村を去り北に向かいしばらくして、紫は人外種の集まる街へと到着した
「いずれ行くとノワールが勝手に約束していたが、本当に来ることになるとは考えていなかったな」
思い出すのはたった数カ月前の、けれどもう戻らない遠い日の記憶
お菓子屋ドリアードにて、店主の畝間 有栖(うねま ありす)とのどうということのない会話だった
「『いつかマスターを連れてお伺いします』、だったか。思えばあれも許可設定をしていないのにノワールが自ら行動したことの1つだったな……」
紫が過去を想起していると、背後から声をかけられる
「あれ?ゆかりんじゃね?え〜!ホントに来てくれたんだ〜!テンションブチアゲ〜!」
「……店でなくとも変わらないというのは本当だったんだな有栖」
「トーゼンっしょ!あーしはどこであってもあーしだしね〜……って、いつもベッタリのノワっち居なくね?なんで?」
首を傾げる有栖へ紫は現状を語った
ーーー
「そっか……ノワっち居なくなっちゃったんだ……ねぇゆかりん、手とか合わせに行ける場所はない?」
「……墓などは作っていない。悼むのであれば私と同じように忘れず、生きていたのだと記憶に刻め。どうしてもシンボルが欲しければ置いてきた私の家でも使え」
「分かった。また偲びに行くね」
指を組み、少し祈った後に有栖は紫へと向き直る
「にしてもゆかりん、女の子がその年で一人旅とか危ないよ〜。あーしみたいなフィジカルつよつよお姉さんでもないのに」
「問題ない、害なす者への自衛は出来ている。というか有栖のほうが年下だろ」
「あーしらドリアードは成人してる状態で発生するから事実上26歳です〜!働き始めてから数えても4年よ4年、立派なお姉さんでしょ〜」
胸を張る有栖を種族の違いによる感覚の相違と割り切り、そこそこの雑談の後に紫は有栖に別れを告げる
「さっき言ったように、私はしばらくこの街で情報収集をする。それが終わればまた旅を再開するので世話になった分の金銭だ」
「別に要らないけど〜あーしが受け取らなかったとしてもゆかりんも使わないんなら貰っとこっかな〜常連さん2人との思い出として〜」
「そうしてくれ」
封筒を有栖へと渡すと、紫は街の図書館のある方角へと向かった
ーーー
街道に設置された地図を見て、図書館が見えてきた頃に紫の嗅覚へ懐かしい匂いがした
ノワールを生み出すよりももっと前、まだ5つに満たない頃、何度も抱きしめてくれたあの優しい香り
動揺のままに周囲を見渡すと、1つの人影が視界の隅を掠める
あり得ないと理解している
自らの手で首を抱え、火によって弔った、忘れるはずのない母の姿
それが今、横を通り過ぎていった
混乱のまま紫は影を追う
ただの人違いだとしても、それ以外に選択肢などなかった
歩幅の差で離れていく距離も、通りを外れ人の気配がなくなっていくことも
全て厭わずに、ただ走った
辿り着いたのは、壁で塞がれた行き止まり
人影は立ち止まり、何かをつぶやく
現れたのはコンクリートで覆われた景色にふさわしくない、色鮮やかな花々
一見すると母と共に育てたものによく似たそれは、細部を観察すれば全て造花だと分かった
中心で、母の姿をしたそれが振り返る
間違いなく、記憶の中の母の顔だった