思わない。だからこそ、百花が幸せだと言って死したのだから、これ以上の終わりはきっと存在しないのだろうな」
できることなら終わらせたくなどなかった。けれど、もう取り戻すこともできない。ならば私は、前に進もう。傷も痛みも私と、私の家族が生きた証として
もう、私以外に証明をする生者が居ないから
涙は、流さなかった