家を出る前に纏めた資料を頼りに、紫は目的地を探していた
「……異能力がある故か、それとも他の理由かは知らないが、無制限に水を生み出す泉とやらを本気で研究しようとする人間が居ないというのは不可思議だな。都合が良いので今は用心しつつ疑問は置いておくが」
紫の家があった山とは遠く離れた高低差の少ない森の奥、確かにそれがあると情報はあれど他が何一つ分からない其処を目指し、ただ歩く
日が沈めば全身を結晶で包み、汚れを吸着させたそれを砕き消すことで身を清め、再び結晶に包まれて眠る。日が昇れば目的地を求め脚を進める、それだけを繰り返していた
「小目標としては水源の発見及び原理の解明、可能であれば再現性を照明し自立したライフラインの作成だが…………こうも移動という単純作業を繰り返すのは疲労が大きいな。あまり電力を使用したくはなかったのだが仕方ない」
そう言って紫はバックパックからドローンを出し、空から森を撮影する
「障害物のない進路は……少し遠回りになるがコレが安全か。電力の確保はこれまでの太陽光及び風力で発電した分で計算上足りているな…………よし」
収納されていた機材たちを素早く組み上げて、キャタピラを作った後に紫はそれに乗った
「異常があればアラームを鳴らせ。私は少し眠る」
返事をするように赤くランプが点滅した
ーーー
設定しておいた到着時間の5分前に紫は目を覚ます
「あれが目的地か……外見はただの湖だな」
水質を調べるため容器を水に浸そうとしたその時、後方から声がした
「その水に触るな余所者!」
其処には紫よりも少し背の高い少女が立っている
しばらく互いに警戒状態のまま、時が過ぎる
「…………警告の後には説明をするべきではないのか。何故触れてはならないか理由が分からなければ、他者の納得は引き出せないが?」
「えっ、あっ!」
紫の言葉に少女は慌ててスカートのポケットから紙を取り出す
「えっと、まずは名前からって書いてるから……私は此の湖の周りの村に住んでる星空 みさき!此の湖は私たちの村の所有物であり、余所者には接触の権利はありません!これでたぶんあってる!」
「……面倒なものだな。人間というのは」
そう言いながらも敵対する気はないため、紫は会話を続ける
「権利がないというのであればどのような手順を踏めば接触して良いとされる?私は原理の解明をするために来たのであって奪うつもりも争うつもりもないが」
「え、えっとその、私じゃわかんない……大人の人なら知ってるかも!ついてきて!」
「……まぁ、いいだろう」
警戒は緩めずに、紫はみさきの後を追った
ーーー
湖に沿って歩くと、木陰に隠れていた村落が姿を表す
「おとーさーん!ちょっと判断つかないから助けてー!」
みさきが1軒の戸を叩くと、中から細身の男が顔を覗かせた
「……みさき、そういうときは電話を使いなさい。村に余所者を招くなどしてはならぬことだ」
眉間にシワを寄せ、不快そうに男は言う
睨みつけられたみさきは怯えながらも説明する
「違うの!住みたいとか奪いに来たとかじゃなくて、この子は仕組みだけ知りたいって言ってるの!だから、どうしたらいいかわかんなくって……」
涙目で語るみさきに溜息を吐き、男はみさきの頭を撫でる
「困ったら大人を頼りなさいと言ったのは私だったな。仕方ない、次からは招き入れずにその場に残して聞きに来なさい」
「……はい」
親子のやりとりに区切りがついたところで紫が切り出す
「それで、私の解析作業はどのような手順であれば許可されるかは貴様であれば分かるのか?」
「……害する気のない旅の者の扱いは水龍様に一任されている。私には判断をする権限はない。しかし君は客の立場という自覚がないのか?此処は私達の居場所であり、その不遜な態度は普段であれば拘束に値するぞ」
「排他的であることの是非は問わないが、私を害するというなら敵と捉え迎撃する。この忠告を聞いてなおそうしたいのであれば好きにしたらいい」
張り詰めた空気が場を占め、数拍の後に男が首を横に振る
「やめておこう、無益な争いだ。さっさと水龍様の元へ行け。案内と監視はみさきにさせる。いいな、みさき」
「わかった!水龍様の居場所はこっちだよ!」
父に任されたみさきは、怒られた分を取り返そうと張り切って足を進めた
ーーー
「そういえば、あなたの名前はなんて言うの?」
案内をする途中、みさきがふと思い出したように問いかける
「花咲紫だ。どうとでも自由に呼べばいい」
「じゃあ紫、紫はどうやって此処を見つけたの?水龍様の巫女の人が『この村には他所の人間から興味を持たれないようにしています』って言ってたはずなんだけど」
みさきの言葉に、紫は少し考えて答えが出なかったため返答を優先する
「何故かは知らないが、私にはそれは作用しなかったようだな。インターネットには水の出続ける場所としておおよその位置が記されていたためそれを参照しながら辿り着いた」
「えー?おかしいなぁ、巫女の人の力って作用しなかったこと今までなかったんだけど。あぁでも巫女の人が水龍様の加護を貰う前の書き込みとかなのかな」
みさきが首を傾げていると、前方から鈴の音が鳴った
「みさきさん。あまり他所から来た方へ村の内部事情を話すものではありませんよ?」
「わっ、巫女の人!えと、その、ごめんなさい」
肩を落とすみさきに手首へ鈴を下げた巫女は微笑む
「はい、次はないようにお願いしますね。さて、来訪者様。此処からは私めがご案内をしたいと思います」
「……なんだ、随分と此処までの対応と違うな」
疑う紫に、巫女は恭しく頭を下げる
「村民たちの非礼をお許しください。水龍様と同格の御霊を持つ御方がこの地へ参られるとは思いもよらず、周知が遅れてしまいました」
「貴様らからの格付けなど知ったことではないが……祀られる龍種と私が同格とは、奇妙なことを言うものだな」
「それについての説明も、水龍様からございます。……どうやら貴女様は時間を取られることを嫌っているご様子のようですから、みさきさんも共にこうしてしまいましょうか」
巫女が鈴を指で弾き音を鳴らすと、周りの風景が揺らぎ
次の瞬間には、水流の壁に囲まれた青い部屋へと3人は立っていた
部屋の最奥には、大きな龍がとぐろを巻いて彼女らを見ていた