紫が辺りを見ると、全てが黒で包まれた立っているのか座っているのかも分からぬ空間だった
「……なるほど、昼頃の男を唆していたのも結局は貴様か。虚琴海利」
空間に溶けているかのような曖昧な輪郭が徐々にハッキリとした人型を取っていき、紫の前へ姿を現す
「いやぁ、すぐにバレるとは思わなかった。折角この陰龍の鱗を利用して作った夢空間で洗脳でもしようかと思ってたんだけどなぁ〜。きっしょくわるい家族ごっこしていた二人が、夢に影響されて殺し合うなんて素敵だろう?」
「貴様ごときにどのように思われようとどうだっていいが、随分と奇妙な物を持っているな。陰龍は誰の前にも姿を現さないと聞くが」
「そりゃあそうさ。陰龍はもう死んでいるよ。正確には僕らが殺したんだ。そっちが勝手にイデアを奪った僕らの世界にわざわざ出てきたからね。使えるものがない中で勝手に身体を縮めながらカビや病原菌、陰の気を撒き散らすから簡単に権能を解析されて今じゃ余った死体は全てが僕の装備品だ」
海利が見せつけるように前に出す手袋には龍の瞳のようなものが甲に埋め込まれていて、よく見れば手袋自体も鱗のある皮を鞣したような質感をしていた
「……検証のしようがない情報ばかりだ。私の母と関連した人物は全員こうなのか」
「おいおい、あの模造品と僕をまとめて一括りにしないでおくれよ。それに、データとしての記録が見たいって言うなら今すぐにでも取り出せるよ」
暗闇に手を突っ込んで、海利はカメラやパソコンを取り出す
「……夢の中で見せられるデータにどれほど信憑性がある。まだ異常空間とはいえ連続性のあった造花世界での目視のほうが信用できるぞ」
懐疑の目を向ける紫に、海利は軽く肩をすくめる
「君が花咲造世を信用しているのは、そういった理屈よりも害意のない、押し付けない愛情を感じているからだろう?でも残念、あれはただオリジナルの記憶に影響されているだけさ。君は誰にも愛されてなんか居ないよ」
ニヤニヤと笑う海利へ紫は怯むことなく言葉を返した
「たとえ今がそうだとして、私が母やノワール、百花に愛されて、それを返した過去は貴様がどう私を揺さぶろうと変わらない事実だ。その程度の言葉で私に傷をつけられると思っているのなら見当違いも甚だしいな」
「まったく、君は嫌な子供だ。普通の人間なら今ので簡単に崩れるのにさ」
段々と、空間が崩れていく
「まあいいよ、君を殺す準備は着々と進んでる。せいぜい怯えて過ごすことだ」
そうして、夢は終わっていった
ーーー
紫が目を覚ますと、既に開いていた造世の瞳と視線が合った
「おはよう、紫」
「おはよう、造世。……先に起きていたのなら起こしてくれてかまわなかったのだが」
「ん……寝てる顔が、可愛かった」
仕方がないとでも言うように頷く造世を無視して、紫は布団から立ち上がる
手早く身支度を済ませる紫を、造世は静かに見守っていた
荷物をまとめ旅館を出た後、紫は造世へ夢の中であったことを共有した
「造世の夢へは、虚琴海利は現れなかったのか?」
「うん……たぶん、できなかったんだと思う。私は、人間ではなく、外の世界の怪異。彼が使う技術の対象が人間だとすると、私のことは、選べないから」
その言葉に紫が考え事をしていると、造世が紫の顔を覗き込んだ
「夢という言葉で、連想したけど、紫は、将来の夢は、ある……?1人で、誰にも頼らず生きられるようになって、どんなことをしたい……?」
一度先程のことを置いて、問いに答えるために思考する
脳裏に過るのは、幼き頃の母との思い出、ノワールとのなんてことのないじゃれ合い、百花との時が遅く流れるほど穏やかな会話、そして造世と過ごしている今だった
「私は……ただ、記憶を反芻する日々を過ごしていたい。誰に害されることもなく、誰を傷つけることもなく、微睡みの中で過去に貰った大切な想いを、宝石のように愛でていたい」
紫が望んだのは、そんな小さな願いだった
「そっか…………紫は、優しい子、だね。分かった、一緒に、できる方法、探そっか」
造世は、別の願いがないか尋ねることも、願いを否定することもしなかった