天羽が紫へと惚気を吐いていると、現が意識を取り戻して立ち上がる
「はぁ…………せっかく気絶したからと思って少し身体から魂を離してイデア界を調べてみたら、よくよく分かったよ。君と僕が相容れない理由が。君は僕の願いを元にした命ではなく、僕の願いを生きるために食らった異常な魂だったわけだ。結局、僕は愛してくれる人を得る最後のチャンスさえ10年前に失敗したんだね。もう帰っていいよ、君は僕を愛さないでしょ」
言い切るよりも前に、紫が少年の襟首を掴んだ
「貴様の目に叶うかどうかなんて、そんなことは心底どうでもいいがな。貴様は自分自身を愛することさえ放棄しているから誰に対しても嫌悪を向けられていると感じているんだ。私へこの場を去ることを促したのは話すだけで嫌われると思うほどに自己を信用していない証だ」
少年は叫ぶ
「君に何がわかる!誇れるほどの才能を持ち、意地を譲らずに在れる運命を持つ君ごときに!!僕の苦しみが分かるものか!!!」
「分かるはずもないだろう!貴様と私は所詮他人だ!!だが透けて見える自己嫌悪が滑稽だと言っている!!!だがそれよりも何よりも『愛されない』などとほざくことに腹が立つ!!!!
貴様は見えないのか!?天羽がどれほど貴様を愛し献身したのかが!!」
紫はそのまま現を引き摺り、天羽の前へと立たせる
「あれは僕が作った人形だ!愛するなんて高尚なことじゃない!!ただのプログラムだ!!!」
少年が言い切ると、乾いた音が部屋に響いた
彼は打たれた頬を手で押さえ天使へと視線を向ける
「天羽?……何故今、僕を攻撃した」
「攻撃ではないよ、我が主。こうするしか伝わらないと思ったんだ。私はね、本当に貴方のことを愛している。この身を捧げてもいいと誓うほどに。貴方が望むのならどんな内臓だって抉り出して快く受け渡そうと思うほどに」
語る天羽の頬には、雫が伝う
「愛じゃないなんて、言わないでくれ……プログラムだとしても、私は貴方を、套値現という少年を、愛しているんだ」
「なんだよ!なんで涙なんて流す!僕はお前を冷徹に主のために働く天使として作ったはずじゃないか!」
戸惑う現に目線を合わせるように天羽は屈む
「主、私は貴方が生み出した天使だ」
「そうだ!目的のためには慈悲もなく生命も奪える冷酷な天使としてお前を生み出したんだよ!」
「それは大きくなってから本を読んで知ったことだろう。覚えていないかい?……主がお母さんに読んでもらった絵本のことを。ただ少年が安心できるように奔走する天使のことを」
「あっ……」
現の脳裏には、古い古い記憶が映る
まだ自分と両親しか知らない幼児が、眠るために読み聞かせてもらった本のことを
現は力なく膝をついた
「その愛とやらに巻き込まれた私は不快でしかなかったが、貴様は自己を悲劇の駒として周囲を見ることさえ破棄していたということだ。どうせ今更元の世界に戻すことなど不可能なのだろう?であれば背負え。生み出した世界の責任を」
幼き頃の自分自身に回帰した少年は、白い羽根に包まれながら、頷きで答えた
ーーー
現の瞳から涙が止まった時、紫が問いかける
「貴様に1つ聞きたいことがある。世界を塗り替える、世界を生み出す、などと言っているそれはどういった手順で行なった?」
「……主は心の整理がついたばかりだというのに、君はいつも無遠慮だな。花咲紫」
「いいよ天羽、僕はそうされるほど彼女に迷惑をかけたんだ。と言っても答えづらいなぁ。頭の中でできると確信しながら、1つの点が広がっていってエネルギーに溢れたそれが少しずつ物質に変わっていくイメージをしていたらできた、で伝わるかな」
少年が紙に描きながら軽く説明をすると、紫はすぐに分析を始める
「なるほど、こうすればいいわけか。……圧縮したイデアを爆発させ……材料は……結晶を使えばいいか……」
紫の指が空間を撫ぜると、そこに白く線が引かれ円を描く
「完成した、私だけの私らしくあるための世界。これでもう誰にも何も奪われない」
そう言い残して、紫は白円の中に消えていった
「全く、礼も言わずに去るなんて。あんなふうだから嫌われていたのだろうに」
「いいんだ、天羽。きっと礼をされたら、僕はこの後悔いることになっていただろうから。改めて……套値現だよ、今まで放ったらかしてごめん。これからは一緒に学んでいこう」
「主がそういうのなら……天羽ホワイト、ただ君のためにこの身を捧げる天使だ。朽ち果てるまで貴方と共に」
2つの人影を背景に白い円は閉じていった
ーーー
一人の少女が、誰も居ない花畑を歩む
咲き誇るトリカブトは彼女を歓迎し、この場へ到達したことを祝福するように風に身を揺らす
「嗚呼、しかし、少し疲れたな」
ようやく普通の子で居られる場所を手に入れた紫は、穏やかな顔ですやすやと眠りました
今も、これからも
永遠に紫色の花が咲くこの場所では幸せな微睡みが続きます