「あんなことがあった次の日に自分をコントロールして登校できるの、普通にすげぇなお前」
保健室でいつものように紫が勉強をして一段落がついた時、蜂場が話しかけた
「……自己管理ができなければとっくに誰かへの庇護下に入っている。私は自立して生きることのできない幼子ではない」
「10歳が何言ってんだ。と言いたいがお前マジで一人で生きてるしなぁ……そういや、なんでいじめられてんの?」
ふと思い出したように口にしたあと、「やべ……」などと慌てる彼に紫は何でもないように答える
「きっかけは些細なことだ。放課後に共に遊ぼうと提案され、役所への書類提出があるため断った。それが気に入らなかったらしく、集団で加害を始め広がり今に至る」
『付け加えると、マスターが『特別事由一人暮らし支援制度』を利用していることも火に油を注ぎまして……あの制度は本来、突然発生した戸籍のない人外種の方でも生きられるように国が支援する目的で作られたものですので、対応できる範囲が広い故にマスターのように人間種ながら支援金を要請する人物は少なくなく、しかし人間種の方が承認される可能性は低いため小学生という年齢では『お化け種の人が使うものを不正利用している悪いやつ』という認識になるようなのです』
「……なるほどなぁ。じゃあ俺ら教師の教育力不足が実質的な原因か。すまん」
謝罪する蜂場に紫は手を横に振った
「教師個々人で対処できることでもないだろう。そもそもカリキュラムがある中で追加で教えられることなど少なくて当然だ。謝罪する必要はないし、されても返答に困る」
「そうか?ならやめておくか。あぁ、そうだ代わりというわけではないんだけどな。珍しい豆を手に入れたから珈琲飲まないか?」
紫が回答をするよりも前にノワールが返事をした
『マスターは甘いほうがお好みですので香りを立てながら味はマイルドにするといいですよ』
「ノワール、勝手に私の嗜好をバラすな。まぁいただくとする」
「よし、じゃ淹れてくるわ」
そう言って、蜂場は器具を取り出した。しばらくして、それぞれの席の前にカップが置かれていく
「……美味いな」
味を確認した紫は驚きを隠せない様子で感想を口にする
「そうだろうそうだろう。何せ俺が淹れた珈琲だからな」
サイフォンを片付けながら蜂場は得意気に胸を張る
『マスターがあまり積極的に関わろうとしないのでわかりませんでしたけど、ミスター蜂場も養護教諭として以外の特技があったんですね』
「むしろ俺それしかないと思われてたのか?というかそろそろミスター呼びやめてくれよ、お前だけでも蜂やんって呼んでくれたら紫も少しは呼ぶかもしれないしな」
『それはいいですね。それでは蜂やんさんに呼称を変更しましょう、マスターはもっと他者に心を開いてもいいはずなので』
目の前で楽しそうに会話された紫は少し嫌そうだった
「……本人が居る前でそういう話をするか」
「俺としてはむしろ目の前だからこそだな。流石に数年単位で養護教諭呼びは辛いものがあるぞ、割とお前にとっての特別枠に入れてる自信はあるんだが」
腕を組みながら堂々と返す蜂場に紫は少し考えてから溜息を一つ吐いて返事をした
「分かった、もう養護教諭とは呼ばない。蜂場先生の要望に応えよう」
「聞いたかノワールちゃん!あの紫が先生って!」
『ええ!やりましたね蜂やんさん!これは大きな進歩ですよ!』
オーバーリアクションをする彼らに「珈琲、ごちそうさまでした」とだけ言って紫は顔を背けて鞄から設計図と素材を取り出した
カップを下げながら蜂場はノワールへ疑問を投げる
「あれは何してるんだ?」
『電圧調整の可能なスタンガンの設計と組み立てです。昨日はあれを書くことに没頭することで精神安定を図っていました。次に似たようなことがあったときは処置の必要ない程度の気絶に留められるようにという理由もありますね。ペンシル型エアダスターでは防ぐまでしかできませんから』
「なるほどなぁ……反省を次に活かすことを精神安定とするのは結構おかしくねぇか?」
『マスターはそういう人なので』
その後は他愛もない時間が過ぎていった
ーーー
放課後、スタンガンを組み上げ帰宅しようと保健室を出た紫の前に1人、少女が立ちはだかった
風に揺れる長髪を羽根の意匠のヘアゴムでまとめている軽やかな姿とは裏腹に、その顔は険しかった
「花咲紫!今から校庭に来なさい!」
決意を固めたように、大きく息を吸ってから叫ぶ少女に紫はめんどうそうに返す
「貴様の要望に私が応える必要性を感じない。要件は理由とともに伝えるべきだぞ、風音 沙霧(かざおと さぎり)」
名を呼ばれた少女は不服を隠さずに声を荒げる
「そうやっていつも上から目線で!アンタのそういうところが気に入らないのよ!いいから来なさい、拒否権なんてないから!」
紫の腕を掴もうと伸ばした手は避けられ沙霧は更に苛立っていく
「〜っ!いいわよ、そんなに理由が聞きたいならハッキリ言ったげる!アンタのせいで入院してた妹が校庭で待ってるのよ!謝りに来なさい!」
「謝罪する事柄が存在しない。貴様の妹は勝手に私の跡を付け、その先で転倒しただけだろう」
辟易した様子で紫は目を細める。が、そこでノワールが口を挟んだ
『マスター。提案なのですが、校庭に行ってからその妹さんとやらも含めてきちんと話すほうが早く終わりませんか?』
「いいこと言うじゃない変な黒い奴!さ、ついてきなさい!」
上機嫌に進む沙霧を見て、紫はノワールを少し睨んだあと、首を振りやめる
『……駄目なことをしてしまいましたか?』
「いや、いい。どうせ此処で話しても押し問答だったのも事実だ。単に私にとって不快な選択だったというだけだ」
『それは、ごめんなさい、あまり意味のない会話を彼女に繰り返されるのもマスターにとっていい気分ではないと思い結論を急ぎ過ぎました』
「ああもう謝るな!怒ってはいない!私を思ってのことなら尚更怒る理由もない」
『……ありがとうございます』
会話をしながら、紫たちは校庭へ向かった
校庭では、腕を組みながら沙霧が待っていた
「やっときた!遅いのよアンタ!」
そう言い放つ沙霧の後ろには姉の服を掴み不安そうに立つ少女が居た
「お姉ちゃん、なんであの人居るの?怖いよ」
「安心しなさい沙代(さよ)!今からアイツをお姉ちゃんが懲らしめてあげるんだから!ほら、早く頭を下げなさい!きちんと沙代に怪我させてごめんねって言うのよ」
腰に手を当て、自分の言うことが全て正当であり当然従うべきとでも言うような態度に紫は淡々と事実を確認するような口調で説明をする
「貴様の理解にはいくつかの間違いがある。1つ、私は特定の意図を持って危険な道を歩いたのではなく、山間部に位置する自宅へ帰宅しただけだということ。そこの沙代とやらが行こうとした花畑は私の家の庭だ。2つ、私は謝罪のために来たのではないということ。非がないことを謝罪で納めることほど愚かなことはない。3つ、私が貴様に従うことは絶対にないということ。おそらく自分の正当性を説けば誰であろうと従うとでも思ったのだろうが、現実というのはそう簡単に思い通りにはならない」
「あーもう!またペチャクチャと言い訳ばっかり!いいわ、謝んないならこうよ!」
沙霧が紫へ向かって手を翳すと、風圧とともに紫の指に切傷ができていた
「……異能力の校内使用は校則違反だぞ」
「九知くんもやってたって妹を治してくれた天羽生徒会長から聞いたもん!私も好きに使っていいはずよ!沙代に謝るまで何回でもするからね!」
「……これだから子供は嫌いだ。ノワール、退避を」
『了解しましたマスター。……すみません』
そうして、紫は校庭のはずれからつながる森の中に身を隠した
ーーー
「出てきなさいよー!ちゃんと沙代に謝るなら怪我させないって言ってるでしょー!」
そう大きく声を上げる沙霧を視界に収めつつ、紫は見つからないように移動を続けていた
「さて、どうするか。ノワール、先程の攻撃は風の発生以外にどういった特徴が見えた」
『一度のデータしかありませんので不確実ですが、おそらく発生した風の中心部に僅かな殺傷力があるのではと推測します』
ノワールの理解と自身の理解に差がないことを確認した紫は手を口に当て、思考を巡らせる
「……自作したエアダスターではおそらく防ぎきることは出来ないな。明らかに向こうの風圧のほうが強い。であれば先程作ったばかりだがスタンガンでの無力化を図りたいが……」
『近づくことは危険ですね。距離が近いほど風の中心には当たりやすくなります。現状の所持品で無力化を図るのは少々難しく感じます、幸い姿も捉えられていませんし一度帰宅してもいいのでは?』
ノワールの提案に紫は首を横に振る
「それも手段の1つではあるが、自宅を把握している相手である以上あまり取りたくはない選択肢だ。……考えてもなかなか改善案が浮かばない時はデータを増やすに限る。ノワール、周辺の植物と風音沙霧の様子はどうだ」
『周辺には種の特定が難しい木の他には蒲公英などのよく見かける植物しかありません。カザオトサギリはマスターを見つけたと思ったら先程の風の異能を発動していますね。しかし前回発動時から15秒以内に再発動はできない様子です』
「……少し危険にはなるが、害してくる者の排除を優先する。ノワール、補助を頼むぞ」
そう言って紫は5月に入り綿毛となった蒲公英を摘み始めた
ーーー
虱潰しに紫が居ると感じた場所へ風を放っていた沙霧だったが、何処にも見当たらず姉としての威厳が示せないことに焦りを感じ始めていた
「何処に居るのよ!隠れるなんてやましい気持ちがあるからなんでしょ!」
一際大きな声でそう叫ぶと、ようやく探していた人物がいつものヘンテコなペンを片手に目の前に現れる
「貴様が攻撃をするから身を隠す必要があっただけだろう。状況によらず隠蔽をする者は悪だとするのは頭脳の未熟さの証だ」
現れると同時に吐かれる言葉は沙霧には届いていない。どうせ、ただ妹を傷つけた責任から逃げるための言い訳だから
「無理やりにでも頭下げさせてあげる!私が悪いことしたときはお母さんそうしてたもん!」
そう言って手を翳そうとした時、紫がペンから空気を発射し、それによって放たれた大量の綿毛に沙霧は視界を奪われた
「なによこれ!見えなくても風は出せるんだから!」
がむしゃらに出した風は紫の居た場所にはたしかに放たれた。しかし、紫はノワールによってその場所を既に離れていた
沙霧の首筋に痛みが走る。身体が動かなくなり、ただ紫の言葉に耳を傾けることしかできない
「貴様は傲慢だ。自己を絶対視し、他者から見たときの正当性を客観的に捉えない。そんな正義は正義と認められることはないと覚えておけ」
そして、沙霧の意識は落ちていった
ーーー
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
沙代が姉を心配して駆け寄る姿をよそに、紫はその場から離れようとする
そこで、ふわりと天羽がやってきた
「一度であれば見逃そうと思ったのだけどね、2度も同級生に危害を加えたとなるとこれは問題だよ花咲紫」
目を細め紫を見る天羽はどこか演技をしているようだった
「2度とも正当防衛だ。1度目は生命に危機があったから同様の危機を返し、今回も傷をつけられたので同程度の反撃として電気を流しただけで放っておけば勝手に起きる。そもそも、今になって出てこれるなら最初から貴様が止めればよかっただろう。生徒会長業務を放棄した者が正義のフリをするな」
紫は天羽の言い分を不当なものであると解説し、さらに怠慢を指摘する
「ふぅん、そう言うなら此処では処罰はしないであげよう。ただし、後に私以外から面談を受けてもらうよ。そのスタンガンは気絶させることができるなら殺傷もできるのだろう?そんなものを持ち歩いたことに対する形式としての罰は必要だからね」
そう言って天羽は沙霧と沙代を抱えて飛び去った
『……また、面倒なことになりそうですね』
というノワールのつぶやきに軽くうなずきながら紫は帰路に着いた