宿泊手続きを済ませた後、紫は造世に連れられて談話室に居た。造世が本棚から1つ書籍を取り出す
「紫、これ見てみて。きっと考えるヒントになる」
「歴史書か。なるほど、たしかにこの世界が何者かによって作成されたならばどのような特徴を持つか調べることは作成者を探すことに繋がるな」
紫が本を受け取り目を通すと、1つ違和感を覚えた
どの頁を見ても1000年より前のことについては調査された形跡さえなく、最後のあとがきにだけ『誰にも分からない神話の時代である』とだけ記されていた
「…………作られた世界だとするならば、1000以降を全てまとめて古い時代とするところから創造者の知見の浅さが伺えるな。とは言っても私も歴史について詳しいわけでは無いが」
開いているページを覗き込み、造世が首を傾げる
「……紫は、学校で、歴史、習わなかったの?」
「ある程度過去に何が起こったかは提示されたが、年代や個別の人物の名前は教科書にも載っていなかったな」
「…………やっぱり、歪、だね。この世界は。外の世界だと歴史の授業なんて、人の名前と年代ばかり、テストに出たんだよ?」
造世が語る滅んだ世界から、紫は仮説を組み立てる
「外の世界を材料に作ったのであれば、外の世界の住人であるはずだ。だというのに人外種が生息し造世の語る歴史の授業を踏襲していないということは、この世界の創造者は子供もしくはそれに準ずる程度に教養を得られなかった存在か」
「……そこまで、考えられるんだ。紫はとっても頭が良いね」
「やめてくれむず痒い……あぁもう!頭を撫でるな!そこまで母親役に徹さなくていい!何度も同じことをするな!」
撫でグセでもあるのかとぼやきながら紫は造世の手を軽く押し返した
ーーー
紫が機械の整備や設計、脳波の取得などをしていると人伝に陽龍の話を探っていた造世が虫の羽を持つ老婆を1人連れてきた
「造世、連れてきたその人物はなんだ」
造世が説明をするより前に、老婆が自ら話をする
「おぬしが陽龍を探しておる本人か。想定よりも幼いが……まぁ良い、どんな理由であれ彼の者に近づくのはやめておけという忠告をしに来たのだ」
「……言われたところで止まりはしないが、理由くらいは聞かせてもらおうか」
手に持っていた電極などを机に置き、紫は老婆の方を向いた
「幼き身に溢れる傲慢さを隠しもせぬとは、よほど自己に自信があるらしい。しかしこの忠告は善意だ。陽龍は現在、片割れである陰龍を亡くし安定を失っている。彼の龍らは2者一対であり、けれど失われた命というものは2度と戻りはしないのだ」
「…………知り得ない情報を得られる事には感謝するが、いささか回りくどい。端的に言え。陰龍が死したことで現在の陽龍というのはどのような特性を持つ」
「いいだろう。おぬしのような世の理を知らぬ幼子でさえ諦めにつくような恐ろしくも悍ましい陽龍の権能を語るとしよう。本来、彼の龍は生命に活性を与え安らぎをもたらしていた。されど活性だけでは世の均衡は保たれぬが故、いつも側には陰龍が居った。活性と抑制、2つ揃いてこそ陽龍は優なる者足り得たのだ。活性のみとなった陽龍は悪戯に周囲の魂を沸き立たせ、過剰に消耗させ、そして死に至らしめる。巨大樹となった森も、あと10年もすれば枯れ果てるだろう。樹木でさえそうなるのだ、人の身など瞬きの間に肉塊へと変わる」
真剣に、言い聞かせるように紫へ陽龍のことを伝える老婆の手は恐怖で震えていた
「……なるほど、大樹の森の木霊種か。樹の精霊たる自身の経験から他者を近づけないように努めていると推測するが。しかし活性か……対策の難しいものだが、どのような手段をとるべきだ……?」
「…………過去を見通し、即座に未来へと繋げるその頭脳は賞賛しよう。警告はした。さて、私は去るとする。この世界のものではない怪異の君、どうかこの幼子を守ってやってくれ」
「ん……わかった」
木霊種の老婆は諦めたように部屋を出ていった