人間が虫のように見えるほどの巨躯を渦のように丸めた青い龍が紫へ視線を向けている
巫女が整った所作で龍へ礼をした
「水龍様、仰られていた方をお連れしました」
「ご苦労。鈴を使うのは疲弊したであろう、奥で休め」
重々しい瞬き、地の揺れるような声。だというのに不思議と威圧感はなかった
「さて、客人よ。まずは此度の来訪を心から歓迎しよう。あぁしかし、この地の水に触れさせることはできぬ。貴殿の胸中の誇りと同様に、我らにも譲れぬものがあるのだ。……ふむ?であれば原理を語れと思っておるのか。それは我が自由に決めてよいものではない。村民たち全ての同意がなければ、ルーツを公にするべきではないゆえに」
紫が一言も伝えずとも、水龍は話を進めた
それに紫は眉を顰める
「……なるほど、上位種というのは誰も人を害するのが好きらしい。思考を覗き見る許可を私はしていないのだが」
「…………これは失礼した。我が周囲にはそういった者が居らぬゆえ、配慮にかけていた。詫びよう」
怪訝そうに目を細めつつも謝罪する水龍に紫は問う
「それで、村民全員の同意を得ろというのは理解したが全員というのは何人分だ」
「そう警戒せずともこの地に住まう人間は多くはない。さらに言えば各家々の長にさえ納得してもらえば良い。若人ばかりの村、年長者が意思統一を図るのは当然のことよ」
「ええと、じゃあ紫は6回許可を貰えばいいんだ!」
水龍の言葉へ反応したみさきは、慌てて口を手で塞ぐ
それを見た水龍は微笑ましそうに喉をクツクツと鳴らした
「よいよい。幼子が自分を放られての会話に割り込まぬほうが不自然だ」
「私幼子じゃないもん……もうお姉さんだもん……」
いじけるように端に控えていくみさきを無視して、紫は続ける
「6つの住居から許可を得れば、水の尽きない仕組みを教えるということでいいのか」
「その認識で間違っておらぬ。では、元の場へ返すとしよう」
瞬間、世界がぼやけ、紫たちは元の森の中へと戻っていた
「では、こちらをどうぞ」
いつの間にか戻ってきていた巫女が紫へ数枚の紙を手渡した
「これは……地図と各家庭の在宅時間か」
「此度の水龍様の意図は試練ではなくモラルの話でしたので、必要かと思い用意いたしました。皆様から良き返事を得られるよう祈っております」
深々と頭を下げる巫女に見送られながら、紫は1番近くの家へ向かった
ーーー
其処は奇妙な家だった
シャボン玉が地面から浮かび上がっては屋根に届かず割れ消えていく
そんな景色が庭に広がっていた
「なんだぁ〜?見ねぇ顔だなぁ〜」
縁側から顔を覗かせた、作務衣を着た男が間延びした口調で紫に目線を向けた
「ん〜?おぉ~、星空さんとこの嬢ちゃんも居んじゃねぇか。なんだ?村の外からお友達でも呼んだか?」
「友達……じゃないけど、紫、じゃなかったこの子はこの村で水がどうやって保たれてるか知りたいんだって。だから村の皆に許可取ってる間見張ってるの!沫囲のおじちゃんは……」
みさきが口にしているところで紫が手を顔にかざして遮った
「了承を得るときに自ら発言をしないことは私の印象を悪くする。沫囲と言ったか、私は自分の知識収集のためにこの地の水資源の現状を解き明かそうとしている花咲紫という者だ。調査を行おうとしたところ、この地を治めているという水龍より住民達の了承を得れば教えると伝えられたため伺った次第だ」
「ほ〜、その年で研究とはすごいやっちゃな。いいぞ、オラは気にせんからな〜」
緊張感の欠片もない返事をする沫囲にみさきが問う
「いいの?家族みんなにも聞かずに答えちゃって」
「ええよええよ。どうせ口もきかん反抗期の娘しか居らんやからな」
「いいわけないでしょ!」
家の奥からそう叫んで高校生ほどの女が出てきた
「お父さん何考えてんの!?ご先祖様達の守ってきた伝統を他所の奴にバラすってことなのよ!」
「んだこと拘るもんでもねぇよ。かほ、伝統だなんだ言ってわけぇもんの邪魔すんのは不粋ってもんだ」
「〜っ!そんなだからお父さんのこと嫌いなのよ!」
かほと呼ばれた彼女はそう叫ぶと浮かんでいたしゃぼん玉を操り、その上に父親を乗せ宙へ浮かべた
「調査かなんだか知らないけど、私は絶対許さないから!どっかいきなさい!」
追い払うように余っているしゃぼん玉を紫に向けて一直線に放つ
しかし、それは紫の指輪が放つ電撃に阻まれた
「……たとえ威嚇行動だとしても、害された事実を許容するほど私は慈悲を持ってはいないが」
「余所者の感情なんか知ったものか!私はお母さんが、おじいちゃんおばあちゃんたちが守ってきた伝統を壊させない!」
紫を敷地から押し出そうとするように再びしゃぼん玉が集まる
しかし今度は放たれる前に橙の光が走り、全て割れてしまった
「……どうやらその泡はそれほど頑丈でもないらしいな。この距離を伝える以上、かなり与える威力は落ちているはずだが」
「嘘……なんで、なんで水龍様の加護が割られるの?今までどれだけ触れられてもこのしゃぼんは割れなかったのに……」
混乱するかほを無視して、紫は父親の方の沫囲に呼びかける
「少し電圧を下げて人体への害を減らした放電で泡を割る。火傷や落下による傷を負わないよう受け身を取っておけ」
「はぁ〜、最近のおもちゃはすごいなぁ。キラキラビカビカしとる」
「玩具ではなく私の作ったテスラコイル内蔵のアクセサリーだ。流すぞ」
沫囲が態勢を整えたのを確認してから放たれた紫電によって、しゃぼん玉は全て弾けた
「それで、沫囲家の承認は得たということでいいのか?娘は納得していないようだが」
「後でちゃんと説得するべ、今は良いことにしとき。あ〜、でもサインか何かあったほうがええな、ほれ」
懐から紙を1枚とボールペンを取り出し、サラサラと沫囲という文字が記されていく
「んじゃ頑張れよ若人〜」
沫囲は落ち込むかほの背中を押して家の中へと帰っていった