午前4時、目を覚ました紫は掌に違和感を覚える
見ると、小さな透明の結晶が握られていた
紫の起床を感知したノワールが朝の挨拶にやってくる
『おはようございますマスター。本日の体調はいかがでしょう』
「……大きな問題はない。睡眠時に夢も見なかった。それよりもノワール、この結晶はなんだと分析できる?」
突然差し出された物体にノワールは首を傾げるようにボディを揺らす
『無色透明の結晶のようですが……食塩や砂糖などの調味料ではありませんね。人体に触れているのに水溶性を示すなどでのベタつく様子が確認できません』
「……あまり考えても仕方がない。あとで調べるとする」
そう言って紫は登校の準備を始める
機械類のメンテナンスなどの諸用を済ませ、睡眠用の柔らかい生地の衣服から普段の襟付きロングワンピースへ着替えてタイとベルトを締めた時、呼び鈴が音を鳴らした
「……ノワール、来訪者は誰だ」
『アーカイブを検索します…………マスターの通う学校の生徒会副会長、ウシオ アキラという人物のようです。事前に連絡などはありましたか?』
ノワールが壁に投影する玄関前の様子を見ながら、紫は溜息を吐く
「ないが、予想はできる。天羽のやつが言っていた罰とやらだろう。しばらく待っておくよう返しておけ」
そう言いながら、紫はスタンガンとエアダスターを手に取りポケットへ収めた
ーーー
ロングブーツの紐を編み上げて玄関の扉を開ければ、そこには日に焼けた肌をした少年が腕を組み佇んでいた
「チャイムを鳴らしてから5分も待たせるとは!なっていないぞ花咲紫!」
「知ったことか。午前5時半に人の家に訪ねてくる貴様が言えたことではないだろう、潮 晶」
紫の言葉に晶は得意気に返す
「甘いな!君の起床時間が4時であることを天羽生徒会長から拝聴したゆえに失礼にならないよう1時間半経った今チャイムを鳴らしたのだ!一般的な時間であるかどうかよりも個々に合わせた訪問であったほうがいいだろう!」
「個々に合わせたとて一般的であることを廃棄して良い理由にはならないぞ。2週間前の天羽の『個々人に合わせた尊重』という朝礼の演説に従うのはいいが、少しは自分の頭で考えろ」
「なんだと!」
一触即発の空気に、ノワールが割って入る
『まぁまぁ、この度の訪問の御用は喧嘩をすることではないのでしょう?マスターも普段外出しない時間に外気温に触れて気が立っているのです。ご要件をお願いしますウシオ アキラさん』
「む、それはそうだ。では花咲紫!今回の要件だが、君の行動及び君の受けている被害を受け止めた我々生徒会は君と校内児童たちとの和解を図るべきだと判断した!故に相互に謝罪するための場を作ったのだ!」
晶は一呼吸置き言葉を続ける
「確かに普段の彼らの行動は君に対して目に余るものだった。それは止められなかったボクが謝罪しよう。けれど君が2人にした行為は明らかに過剰防衛だよ!互いにごめんなさいと言わなければならない!さあついてくるんだ!2人も前日に呼び出しているため、学校に到着する頃には登校しているはずさ!」
その言い分は紫にとって不快なものでしかなかった
「断る。私には謝罪の必要性がないし、害するのさえやめるのであれば彼奴らが謝罪をする必要もないと私は考える」
晶は大きく目を見開き声を張った
「なんて我儘なんだ君は!これは君個人の問題ではなく生徒会の決定だ!従わないのであれば前日の罪は帳消しにならないうえさらに反抗的な態度としての罰も加えなければならないんだぞ!?ええい!無理やりにでも連行してやる!君の罪を軽くするためだ!」
叫ぶ晶の手から無色透明の正方形のキューブが生成され、一拍置いて紫に投げつけられる
ノワールに肩を掴ませ避けた紫はその物質が自宅の花壇に砕け落ち、湿った土にすぐに少し溶けたのを見て苦々しい顔をする
「ノワール、アレは塩か?」
『…………おそらくは。後日土壌の洗浄を行いますので、今はあちらへ集中してください』
「最悪だ」
母との思い出や育てた花への想いを一度頭から振り払い、紫は分析を開始する
「投げつけられた結晶のサイズは掌ほどとはいえ、瞬時に生成でき今も大量に出している以上これまでのようにクールタイムがあるとは思わないほうがいいだろう。いつでも掌サイズ、もしくはそれ以上の大きさの食塩結晶を出せる相手と仮定して動いたほうがよさそうだ。何故か出してからしばらく溜めがあるが」
ノワールとの情報を共有するための言葉に、晶が反応した
「その通り!ボクは塩を無限に生み出せ、操れる!鎧のように纏うことも殴るための武器として棒状に成形することもできるのだ!生み出したあとの操作はできないがな!諦めて降伏した方が身のためだぞ!」
『……力の誇示によって降伏を促すというのは分からなくはないですが、些か開示しすぎてはいないでしょうか』
困惑するノワールに同意を示すように頷きながら紫はどう無力化するか案を探る
しかし、思考をまとめる前に晶が踏み込んで距離を詰め、棒状の塩を振り下ろした
咄嗟に紫がエアダスターで軌道を逸らすと、その棒は床に叩きつけられて折れる
「ボクは槍を習ってるんだ!降参するなら今のうちだぞ!」
「……人から習った借り物を加害のために使うな」
「加害ではない!正義の執行だ!全ては校内の調和のため!」
再び生成され振り回される棒から逃れるため、紫はこの場から距離を取るようにノワールに命じた
『しかし、どこへ移動しましょう?室内へ逃げ込めば塩に埋められてしまいますが、場が広ければあの動きで攻撃されます』
「……近くに川があっただろう。彼処へ向かえ」
『?了解しました』
ーーー
水流の音が響く川辺で、晶は紫を視界に捉える
「見つけだぞ花咲紫!まったく、逃げるくらいなら素直に降伏したらどうだ!」
「貴様の振り下ろす凶器を避けていただけだ。貴様ごときに従うことなど絶対にしない」
傲慢で強情な紫の言葉に、晶は一度目を伏せ手に持った塩の棒を放した
「君が普段からの虐めで心に傷を負い、人間を信用できないという気持ちはボクにだってわかる。しかし、だからこそ!ボクたち生徒会を信用してくれないか。君を、そして全ての生徒を救うためなんだ!」
そう言って差し伸べた手は取られることはなかった
紫はその台詞に激怒していたからだ
「ふざけるな。勝手に理解者を気取り、さらに『全ての生徒』に私を押し込める貴様の何処に信用すべき箇所がある。不快だ、私と関わるな」
捲し立てる紫に晶は悲しむ様子を見せる
「残念だ。聡明な君であれば全体の幸福を優先してくれると思ったのだけど。やはり強制連行しかない!」
晶が塩を手にしようとしたその時、掌に向けて紫が空気を放った
「なぜだ!?どうして、どうして棒を生み出せずに消えた!?」
慌てる晶に、紫が答える
「貴様が自分で把握しているかは知らないが、成形までの一拍の間は結晶ではないように観測できていた。であれば結合していないのだから風で吹き飛ばせるというだけだ。さて」
紫はペンシル型のエアダスターとは反対の手に、ポケットからスタンガンを取り出した
バチ、バチ、と紫電が光る
「少し痛むが、自業自得と思えよ」
「ひぃ!」
迫る紫に怯え、自分の異能を意味のないものにされた晶は逃げ出した。しかし、その先には川しか存在しない。追い詰められた末に川に入ったが、頭上に大きな岩を持った黒いドローンがやってきた
「ノワール、落とせ」
『はい、マスター』
大きな音を立てて、水飛沫が上がり
落下地点のすぐ横に居た晶は気絶した
「落下地点が少し近すぎる。脅すだけに留める予定だったが、重すぎたか?」
『おそらくは。次回以降は機体のブレも計算に含めるように努めます』
そうして早朝の争いは幕を閉じた
晶をノワールに吊り下げ、登校をすると校門で天羽が待っていた
「おや?潮副会長はどうやら水に濡れているが、どうしたんだい?」
「謝罪を受け入れることも謝罪することもするつもりはないと明言すると武力行使に出たので川に落とした。命に別条はない。ノワール、起こせ」
吊り下げられたまま揺すられて目を覚ました晶は、天羽を見るなり頭を下げる
「申し訳ございませんでした!この潮 晶、生徒会の威信に敗北をもって泥を塗りました!」
「ふふ、いいよ副会長。これでも君の忠誠や働きは買ってるんだ。また別の業務で取り返して見せてくれ、君には期待しているよ」
天羽の言葉に感激を示しながら、晶は天羽の後ろへ立ち直った
「それで、謝罪を受け取るつもりも謝罪をするつもりもないと言ったね?花咲紫」
「当然だろう。私に非は無いうえ、風音沙霧や木梨九知もとうに私を害する気は失せている。顔を突き合わせるよりも不干渉でいる方が平穏だ」
天羽は顎に手を当て考え込む仕草の後、了承した
「わかったよ。そう言うのであればこの度のことは潮副会長の行き過ぎた主張もあった故としてなかったことにしよう。しかし、その在り方を続ければ必ず身を滅ぼすとだけは伝えておこうかな」
薄気味悪い笑みを浮かべた天羽に顔を背け、紫は日常を過ごすため保健室へと向かった