紫色の花が咲く   作:花咲@ただの花

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8話:変わった日常

 

天羽が紫の放電に焼かれたことは、誰にも気づかれることはなかった。遺された羽根は風に舞い消え、『天羽の保護者』を名乗る誰かから学校へ向けて療養の旨が伝えられた為である

 

あの日、倒れ伏した紫はあらかじめプログラムされ残されていた、キャタピラをつけた搬送用の機械に運ばれて家へ帰宅した

 

目が覚めた後感じたのは酷い虚脱感、それだけ。害するものを排したところで帰ってくるわけもないと理解はしていたが、幼い彼女にはいつも聞こえていた声が届かないことは二度目だとしても心身を蝕まれる思いだった

 

ただ、自身のしたことは殺人であるという自覚はあった。故に彼女は身を清め、いつものように小学校へ登校した。曲解を挟まずに自身の罪を裁く大人として蜂場を頼るために歩を進めたのである

 

当然、紫の変化など知らないクラスメイトたちはいつものように石を投げる。けれど、紫は防ぐことも避けることもしなかった

「どうでもいい。もう心配する者も居ないし、自分は死んでもいい。あいつらに従ってやるつもりはないが」

それが彼女の心情だった

 

その変化はクラスメイトたちを怯えさせた。当然だろう、防がず、血に塗れ、幽鬼のように歩む紫の姿は虐める人間とはいえ小学生にとって悍ましく耐えられるものではなかった

 

1人、また1人と石を投げることをやめ、気味が悪いと誰もがその場を離れた

 

(なんだ、この程度のことで終わることだったのか。随分と浅い悪意だ)

 

そう思いながら意識がぼやける紫を、慌てて駆けつけた蜂場が保健室へ運んだ

 

ーーー

 

「あ、起きたか。何があったか知らねぇがあまり怪我してくれるなよ、俺の仕事が増えるし普通に教え子が血塗れだとビビる」

 

目を覚ました紫が初めに聞いた言葉は、いつもの蜂場のもので

そこにノワールの声がないことが紫の心をズキリと痛めた

 

「蜂場先生……少し、話を聞いてくれないか」

 

弱々しく紫が発した言葉に蜂場は驚きながらもきちんと向き直る

 

「何でも話せ。俺は全部受け止める」

 

ーーー

 

それから紫は何を思いどう行動したかを蜂場へと伝えた

 

「というわけだ。私は自身の行動を違法なものと自覚している。しかし、然るべき対応の仕方が分からないんだ。蜂場先生、私はどうしたらいい?」

 

それを聞いた蜂場は組んでいた腕を解き、頭を掻く

 

「辛いこと……かはお前の顔から読み取れねぇが、とにかくよく話してくれた。とりあえず事実確認をするから少し待ってろ」

 

そう言って彼はスマートフォンを持って保健室から出ていった

 

ーーー

 

「ってことなんすけど、天羽の奴と連絡取れますか?母さん」

 

「学内では校長と呼びなさい。しかし天羽生徒会長ですか……保護者の方と名乗る人物から療養するという連絡は来ていますよ」

 

蜂場養護教諭は校長室で自身の母である校長と向き合っていた。一通りの説明を済ませた後、校長から聞いた情報は、まさに今彼が求めているものだった

番号を確認し、電話をかけると驚くほどすぐに繋がった

 

『もしもし?天羽の学校の人だよね、連絡は今朝したはずだけど何の用?』

 

声は幼い少年のものだった

驚きつつも動揺を抑え蜂場養護教諭は言葉を発する

 

「あー……アンタ、天羽の保護者か?やけに声が幼いが」

 

『そうだよ、僕が天羽ホワイトの保護者。それで何の用なのかな?あまり必要のない会話はしたくないんだけど』

 

「じゃあ簡潔に伝えるわ。うちの生徒の一人が天羽を殺したと言っているんだが、アンタんとこの天羽は今元気にしてんのか?」

 

『あぁ、なるほど花咲紫が言ったのか。いいよ、天羽の声を聞かせてあげよう。なんならそのままスピーカーフォンで彼女のところに行っても構わないよ』

 

淡々としたやりとりの後、スマートフォンからは天羽の声がした

 

『やぁ、保健室の蜂場先生。お聞きの通り私は元気だよ、少し休息の必要はあるけれどね。それで花咲紫には私の声は聞かせるかい?』

 

「…………養護教諭として、それはできねぇ選択だな。少なくとも俺は追い詰められた10歳児に更に追い打ちをかけるようなことはしない。俺なりのやり方で伝えはするから伝言があるなら言えよ。お前も生徒だからな」

 

『そうかい、なら1つだけ。君の望み通りこれからは加害することはないよ主にも止められたからねと伝えておいてくれ』

 

それだけ言って通話は切れた

 

「……向こうとの駆け引きは任せていいっすか?校長先生」

 

「えぇ、勿論。あぁ、話し合いをするのですからお茶菓子も用意しておかないといけませんね」

 

何処かのんびりとした母の発言に蜂場養護教諭は少しだけ気が抜けた

 

ーーー

 

保健室の扉が開き、蜂場が戻ってきたことを見た紫は掠れるような声で尋ねる

 

「確認は取れたか?」

 

どう伝えるべきか逡巡しつつも、蜂場は返す

 

「あ〜……そうだな、たしかに重体ではあったみたいだ。だがな、死んではないんだとよ。あの体力が天使種特有なのか天羽のやつが特別なのかは知らんが、しぶとく蘇生可能な状態で居たところを保護者が家で治療し現在療養中だそうだ」

 

嘘というわけではない誤魔化しに紫は驚きつつも、すぐに警戒したように背筋を伸ばした。それを察した蜂場は警戒心を否定するために手を横に振る

 

「あ〜、そんなに怖がらなくていい。天羽のやつが『もう害する気はない』つってたからな」

 

「天羽が?一体どういった心境の変化があったらそんなことを言うんだ」

 

「主とか呼ばれてる天羽の保護者がどうやら止めたらしい」

 

その言葉を聞き、紫は呆れたように椅子にもたれた

 

「結局、あの鳥モドキは自分の意思で考えることよりも他人の指示を優先したのか。その程度の執着なのであれば最初から私に関与しないでいてほしかったものだが」

 

そう言う紫の肩が震えていることを見て、いつもの口調で話してはいるものの無理をしているのだと気づいた蜂場は1つ咳払いをし話題を戻した

 

「それで、どうしたらいいか、だったか。俺としては天羽のやつが生きてる以上何かしら強制するつもりもないが…………その様子を見るに『命を確実に奪うつもりで心停止に追いやった』ことがキツくはあるんだろ?じゃ、今のお前に合わせたカウンセリングが必要だ。会話のきっかけとして1つだけ質問するから答えてくれ。紫、お前は今、どんな感情を抱えている?例えばさっきの奴らを殺してしまえば早く終わるのにとかの殺意でも、自分が何故こんな目に遭っているのかという悲しみでも何でもいいから教えてくれ」

 

紫は、少しの間目を閉じて思考し答える

 

「……私は、どうしようもなく不快だ」

 

「不快?珍しいな、普通そういったときはさっき言った例の他には怖いだとか自分が嫌いだとかになるもんだが」

 

首を傾げる蜂場の複眼に紫は目線を合わせ捲し立てる

 

「これまでの自分から変えられたことが不快だ。母にも、ノワールにも私は愛されていたのに、愛されないかもしれないような今の思考回路に書き換えられたことが不快だ。そうしなければ止まらなかった加害が嫌いだ。どうでもいいような理屈で加害してくる人間たちが大嫌いだ。私自身が変わってしまう人間でしかない事実が何よりも大嫌いだ。私は、母もノワールも、平穏な日々さえも奪われた。その事実に最低な気分にさせられる」

 

吐く言葉1つ1つに色濃く示される嫌悪は、今だけのものではなく長く溜まっていた濁りそのものだった

 

全て受け止めた蜂場は、静かに頷いてから言葉を紡ぐ

 

「その不快感を取り除くために何がしたい?言ってくれりゃ俺は協力するぜ」

 

少しの間、紫は動きを止めて

そっと小さく呟いた

 

「しばらく、1人で居たい。誰にも、害されないで、思い出に縋る時間が欲しい」

 

蜂場に示された紫の願いはあまりにも小さなもので、目の前の少女が、そんなことさえ望まなければ実現できない状況であったということにひどく心が痛んだ

 

「わかった。行政の方とは俺と校長が掛け合ってしばらく登校の義務を果たさなくても支援金がなくならないようにする。だから、安心して家に居ていい。……何、すぐに夏休みだ。それまでは保たせるから、ヤケだけは起こすなよ」

 

コクリと頷いたあと、紫は言葉も発さずに学校を去った

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