「それで造世、次に尾鳥城に向かうのは何故だ。あまり尋ねる相手や内容も存在せず、ただ時間を浪費しているように感じるのだが」
造世の示した目的地に、紫は理由を欲する
「何故と問われると、答えるのは、難しい…………でも、なんとか必要性を探すなら、私は……あなたに、普通の子としての経験も、してほしい。だから、これは、遠足の代わり」
出された答えに紫は否定的な様子を見せる
「そういった考えで行く道を阻害するのであれば私は切り捨てなければならなくなるが」
「たしかに、私のエゴの押し付けではあるかもしれない……けど、きっと、紫にとっても無駄じゃないよ……?お城っていうのは、特に、迎撃の象徴。紫の将来の夢にも、関わってくる」
造世の示した理由に、紫は不機嫌なまま納得した
「……エゴイズムにつき合わされているという点自体は気に食わないが、攻め込まれぬようにする設計と生活領域の両立はサンプルとしては最適ではあるな」
「其処は、ごめんなさい。少し、親のふりを、しようと、し過ぎているかも、しれない」
落ち込む造世を見て、紫は顔を背ける
「……いい。一度納得したルートに再び疑問を呈する私もコミュニケーション能力が足りていなかった」
しばらくの沈黙の後、空気を変えたのは造世の方からだった
「ん……これからも、一緒に行動するのに、ギスギスしたままはよくない。仲直り、したい。どうしたら、いい……?」
「…………同様の事態を起こさないこと、関係は悪化していないという様相をとることには契約という形が良いと考える」
「じゃあ、こう……?」
紫の前に差し出されたのは、左手の小指だった
「…………少し幼稚な気がしないでもないが、まぁいい。では、私は陽龍の場所へ着くまでの道中は造世のルートに従うと約束する」
造世と同じように紫は小指を絡めた
「私は、それ以外で紫が嫌がることしない。約束」
息の詰まる空気は、晴れていった
ーーー
「このように、天守閣ではない建造物をまるで天守閣かのように見せかけて将を守るようにしていたことから、後世でこの建物は尾鳥城と名付けられました!此処からはガイドはありません、お城の中を目一杯楽しんでください!」
スタッフの観光客へ向けた一通りの説明が終了したところで、造世は不貞腐れた様子の紫へと疑問を投げる
「どうしたの……?楽しくなかった?それとも、参考に、ならなかった?」
「いいや、興味深い発見などはあった。だが造世、次からは手慰みに私の頭を触るのはやめてくれ。それ自体を否とするつもりはないが周囲から視線を集めていて不愉快だった」
「むぅ……分かった。約束、だもんね」
頭部から離れた造世の手のひらを少しの間見つめてから、紫はメモ帳を取り出した
「私はしばらく休息も兼ねてアイデアをまとめている。造世は自由に観光をするといい」
「……紫、意外と、体力がないんだね」
天守閣の中を一通り見て回っただけで披露した様子を見せる紫に、造世は不思議そうに言った
「…………そもそも私の身体機能は通常の10歳児と大差なく、さらに言えば基本的に機械による補助を行なっているため鍛えられることもない。必然の結果だ。変更するつもりもないがな」
少しずつ息を整えながら地面から水を、空から光を取り込む紫は、ひらひらと手でこの場から離れるように造世へ促した
ーーー
「んむ……道に迷った。困った」
紫から離れてしばらく、お土産として城のキーホルダーやお菓子を2個ずつ買った造世は来た道を真っ直ぐ戻っていると見知らぬ景色に囚われていた
どうしたものかと造世が首を傾げて居ると空間から溶け出るように黒い子供の影が現れる
「僕がわざわざ迷わせたんだけど……そのマイペースさは模倣の上手さを褒めるべきか、模倣元に対して呆れるべきか悩んでしまうね」
「虚琴海利……夢に干渉できなかったから、直接何かしに来たの?」
問う造世を見て海利は大袈裟な動作で右手で顔を覆い左手で造世へ掌を向ける
「……君はこの世界の住人と違って、僕らの世界にはなんら敵対していないというのは理解しているけれど。それにしたってその姿で僕をそう呼ばれると気持ち悪く感じてしまう」
「…………じゃあ、かいり。それで、何をしに来たの?」
造世の足下に造花が広がり始めると、海利は数歩分後ろに下がった
「危ないなぁ、そう警戒しないでくれよ。僕は花咲紫を含む『この世界の住人』が嫌いなだけだ。君には危害を加えない。今日はちょっと装備の調整をしている待ち時間の暇つぶしに尋ねに来ただけだよ。今使おうとしているものは少しばかり反応時間が必要でね」
軽薄に、けれど嘘をつく様子もなく笑う海利を見て、造世は一度造花を消した
「尋ねたい、ことは、何……?」
「いやね、いくら模造品だとしても、君は生きた一人の人格だろう?押しつけられた記憶なんかに縛られる必要もないんじゃないかってそう言いに来たんだ。でも君だってそのくらいは既に思案しただろうと見込んで、それを考えたうえで離れないのだとしたら何の目的や使命感があって孤児の母親役なんて面倒なことしてるのかなと聞きたくてね」
笑顔を崩さないまま、声音だけを真剣にして海利は造世を揺さぶるために発声する
けれど造世は考える様子さえなく、真っ直ぐな瞳で答えた
「私は、模造品だとか、オリジナルの記憶だとか、関係なく、紫のことを愛してる。それは、絶対。使命感でも目的でも、ないよ。強いて言うなら、紫に幸せに生きてほしい。それが私の目的……ううん、願い」
「…………なんだ、つまらないなぁ。君が考えを変えてくれれば僕は少し楽になったんだけど」
足下にあった小石を蹴って海利が姿を消したと同時に、周囲が元の景色に戻った
ーーー
造世が紫の居るベンチへと帰ってくると、紫は機械をバックパックへ収納している最中だった
「紫……それは、何をしてるの?」
「暇があったのでな。異常な脳波を除いた値で再び計測・計算をして『花』の力というものの扱いを理論化していた。奇妙なことだが、間違いなく脳内で感覚的に思い描いた物と近しい結果を引き出すらしいということ、類似の脳波を放つのでは出力が弱まるらしいこと、口頭での発声で指向性を持たせることが一番効率がいいことが判明した。例えばそうだな……『騎士』『僧侶』」
紫が指を差した箇所に、手のひらに乗るような大きさの騎士鎧を着た人形と僧侶の格好をした人形が現れ、それらは挨拶をするように頭を下げる
「……紫は、1人で、どんどん進んでいくね。少し目を離したら、遠く何処かに行ってしまいそう」
寂しさを感じさせるようでいて何処か幸せを感じさせるような造世の笑みを紫は不可思議に思ったが追求することはしなかった
ーーー
造世に手を引かれ、紫は披露しない程度のペースで城内の全てを見て回った
二人は城を出る前に高台から堀を眺める
「この溝は、人と人との、信頼の断絶から生まれた、傷のようなもの。これだけじゃない。いつだって、防御というのは、誰かの傷から生まれてくる。紫は、今も、傷が痛んでる……?」
紫は首を横に振る
「喪失感こそあれど、それも含めて全て私だ。痛む場所など何一つない。私はもう、そう言えるほどに満たされている」
「そっか……私が、居なくても、よかったかな」
肩を落とす造世へ紫は否を投げた
「……少なくとも、最初に私がこう考えていた中心に居たのは、百花だけだった。母も、ノワールも、私にとって害され失った記憶の象徴という側面があった。今、母のことも、ノワールのことも、私がきちんと抱え歩むようになったのは造世が居たからだ」
造世は一度目を丸くして驚いた後、柔らかく笑う
「……紫は、本当に、優しい子、だね」
「…………事実を述べただけだ」
吹く風が二人の髪を撫ぜた