母の顔をした人影は、紫を視認すると小さく言葉を放つ
「誰か……着いてきてるとは……思ったけど、そっか……貴女が紫ちゃん……?」
空気に響くその声も、母と同じものなのに
たった一言、それだけで彼女は母ではないと理解させられた
「……私の名前を知っているということは、母の血縁者か何かか?祖父母や叔父叔母などの話をされたことは一度もなかったが」
母本人でないのであれば見知らぬ他人であるため、紫は警戒を改める
その様子に、すぐさま彼女は両手を挙げて敵意がないことを示した
「私に……攻撃手段なんてないから……貴女と争う力はない、安心して」
困ったように眉を下げる表情が、母の落ち込んだ時と瓜二つで、紫は向けていた指輪を下げた
「自己紹介から……始めるね……私は、花咲造世(はなさきつくよ)。貴女のお母さんの、模造品」
造世がくるりとその場で回転すると造花が動き、まるで机と椅子のようになった
「仲良くなるために、お話ししよ……?」
座ることを促すように、造世は椅子を引いた
ーーー
「何から、話す……?紫ちゃんの、聞きたいことでいいよ」
瞳に視線を合わせる造世に対して、紫もまたしっかりと目を見て答える
「まずちゃん付けの呼び方をやめてくれ。聞くべきだろうことから質問するが、模造品とは一体どういう意味で、花咲造世という存在にとって私は何だ」
「ん、分かった、呼び方は変える……そのままの意味。私は、貴女のお母さん、花咲 花を模して生まれた。紫、貴女は、私にとって……オリジナルの娘?ごめん、伝わる言い方が見当たらない」
「……他者を模倣する人外種か何か、という理解で良いか?」
要領を得ない造世の言葉に紫は自分なりに結論を出す
しかしそれは否定された
「じんがいしゅ?というのが何か、私は分からない……けど、言うとしたならば、私は怪異。種と言えるのは『増えるもの』……私は、ただ、『花の影』」
「…………人外種を知らないとなると、私の常識が全て通用しないと考えた方が妥当だな。異能力は知っているか。また、何を知っていて何を知らないかも教えてくれ。でなければ会話を続けれそうもない」
「いのーりょく?というのは、私はよく知らない。私の知っている力は、『『花』という存在の性質』そして『私たち、花咲造世という怪異の性質』。それだけ。よく分からないだろうから、説明する、ね……?」
そう言って造世は何処からか本を取り出した
「『花』という存在は花咲という名字を持った人間として生まれてくる。本質は、『その世界が望んだ人間』。俗な言い方をするなら、世界が望んだイマジナリーフレンドの実体化が、貴女や貴女のお母さんのような存在」
開かれた本には、『せかい』と額に書かれた子供が半透明な人間と遊ぶイラストが描かれている
「けれど本来、『花』は世界ごとに一人しか存在できない。世界にとって、存在しない人間を一人実在させることは酷く負担のあることだから」
捲られた次の頁では、せかいが自らの胴体をえぐり出し、人型へなるように捏ねている
「貴女も本当は生まれることはなかった。花咲花が娘を誕生させたのは、『外の世界』を利用して作られたこの世界は、別の世界として確立したから」
突然、イラストが動き出して、せかいがバラバラに砕け散る。そして誰かも分からぬ黒い人影がその破片を使って、小さな新しい『せかい』を作り出して、そのせかいが『ゆかり』と書かれた半透明な人間を生み出した
「これが、私の知る『あなた』……花咲紫という少女。此処までは分かった……?」
造世の目には、一切の嘘も狂気も宿っていなかった
紫は困惑したままに造世へ返す
「……俄には信じ難いな。この世界に多種の物理法則を無視した事象があるとはいえ、あまりにも突飛な話に聞こえるが」
「…………そう感じるのも、当然。外の世界はもっと、不思議なことが少なかったから、私や花咲花は、誰にとっても存在を信じられないものだった」
「証明をしてみろと言っても、不可能ということか?」
紫の問いに造世は人差し指をこめかみに当て、悩んだ末に何かを決める
「証明……?に、なるかは、分からないけど、やってみるね」
造世が宙へと真っ直ぐに手を翳すと、造花が輪を描くように浮かび上がる
その輪の先には、この場とは異なる花畑が広がっている
造世はその輪の中へと通り、紫を手招きした
「…………完全に信用しているわけではないのだがな」
何が突然起こっても対処できるように、警戒しながら紫は輪を通った
ーーー
「ようこそ、紫。此処は私たちの造花世界」
色鮮やか花々の中心で造世は腰を下ろしていた
紫もそれに倣い、造花の上に座る
「それで、連れてきて何を見せる気だ?」
「簡単……此処を通してなら、外の世界への輪も開いてるから。彼処にはもう、ほとんど何も残ってないけど」
造世の指差す先には、殺風景な廃ビルの並ぶ景色を映す輪があった