三日後、陽龍と男の死体から海利の使用する装備の性質を調べ、自身の『花』の力の詳細を詰めている紫とそれを補助する造世の前に再び海利が現れた
肩に大量の弾薬を携えてオートマチックピストルの動作を確認する彼の目線は間違いなく紫を狙っていた
「かいり……本当に、紫を殺すつもりなの……?」
「ははは、今更冗談でしたとでも言ってほしいのかい?そんなふうに言えるなら最初からこんなことしてないんだよ」
造世の問いに答えながら海利は紫へと発砲する
造世の造花と紫の結晶がそれを防ごうとするが、造花は溶け落ち結晶は砕けた
海利は結晶が落ちた先に居る紫を見る
「なんだ、防がれちゃったか。その変なペンは風を起こすのかな?」
弾丸を止めたのは紫の持つペンシル型のエアダスターだった
「結晶と造花に触れたことで弾速が大幅に減速していなければ止められなかったか。想定よりも弾薬に使用している火薬の量は多いらしいな。『騎士』『僧侶』来い」
紫が呼ぶと宙に結晶が生成され、砕けた結晶の中から騎士鎧と僧侶服を着た手のひら程度の大きさの人形が出現する
「あ~あ、今のを食らっておけば苦しまずに死ねただろうに。じゃあ此処からは君をなるべく苦しめようか、花咲紫。君は自覚してないだろうから言っておくよ。君の異能力は套値現と同じ、【イデアを存在させ、それを操る異能力】だ。笑ってしまうね、君は君を苦しめるこの世界の主にかくあれと望まれ、それを叶えるように生き、あまつさえ同じ異能力を持つんだ」
笑みを消し、淡々と語る海利の目に嘘や演技は感じられなかった
けれど紫は否を突きつける
「…………他者がどう願い、それがどう叶えられていようと、私は私の意思で思考し選択しこの先も生きている。貴様ごときに憐れまれる必要も笑われる滑稽さもない」
「そもそも……かいりが、どうしてそんなことを知ってるの……?」
造世の疑問に海利は何かを投げ渡してから答える
「これは僕が研究ノートを引き継いで調べ続けて判明したことだけどね、後付けで現とやらが手渡した異能力を持つ者は遺伝子の塩基配列に人外種という存在……まぁ、龍から派生した要素が混ざる。それに対して、現のような存在を生み出すためにサンプリングされた自然発生的に異能力を持つ者は、遺伝子ではなく脳が放つ脳波の周波数が一部異常なのさ」
ノートの中には膨大な量のデータと考察、検証と否定を繰り返した跡があった
「元々、僕らの世界はイデア論なんてものに囚われてなかったんだ。後からそれを実在させたのは君達の持つその異能力だったわけさ。套値現と花咲紫、2人を殺して僕が自分を改造すれば、奪われたイデアを奪い返し、僕からもその異能力を消すことで本来の世界を取り戻すことができるわけだよ。さぁ、分かったら死んでくれ。できることなら泣き喚きながら」
海利が投げた催涙ガスがお互いの視界を奪う
紫は海利の居た場所へ結晶を伸ばすが、其処には既に誰も居なかった
「厄介だな……木々に隠れられながら撃たれれば此方は防戦しか出来ないが……」
対処法を考える紫へ向けられた弾丸を結晶と騎士の人形が持つ盾が弾く
発射元へ指輪から放電するが軽く躱された
「なるほどね、君はどうやら方角を絞り込んで其処へ面制圧的な攻撃をしようとしてるみたいだ。それとも弾切れを狙ってのことかな。でも、どちらにしても都合の良い勘違いを一つしているみたいだね。僕はこの銃が連射ができないとは一言も言っていないよ」
紫の想定した位置より少し左から弾丸の雨が降り注ぐ
展開した結晶は割れ、騎士の構える盾も砕け鎧が崩れ落ちても止まらぬそれに騎士の人形は青い半透明の障壁を展開して耐えきった
「……リロードまで耐えるとか、意外とその人形は丈夫なんだねけど次は耐えられなさそうだ」
崩れ落ちながら消えていく騎士を見て海利は笑う
再び木々の中に姿を隠した
足下に居る僧侶の姿をした人形に気づかずに
僧侶の人形から毒結晶が飛び出し、海利は咄嗟に身を躱す
其処へ造花の蔦が脚を絡め取ろうと伸びてきた
再び弾薬を使い果たすほど弾を放ち蔦を引き裂く
「やっぱり、君も手を出すか。花咲造世……いくら花さんの模造品といえども、邪魔をするのなら君にも銃口を向けなければならなくなるのだけどね」
「ん……望むところ。私自身の娘じゃなかったとしても、私は紫を傷つけられたくない」
「あぁそう、じゃあ二人まとめて死んでしまえ!」
海利が手袋の甲で地面を叩くと、草木が枯れ果て土壌内部から生理的な嫌悪感を感じさせる匂いが噴き出した
紫は結晶を、造世は造花を足場として展開することで回避したが、僧侶の人形は地面に触れ溶けて崩れ落ちた
海利は懐から一回り大きな銃を取り出し2丁をそれぞれの腕で構える
「さて、地に降り立つこともできなくなった君達に……いいや、花咲紫、君に問おう。君は罪悪感を持っているかい?殺されても仕方がない存在だと、きちんと理解しているかい?君が居るだけで迷惑をかけていることを申し訳なく思わないのかい?」
海利の言葉に紫は一切の迷いなく返す
「崩壊した世界があること、そのうえで成り立つ世界の命への嫌悪があることは理解しよう。だが、貴様がどう思おうが私は害されるのであれば同じように害を返す。既に存在しない亡霊を悼みたいのであれば貴様自身が悼めば良いだけだろう。恨みたいのであれば惨状を引き起こした本人のみを恨め。そのうえでしか生きられない命なら生きてはいけないなど、加害のための理屈だ」
紫の紡いだそれに、海利は激昂する
「加害のための理屈でもなんでもいいんだよ、僕は僕の生きた世界を壊しておいてのうのうと生きる君たちが!それを容認する存在が!気持ち悪くて仕方ない!!それだけなんだよ!!!」
大型拳銃から放たれた1発は造世が伸ばした造花の蔦も、紫が出した結晶も、ペンシル型のエアダスターによる圧縮空気の壁も貫き紫の肩に命中し、貫通せずに体内で止まった
「陰龍のイデアの残骸弾。生命の抑制を行う化け物の特性がそのまま宿った命を奪うためだけのものさ。……数発しかないからあまり使いたくはなかったんだけど。これを食らったからには、君といえどもあと数分で死ぬだろうね」
怒りを収めた様子の海利は、顔を青くして膝を付く紫を見下すように大型拳銃を収納する
「脈拍の低下……思考速度の低下……なるほど、躊躇っている場合ではなさそうだ」
アコニチンの毒結晶を生成し、紫はそれを噛み砕いた
「不老不死の妙薬、血流改善の漢方薬、そういった謂れがあるというのなら私がそれを引き出せない理由は既にない」
紫の肌に血色が戻る。撃ち抜かれたはずの右肩は結晶で覆われ、紫が手で砕き剥がすと傷がなくなるどころか、衣服さえも元の通りに戻っていた
気がつけば地面さえも全て結晶で覆い隠されている
苦々しい顔で海利は吐き捨てる
「……人の身を捨てたなんてね。君は今、命を失ったに等しいよ」
「私の家族は、守りたいものはいつだって人間以外だ。故に私は人間種でなくなる程度のことを自己の喪失だとは考えない。私の身体は連続性を維持しながら理想の状態へと変化しただけだ」
一歩、紫が前へ進む
「所詮、化け物の加害者が望んだ魂だね。心底軽蔑するよ」
そう言いながら撃った弾丸は紫の心臓を貫くが、傷は結晶に包まれ、それが砕けると何事もなかったかのように普段の紫の姿があった
「君は今、花咲花の娘ですらない。ただの花咲紫という名前の生きているとすら言えない物体だ。花さんも悲しむだろうね」
「貴様が私の母を語るな。死人の虚像を都合の良いように使って私を思い通りにしようとしているだけだろう。浅はかで愚かしい」
弾丸の効果が薄いと見て、サバイバルナイフを取り出した海利に紫は指輪から最大出力の放電を放った
全身が焼け焦げる程の電圧を食らったはずの海利は、ダメージを龍骸の手袋とネックレスへと押し付けてそれでもナイフを振り被る
それを止めたのは造世の操る造花達だった
口と首、そして四肢を造花の蔦に絡め取られた海利は話すことすらできずに造世を睨みつける
けれどその造花達は何処か紫から海利を守っているようでもあった
「……どういうつもりだ、造世。今逃がせば、私への加害に加担したと見做すが」
「…………外の世界の唯一の生き残りで、加害にある程度の正当性があるかいりを、殺してしまうこともおかしい。外の世界に生きていた、花咲花の模造品である私が連れ去れば、『この世界』にとっての部外者が両方消えるから、そうしたい。安心して、ちゃんとかいりが夢に現れたり、龍を殺したりするために使った物は、全部、私が管理する」
「……………………なら、いい」
論理を聞き、それが最善であるとは理解したが、けれど突然の離別の未来に葛藤をしながら紫は指輪を下げた
造世は海利に歩み寄り、縛り付けた手を慈しむように握る
「貴方がとても辛かったことも分かる。でも、私はこの子には幸せでいてほしいの。ねぇ、かいり、いつも演じている顔じゃなくて、本当の気持ちを、教えて」
海利の顔から、憎悪が失せる。ポツポツと、懺悔するように彼は言葉を紡いだ
「…………僕は、花さんのことが好きだったんだ。でも、好きだから良い人と結ばれたことを喜んでた。なのにクソガキが自分の勝手で世界を上書きした」
「…………そっか、かいりは、本当は、外の世界の皆が大好きだから、この世界に復讐したかったんだね」
造世は幼子をあやすように、海利の頭を撫でた
「でも、そのために色んな人を傷つけた。それはいけないことだから。あなたは一生、造花世界で私という偽物と過ごすの。それが罰」
「はは……嫌だなぁ……偽物なんかに、見透かされた。偽物なのに、重ねてしまった」
もう、海利は抵抗することはなかった。静かに下を向いて項垂れるだけだった
造花世界への輪を広げた造世は、一歩離れた位置に立つ紫へと向き直る
「ごめんね、また、一人にさせちゃう」
母親の模造品として、もっと側にいたかった想い
紫と共に過ごした『花咲造世』として、こうするのが紫にとって一番だという確信
ただ一人の人格としての、海利を閉じ込めるために二度と紫とは会うことができないという寂しさ
様々な感情が混ざり合った造世は困ったように笑うことしかできなかった
その表情から、思考を察した紫は造世へと一歩近づいて、そして自身が造世との旅で成長をした証である結晶を広げながら笑みを返した
「もう大丈夫だ。私は一人で生きていられる」
こうして一人の少女の、母親の模造品との旅は終わりを迎えた