生徒会室にて、天羽はノートを広げていた
「感情的な害意、感情的な正義、規則に則った正義。どれをぶつけても『自分が間違っている可能性の思慮』さえ見せないとは……幼き子供と少し侮りすぎたかな?」
紙面上の枝分かれした矢印のいくつかにバツをつけ、スマートフォンを取り出す
「潮副会長には少し期待していたのだけど……彼の戦闘能力でもどうにかされてしまう以上、外部からの手助けを求めようか」
そう言って、天羽は電話をかける。3度のコール音の後、通話が始まった
『……この番号にかけてくるっつーことは、依頼か。まずはアンタの名前と要件、交渉を詰めるための場所の住所を言いな』
声は、低い男性のものだった
「私は天羽ホワイト。要件は対象の所有する機械の破壊の依頼、交渉場所は紺理小学校の生徒会室で頼む」
『はぁ!?その声、ガキか!?……チっ、なんたってガキにこんな番号教えてんだあのクソ野郎ども。まあいい、そこなら今から十数分で向かえる』
「お待ちしているよ」
通話を切り、ノートの内容を整理していると生徒会室にノックが鳴った
「どうぞ」
「たっく、招いた客に迎えもなしとは世間知らずなガキだな」
髪を掻きながら扉を開けたのは、高校生ほどの男だった。黒い髪とはアンバランスに思える赤い瞳が天羽を見据える
「天使種か、珍しい種族の依頼主だ。それで、金はあるんだろうな?」
「いきなり金銭の話に入るなんて、世間知らずは貴方ではないかい?ふふふ、まあいい。このケースに入ってる分は全て報酬にする予定だよ」
開かれたトランクケースには、札束が収まっている
「親の金か何か知らねぇが、用意があることは分かった。それで?そこまで大金を積んでやりてぇことが機械の破壊たぁ、よほど不都合な機械でも持ってんのか?その対象とやらは」
男の疑問に天羽は飄々と答える
「不都合はないよ、ただの憂さ晴らしさ。彼女のオイタがそろそろ学内の問題になりそうだからね。お仕置きが必要だったんだ」
「ハッ、んなガキの後処理に俺みたいな裏の人間使う必要があるとか、よほどその彼女とやらは強いんだな。それかお前さんらがよほど弱いか」
鼻で笑う男の台詞を無視して、天羽は写真を投げ渡す
「ターゲットの名前は花咲紫。依頼内容は彼女の保持する人工知能搭載ドローン『ノワール』の破壊。報酬はこのケースに詰めた金全てだ。彼女のデータはその写真の裏に書いてある。引き受けてくれるかな?断ってもいいけどね」
「…………その決定権は俺にゃねぇよ。この電話番号でかけてこられた以上、上のお得意様だろ?アンタ。金額さえ十分なら口出しはしねぇ。んじゃ、早速今日中には攻撃を始める」
男の背中を見て、天羽は小さく呟く
「これで折れてくれるといいのだけど」
誰に届くこともなく、言葉は宙に溶けた
ーーー
紫が下校をしていると、突然背後から炎が飛来した
周囲をセンサーで感知していたノワールによって回避はできたが、突然の出来事に少なからず1人と1機は動揺する
振り向いた先には赤い瞳をした黒髪の男が居た
「おお、今のを避けるか。たしかにガキにしちゃ強えみてぇだな」
褒める男に、紫は怒りを示しながら返す
「通りすがりの小学生に火を放っておいてその言い草か。歳を重ねたところで人間性というのは良くならないらしい。どこの誰かは知らないが、不愉快だ」
『マスター、警察への通報は済ませました』
声を遮るように、男が口を動かす
「警察は動かねぇぜ。俺の上の腐った奴らはああいったとこにも食い込んでやがるからな。それはそうと名乗っておこう。俺の名前は炎王 猿。雇われてお前らを燃やしに来た傭兵だ」
『……エンオウ マシラ、深層検索にヒットしました。過去のデータを見る限り、炎の放出には3秒の間隔が必要かつ炎を手に保持すると自身も火傷をするようですね』
ノワールの分析を猿はカラカラと笑って否定した
「おいおい、俺が有名だからネットで引っかかるのは分かるが情報が古いぜ!今はこういうこともできる!」
言うや否や複数の炎が連続して紫たちに放たれる
咄嗟に飛び退き、ノワールにバランスを取らせた紫は近くの街路樹の後ろに身を潜めた
「誰が依頼主かは知らないが、随分面倒な相手を押し付けられたものだ。ノワール、奴の行動を見張れ」
『しかしマスター。お身体をアームで掴んでいないと、彼の炎を避けきる身体能力はマスターにはありません。ここはどうにか対処しながら逃走を図るしか』
会話の終わらぬうちに、一際大きな炎が身を潜めていた街路樹を焼き切る
「っ!回避!」
紫の叫びでノワールが全力でその場から距離を取ると、先ほどまで居た場所は小さな炎の弾幕で埋もれていた
時間を空けず、紫は電柱に身を隠す
「ちょこまかとすばしっこいお嬢ちゃんだ。知ってるか、逃げ続ける兎は結局最後には捕まるんだぜ?」
電柱越しに語りかけられる煽りよりも、打開策が浮かばないことへ紫は焦燥する
「エアダスターは炎には意味がない。勢いを増やすだけだ。かといってスタンガンを使えるほど距離を詰められない。その前に燃やされるのは明らかだ。ノワール、何か提案は?」
『…………残念ながら。私は、どうする事もできないと考えてしまいます』
弱気な発言に、溜息が零れる
「一度、隠れたまま逃げる。駆動音を無くすためだ。飛翔をやめろ、私が抱える」
『危険ではないでしょうか』
「それでもだ。どうせこのまま居てもいずれ一帯を焼き払われるだけだ」
そうして紫は音を殺してその場から離れる
すると、先ほどまで居た電柱を含め、猿の周囲が燃やしとかされ平地と化した
「あん?とっくに逃げてたか。やっぱ高火力出す溜めの時間めんどくせぇな。探し直しか」
辺りを見回した後、猿はビルへと向かった
ーーー
「どうするか……逃げられたことはいいが、すぐに見つかる。私を知る人物からの依頼である以上、自宅を安全だとは考えづらい」
思考を巡らせる紫だったが、今回ばかりは解決策が浮かばない。蜂場や校長などの大人に頼ろうにも、警察へ介入できる背景がある以上1教育者にどうにかできる手段があるとも思えなかった
「幸いなことにデータ自体はある……高火力の炎を生み出すには溜めが必要であり、溜めた時間に比例して火力は上がっている。小火力の炎弾はほぼクールタイム無しで連続して放てるようだが」
『……マスター、もう降参してもいいんじゃないでしょうか。私は貴女に傷ついてほしくないです。雇われたというのならより大きな金額さえ後から用意することを交渉すればどうにかできるはずですよ』
ノワールの提案を紫は否定する
「聞くわけないだろう。ああいった手合いは信用とプライドが全てだ。後から積まれた金で裏切りましたなどということにはなり得ない。そもそも、そういった金額を用意することは現実的でないうえ、私の意思がそれを許せない」
『しかし!それならどうすれば……』
解決案は、出ることはなかった
ーーー
ビルの屋上にて、猿は双眼鏡を覗き紫を探していた
「向こうの方に逃げてったと思うが……小せえ足跡がねぇか探すか。とかしたアスファルトを踏んでいたからな。跡が残るはずだぜ」
その隣に、バサリと天使が舞い降りる
「やぁ猿。依頼の達成具合はどうだい?花咲紫は手強いだろう」
何故か誇らしげな天羽ホワイトに、どうでもよさそうに猿は返す
「技術力や頭脳は評価に値するが、身体能力や解決能力はガキの域を出てねぇ。大人の汚いやり方っつーもんを知らねえんだろうな。それで、依頼主様が何のようだ?」
「いや何、ターゲットを見つけることやその他のほんの少しの手伝いをしようと思ってね。これでも天使だ、1人の居場所を知ることくらいわけないのさ」
そう言って天羽は目を閉じ、額に指を当て
そっと一つの方向を指差した
猿が双眼鏡を覗くと、其処には確かに花咲紫の姿がある
「こりゃ便利だ。で、ほんの少しの手伝いとやらは何をするつもりだ?」
「そう急かさないでくれ。これを使う」
いつの間にか、天羽の手には光り輝く弓矢が握られている
「これは安らぎの矢と言ってね。射抜いた対象の動きを一部止められる。君の炎が遠く離れたところからでも当てられるように補助しよう」
天使の口は三日月のように吊り上がっていた
ーーー
私が絶望だけはしないと脳を酷使していたその時、遠くから反応もできない速度で、足首を何かが貫いた。痛みはない、しかし足を少しも動かせない
奇怪な状況に混乱しないために原因であると推測できる足首に刺さった何かを見ようとする
けれど、二の矢のごとく凄まじい速度で迫る大きな火球に意識を取られ確認することは叶わなかった
避けきれない。そう悟った
『マスター!』
瞬間、腹部に衝撃が起きた
ノワールが私を突き飛ばしたのだと理解するのには数秒かかった
地面には、私の代わりに炎を食らい、墜落したノワールが居た